第32話 奪還
ケンセイが魔王城に向かって闇魔法を発動する少し前、その魔王城の一室では、不穏な空気が漂っていた。
なぜなら、ジャポニの手術は終了したのだが、王妃がまだ目を覚まさなかったからだ。
「くっ……。母上、どうすれば……。母上になにかあったら……」
横たわる母の手を強く握りしめるモンチ王女。
それを見たジャポニは険しい表情で、自分の手を彼女の手の上にそっと重ねた。
「モンチさん……」
「ジャポニ。我は失敗したら殺すといったのに、わしが怖くないのか……?」
「失敗するのは怖いですが、モンチさんは怖くないですよ。本当は優しい方だから」
「わ、我が優しい?」
「あなたがカトレア殿下を助けたのは本気だったんでしょ?」
「あ、あれは演技じゃ。全部演技じゃよ。潜入して情報を引き出すためじゃ……」
「演技ですか……。でもあのときは、まだ僕の存在を知らなかったはずです。なのに、どうして自ら盾になって殿下を助けたんですか? 死ぬかもしれないあんな暴挙、演技でできない」
「そ、それは……」
「あなたは本気で和平協定を望んでいたから、咄嗟にあの行動に出たんだ。そして、帝国で話してくれたことも本心だと思います。でもその後、お母様が突然倒れたと知って、仕方なく私をここへ連れてきたんじゃないですか? 帝国は私が出国するのを許可しないでしょうから」
「そんなことはない。全部予定通りじゃ……」
「そうですか? でも、僕を拉致した後、国民のことを第一に考えるあなたは、お母様の治療よりも国民の治療を優先させたんでしょう? お母様はあれだけ重症だったのに、黙って他の診察が終わるのを待っていましたよね」
「ち、違う!」
「違いましたか? デルさんに私を連れていくように言ったのも、意図的でしたよね。彼の目が悪いことを、気づいていたからじゃないですか?」
「い、いや、それは……」
デルと目が合ったモンチ王女は、気まずい様子で目を反らした。
「兵士は、目が見えないと知られたら職を失うかもしれない。そんなデルさんのことを気遣って、誰も見ていないところで私に治療させようとして――」
「わかった! わかったから、その話はもういいのじゃ!」
「でも、どうしてですか? どうして、無理に演技して、僕を脅すような真似を……」
すると、猫人族のダリアが前に出て、その疑問に答えるのだった。
「それは、王になる者としての威厳を示されるためですよ。ジャポニさん」
「……威厳を示す?」
「姫様は、この国の第一王女様。次期魔王様となられるお方です。その立場にある姫が、人族に頭を下げたり、借りをつくったりするところを和平反対派に見せる訳にはまいりません。反対派から信頼をなくせば、和平への道が一層遠ざかってしまいますから」
「だから拉致して脅して従わせているように見せたということですか」
「それと、もう一つ。反対派の筆頭は、ここにいるデルなのですから」
「え?! デルさんが?!」
竜人族のデルは、やれやれという表情でジャポニに答える。
「ふう……。ああ、そうだ。俺は、先代魔王様の側近として百年以上仕えてきた者だ。魔王様は帝国との和平協定など絶対認めないお方だった。で、ダリアよ。そういうお前は、和平協定には賛成なのか?」
「私は姫様がお生まれになったときから、姫様専属メイドとしてお仕えしている身。姫様がお決めになることがすべてです」
「俺は、お前自身の考えを聞いてるんだ」
「デル……。あなたは今日一日、姫様やジャポニさんと接してみて、なにかを感じませんでしたか? ジャポニさんが私の母を……国民を診察してくれた姿、必死に王妃を救おうとしてくれた姿、それを見て感じたことがあるはずです。そして、あなたが取るべき行動は、その気持ちの中にあるように思います。これはメイドではなく、友としての言葉です」
「うむ……。友としてその言葉、深く受け止めよう。しかし、今は王妃が無事であることを共に祈ることにしようか……」
そう言ってデルは、モンチ王女とジャポニが重ねる手の上に、自身の手を乗せた。
するとダリアも続けて、その上に手を重ねるのだった。
そのとき――。
窓から指していた日の光が一瞬で消え、部屋の中が真っ暗となる。
続けて、暴風雨が吹き荒れ、窓が激しく揺れ始めた。
そして次の瞬間。
《ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!》
《ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!》
《ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!》
凄まじい爆音が、連続で響き渡る。
大きく揺さぶられる城内。
すぐにモーリー王妃に覆いかぶさるジャポニ。
デルとダリアはモンチ王女を守るよう肩を組んで壁をつくる。
そして、数秒間の揺れが続いた後、嵐は過ぎ去り窓からは日が差し込むのだった――。
すると、ジャポニが恐る恐る口を開く。
「な、なんだ、今のは……」
それに返答した者――それは、先ほどの衝撃で目を覚ましたモーリー王妃だった。
「多重結界が破られたのです」
「うわぁ!」
突然耳元で囁かれ、飛び起きるジャポニ。
「なんですか、お化けでも見るみたいに驚いて。しかし凄い音でしたわね」
そう言いながら、上半身を起こすモーリー王妃。
それを見たモンチ王女は、彼女に飛びつき号泣するのだった。
デルとダリアも驚きを隠せず、モーリー王妃を見つめる目に涙を浮かべた。
その後、モンチ王女たちは王妃にこれまでの経緯を説明する。
そして話が終わると、モーリー王妃はベッドから降りジャポニに握手を求めるのだった。
「ちょ、ちょっとお待ちください! まだ寝ていてください!」
「私は大丈夫ですよ。あなたは……なんとお呼びすれば?」
「わ、私はジャポニ・クルソーと申します」
「こんな小さなお嬢様が私の命を……。心より感謝します。ジャポニさん、ありがとう。本当にありがとう」
「い、いえ……。でも、本当に無理はされないでください。今は血管の壁が薄くなっていますから心臓に負担がかかるようなことは、しばらくの間――」
「ふふふ……」
「お、王妃様?」
「治ったばかりだというのに、もう次のことを考えているのですか。あなたは信頼できる素晴らしい賢者様のようです」
「母上、そうじゃろ? ジャポニは凄いじゃろ? モンチが連れてきたんじゃよぉ」
「うふふふ。ありがとうモンチ。でも……こんなのんびりお話しててもいいのかしら? 城の多重結界が破られたようですけど」
「そ、そうじゃった!」
すると突然――《ドンドンドンッ!》と、曇りガラスの窓を叩く音が鳴り響く。
そして、外から男の声がした。
『ここだけ別の結界を張っているようだな……。ということは、ここだな。見つけたぞ』
そして、再び静寂に戻る。ここは魔王城の最上階。空を飛べない人族が外から来られる場所ではない。
なにが起こっているのか理解できないジャポニたち。
するとモンチ王女が、恐る恐る声を出した。
「い、今のは誰じゃ? 人族の声じゃったが……。ジャポニの知ってる者か?」
「おそらく……。あの声はケンセイさんです」
「あの勇者か?!」
すると、驚いた様子でモーリー王妃が確認する。
「魔王を倒した、あの勇者ですか?」
「はい。闇魔法で魔王を――あ! す、すみません……」
ジャポニは、魔王がモーリー王妃の夫であったことを忘れ、口を滑らせる。
しかし、王妃は気にしない様子で話を続けた。
「闇魔法……。なるほど、それなら魔王を倒したのも、あの強固な多重結界を破ったのも理解できます。しかしまずいですねぇ。それなら、この部屋の結界もすぐに破られて――」
《ドゴォォォォォォォォッ!》
突如、轟音と同時に窓が破られ、部屋の中に煙が立ち込める。
そしてその窓の外からゆっくりと、ケンセイが入ってくるのだった。
バリバリとガラスの踏む音を響かせながら、魔族も気押されするほどの威圧感で、一歩、二歩と前に進むケンセイ。
それを見たデルとダリアが、生身のまま王妃と王女の前に立ち壁となった。しかし、先に動くと殺(や)られるという恐怖が、彼らの頭をよぎる。
ケンセイの剣はまだ鞘の中であるが、動いた刹那、瞬殺されると直感したのだ。
するとケンセイは右足を一歩前に出した。
そして呼吸を整えながら、ゆっくり剣を抜くと左足を前に出す。
そのときだった――隠れていたジャポニが一人前に飛び出し、両手を広げて叫ぶ。
「ケンセイさん! 待ってください!」
場の空気が動いたと同時、ケンセイも動いた。
彼は人とは思えぬ速度で突進しながら、剣を上段に移動する。
デルはダリアの前に出て身体強化の魔法を、ダリアは一歩後ろに下がり防御魔法を発動しようと詠唱を開始する。
――しかし間に合わない。
このままでは殺られる。
どうすればいい――。
スローモーションのように感じられる攻防。
魔族全員が死を覚悟したその瞬間――皆は予想だにしなかった光景を目にする。
それは、ケンセイがジャポニを強く抱きしめ、熱い口づけをする姿であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます