第33話 和平にむけて

「……っ! んんんっ~?!」


 ケンセイは、ジャポニが無事だとわかった喜びから、理性よりも本能が勝ってしまいジャポニに熱い口づけをしてしまった。

 しかし、そんなことを知る由もないジャポニは、ケンセイを無理矢理にひっぺがした後、顔を真っ赤にしてじりじりと後退する。


「ちょ、ちょ、ちょっと、ケンセイさん! ど、ど、ど、ど、どういうことですか!」

 その言葉でやっと正気に戻るケンセイ。

「え? あ! い、いや、いや、いや、違う! そ、その、実は……」

「実は、なんですか?!」


「滑ったんだ」


「……滑った?!」

「そ、そうだ! 滑ったんだ! 事故だ!」

「あ、ああ、そうですか、滑ったんですか……って、本当ですか?!」

「本当だ! ここはよく滑る――おい、そこのメイド! この部屋は床を磨きすきだ!」

「え? 私が? も、申し訳ございません!」

 突然指を刺されたダリアは、勢いに押され咄嗟にそう答えてしまう。


「ま、まあ、そういうことで! ジャポニ殿はいただいて帰るからな」

 バツが悪いのか、ジャポニの手を取り、急いでその場から立ち去ろうとするケンセイ。

 すると、モンチ王女が慌てて声をかける。

「ちょ、ちょっと待つのじゃ! もう帰るのか?」

「ん? 私の任務はジャポニ殿の救出だからな。彼が無事だとわかれば、もうここに用はない。それとも……一戦交えるか?」

 そう言って、剣の柄に手を伸ばすケンセイ。

「こ、こちらにその気はない! だが、その……わしが聞くのもおかしいのじゃが、我々を倒すつもりで来たのではないのか? ここには王妃も王女もいるのじゃが……」

「私の任務を邪魔するなら排除するが……。この部屋の状況から見て、そこのご婦人はジャポニ殿が助けた後ではないのか?」

「そうじゃ。ジャポニは母上の命を救ってくれたのじゃ」

「ジャポニ殿が全身全霊を尽くして救った命を、私が奪うことなどできるはずがない」

「そうか……。そういうことじゃな」

「それに私は、魔族や人族の争いには興味がない。それは、他の奴らと勝手にやってくれ」


「ふふふ……。あははは! 面白い勇者ですね。気に入りました」

 ケンセイの言葉を聞き、突然笑いだすモーリー王妃。

 彼女が笑顔でケンセイの前に出ようとしたとき、それを見たデルが慌ててそれを制止する。

「危険です! 王妃!」

「大丈夫ですよ、デル。彼はここにいる全員で向かっても勝てる相手ではないでしょう。今さら構えても仕方がありませんよ。それに、私は彼と少し話がしたいだけです」

 モーリー王妃はそう言うと、ケンセイの手が届くところまで前に出た。


「あなたが王妃か」

「そう。私はモーリーと言います。一つ聞きたいことがあります。魔族と人族の戦争に興味がないと言われましたが、それならあなたが魔王を倒したのはなぜでしょう? 矛盾しているように思います」

「魔王……。なるほど、私はあなたの夫を殺したということか。あれは……無意識に戦闘地域に闇魔法を発動したらその先に魔王がいた、ということのようだ。そんな馬鹿な話がと思うだろうし、信じるか信じないかはそちらの勝手だ」

「なるほど。たしかに都合のよいお話のようにも聞こえますが」

「なんとでも思えばいい。それに、このことで私は謝罪する気はない」

「ほぉ……。殺した相手の妻や娘の前で、それを明言されますか」

「お互い命をかけた戦時下に起こったことだ。しかし……」

「しかし?」

「結果的に、あなたの夫――モンチ王女の父上に手をかけてしまったことに後悔はしている。これは私が一生背負っていかなければならない……。いや、これはあなたたちに言うことではなかった。忘れてくれ」

「わかりました……。しかし、敵国の私が言うのもおかしいですが、正直に話してくれて感謝します。そうですね……。お互い命をかけて戦い、魔王も多くの命を奪ってきた身。彼が殺されたからと言って、誰を責めることもできないでしょう。それは、私もモンチもわかっています。でもあえて、あなたに魔王のことを聞いたのは、責めるためではありません。お互いに遺恨を残したくないと思っただけです。なぜなら私もモンチも、もうこの馬鹿らしい戦争を早く終わらせて、前に進みたいと思っているのですから」

「それには、私も同意だな……。それで、遺恨は消えたのか?」

「どうでしょう。でも、こうして当事者同士で話ができたことは、意味があったと考えます」

 そう言ってモーリー王妃が差し出した手を、ケンセイは強く握り返した。


「ふふふ……。こうして人族と手を合わせたのは何年ぶりでしょうか。思い出せないほど昔のことです」

「私はただの一国民に過ぎない。次は、帝国の代表と握手することをお勧めするよ」

「私があなた、そしてジャポニさんと握手ができたことには、大きな意味がありますよ」

「私たちとの握手が?」

「お二人は、この世界に古代より伝わる光と闇の言葉をご存知でしょうか」

「……光と闇の言葉?」

 不思議そうに目を合わせるケンセイとジャポニ。


『すべての光の根源たる闇、その闇は勇者にのみ顕現す。すべての闇を滅失する光、その光は賢者にのみ顕現す――』


「あ、その言葉、僕も聞いたことがあります」

 ジャポニはクックの祖母フレアから聞いた言葉を思い出していた。

「そうでしたか。この続きもご存知でしたか?」

「え? いえ……。続きがあるのですか?」

 するとモーリー王妃は、微笑みながら言葉を続けた。


『その光と闇が出会いしとき、真の平和は訪れるであろう』


 その言葉を聞いたケンセイとジャポニは一瞬目を合わせるが、お互い顔を赤くして目を反らした。そして、恥ずかしいのをごまかすように話を続けるケンセイ。

「そ、それで……後は和平反対派の説得だけか?」


 ケンセイのその質問にはデルが答えた。

「それは、俺がなんとかする」

「……君は?」

「俺は竜人族のデル。反対派を取りまとめている者だ。しかし、俺もジャポニ殿に助けていただいたし、これからはモンチ王女に仕える身。反対派はなんとしてでも俺が説得する」

「それでは、すべて解決か?」

 するとケンセイは、上着の裾を誰かに引っ張られていることに気づく。

 振り向くとそれは、頬を膨らまし怒った表情をしているジャポニであった。


「まだ解決していませんよ!」

「ジャ、ジャポニ……殿?」

「この後、殿下にどう説明するかを決めないと! まだ帰っちゃ駄目ですよ!」

「は、はい……。ごめんなさい」

 その後ケンセイは、ジャポニからこれまでの経緯を説明される。

 そして、『ジャポニは拉致ではなく合意の上でモーリー王妃の治療にきた』という言い訳で押し通そうということとなった。

 結果、後から駆け付けたカトレア殿下と帝国軍への説得がうまくいき、間一髪で戦闘が回避される。


 そして両国間は、このときを境に和平へ向けて一気に加速していくのだった。

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