第34話 その後二人は

 それから一年が過ぎ、今日は帝国大学の医学部校舎の建設が完了する日。

 大学横の敷地ではそのお披露目会が盛大に行われ、ちょっとしたお祭りムードとなっている。

 また、その式典には帝国の王族や貴族たちだけでなく、サルミド王国の魔族も多く招待されていた。なぜなら、両国の和平協定が無事締結されたのが半年前。両国の国交も回復したところで、今では、人族と魔族が同じ町で生活することが普通になってきていたからだ。

 そしてこの医学部も、ジャポニの発案通り、サルミド国民にも受験する権利が与えられていたのだ。

 医学部には付属病院も建設され、ジャポニが学部長および病院長を兼任。さらにレンカが副学部長、クックが副院長に任命される。

 そして、金木犀はこちらに移設し、診療所あらため『帝国大学医学部付属・金木犀病院』の名前で再スタートすることとなった――。



 そんなジャポニは式典そっちのけで、朝から忙しそうにあちこち駆け回り、ずっと屋外で関係者に指示を出している。

 そんな中、ミリタイド大佐がケンセイを連れてお祝いに訪れるのであった。


「ジャポニさん、今日はおめでとうございます」

「あ、大佐! おはようございます。あ、あの……ケンセイさんも、ありがとう……」

 ジャポニとケンセイは、魔王城の一件以来お互いを意識してしまうようで、恥ずかしそうに軽く会釈をした。


「ビョウイン、でしたか? 立派な建物ができましたね」

「そうですね、大佐。本当に殿下や皆さまのおかげです。僕も頑張らないと」

「それに医学部の方も順調にスタートしたようで」

「はい。今は入学試験の準備中ですけどね。授業は来年度からスタートしますよ」

 するとそこへ、レンカが元気よく駆け寄ってくる。


「大佐! おはようございます!」

 彼女は以前にケンセイが美琴であることを見抜いたが、その事実をジャポニに言うことはなかった。そしてその後は何事もなかったように彼らに接している。

 しかしケンセイは弱みを握られているように思い、彼女を苦手に感じているのだった。


「ケンセイさんも、おはようございます!」

「あ、ああ。おはよう……」

「あれあれぇ、お久しぶりなんですから、もっと嬉しそうな顔してくださいよぉ。それとも、なにか秘密でもあるんですかぁ? もしかして私に惚れちゃいましたかぁ? 私も束縛光輪かけちゃおっかなぁ」

「な、なにを言ってる! 大人をからかうんじゃない」

「大人? 私の方が年上なんですけどぉ。ケンセイ君!」

「くっ! そうだった!」

 勲章授与式の日以来、二人はいつもこの調子であった。ちなみにこの世界では現在、ケンセイはジャポニと同じ歳であり、レンカの方がお姉さんである。


 皆が談笑する中、少し離れた式典会場横では、その様子を見つめるカトレア殿下とスカーレット騎士団長の姿があった――。


「スカーレット……。どうして彼は闇なのでしょうね」

「殿下、それはどういう意味ですか?」

「だって勇者といえば皆を助ける立場にある者でしょう。それなのにどうして、『闇』なんて名前をつけたのかと思って」

「そうですね……。文献では諸説ございますが、私が好きな説は『光を気づかせてくれる存在が闇である』という説になります。闇があるからこそ光がある。闇が強ければ強いほど、逆にその後の光が一層輝いて見える、ということでしょうか」

「闇があるから光がある……」

「はい……。勇者とは常に戦いの先頭に立つものです。闇というのは彼が命をかけることを意味しているのかもしれません。その功績が我々に光をもたらすものとして」

「なるほど。光と闇は常にともにあるべきということかしら」

「ケンセイ様とジャポニ様のことですか」

「あら、スカーレットも気づいていましたの?」

「はい。いろいろと気になる行動や言動がございましたので」

「実は……。レンカさんにお二人の関係をすべて聞きました」

「レンカさんに? いったいどのようなご関係だったので?」


「ふふふ。このことは、しばらく詮索しないことに決めましたから……秘密です。だってお二人は今、この世界に生きる人なのですから。だから過去のことよりも、これからを幸せに生きていただきたいのです。さあ、わたくしも負けてられませんわ!」

 殿下はそう言うと寂しそうな表情を笑顔に変え、ケンセイたちが話す輪に駆け寄るのだった。



 ――ケンセイがジャポニを助けに向かった日、殿下はレンカからすべてを聞いていた。


 ケンセイの前世が、美琴という名の女性警官であったこと。

 ジャポニの前世が、壮太という名の男性医師であったこと。

 美琴が余命一年の病気となり、壮太が医者を辞め夫婦となったこと。

 美琴の命を助けるため、サジの魔法でこの世界に転生して来たこと。

 二人は再び出会うため、お互いを探していたということ。

 そしてなぜか――ケンセイがジャポニに、自身が美琴であると打ち明けない、ということを。

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