第31話 私の世界
ミリタイド大佐が見上げる空には、宙に浮かぶケンセイの姿があった。
彼は無意識の中、数十キロ先にあるサルミド領へ向けてなにかを呟き始めている。
それは、魔王を消滅させたときと同様の、闇魔法の詠唱であった。
――我は請願する。
闇の中の闇、その漆黒の中、光り輝く喪失のその先、不変の陰影がもたらす終焉。
我はそのすべてを請願する。
今、我がここにもたらすもの。
闇の中の闇、その暗黒の中、光の陰影がもたらす天来の未来、不変の陰影がもたらす終焉。
その蒼黒の中、その力、我がケンセイの名において執行する。
ヘルライトニング――
その魔法名を口にした瞬間――晴天だった空に黒雲が立ち込め、嵐が巻き起こる。
そして暗闇の中、目が痛くなるほどの雷光が横一直線に走った。
豪雨と暴風の中、龍のように走る巨大な光。
それは一瞬でサルミド領まで到達し、目に見えない『なにか』に突き刺さった。
その直後――。
《ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!》
大地が破裂したかのような爆音と、空に飛び散る光の破片。
雷光は、そこにあった目に見えない障壁をぶち破ったのだ。
続けて、その先に連なる見えない壁を、破壊しながら直進する光。
一枚、二枚、三枚……。
その壁を破るたびに響く轟音。
そして最後の一枚を打ち破ったそのとき――それは現れた。
風に流れ消えて行く黒雲。
雲の隙間から漏れだす太陽の光の柱。
雨上がり、晴天の下、突如姿を現した黒い塊。
帝国民は言葉を失い、逆光の中、国境付近にそびえ立つその建造物を見上げている。
それは……帝国王宮に匹敵するほどに巨大な、漆黒の魔王城であった――。
その後、空中から落下し始めるケンセイ。
しかしそれを想定していたミリタイド大佐が、彼を受け止めることに成功する。
「ケンセイ! 大丈夫か!」
「あ、ああ……。大丈夫だ」
「見ろ……。魔王城だ。あんな国境近くに建てられていたとは……」
「そうか……。また、私がなにかやったのか?」
「覚えてないのか? 城の多重結界を闇魔法で破壊したんだよ」
それを聞いたケンセイは、身体を起こし立ち上がる。
そして、魔王城をじっと見つめた後、なにかを決心しミリタイド大佐の顔を見た。
「いろいろと世話になった」
「そんな別れの挨拶は認めない……が、やはり行くのか? いくらお前でも、数十万の魔族相手に、命の保証はないぞ」
「ああ、行くさ」
「ど、どうしてそこまでして――」
「もうあの人には会わないつもりだった。しかしあの人がいない世界になど意味はない。あの人は私の世界そのものなのだ。だから、助けに行かないと」
「わかった。もう止めはしない。私も騎士団とすぐに後を追うが……。一つ約束して欲しい」
「約束?」
「……わ、私が行くまで、絶対に死ぬな!」
「……ああ、約束しよう。では、また後でな」
そう言って、浮遊魔法で飛び立つケンセイ。
「そうか……。『あの人は私の世界そのもの』か。ふふふっ。これは、勝てないな……」
ミリタイド大佐は、寂しそうに微笑みながらケンセイの背中を見送るのだった――。
そこへ、カトレア殿下の他、レンカやクック、そしてロイド将軍が駆け付けてくる。
「大佐! ここのいたのですね! 魔王城を見ましたか?! ケンセイ様は?!」
「はっ! ケンセイ様が闇魔法で多重結界を破壊されました」
「闇魔法で?! そうだったのですか……。そ、それで、ケンセイ様はどちらへ?」
「ケンセイ様は……」
「どちらです?! ま、まさか……」
「ケンセイ様は単身で魔王城に向かわれました。申し訳ございません!」
「お、お一人で魔王城に?! どうして止めなかったのです、大佐! それでは、あなたに彼を追わせた意味がないでしょう! せめて、わたくしが来るまで――」
「殿下! 落ち着いてください!」
興奮して大佐につかみかかろうとするカトレア殿下を、ロイド将軍が止めに入った。
「……くっ……。い、言い過ぎました。ごめんなさい。大佐」
「いえ……。私の力不足が招いたこと。殿下が謝罪なさる必要はございません」
「今は我々が言い争っている場合ではありませんでした……。ロイド将軍はすぐに出発できる帝国軍を集めてください。準備でき次第、すぐに魔王城に向かいます!」
「はっ!」
指示を受けたロイド将軍は、すぐにその場からいなくなる。それを見届けた後、カトレア殿下は怪訝な表情に変わり、なぜかレンカの顔をじっと見つめだした。
「レンカさん……」
「えっ? はい? わ、わたしです……か?」
「一つお聞きしたいことがございますが」
「な、なんでございましょう……」
「あなた、なにかご存知ですわね。ケンセイ様とジャポニ様のこと」
「え? ど、どういう意味でしょう」
「だって、どう考えてもおかしいことだらけですわ! ケンセイ様は、どうしてあんなにジャポニ様のことを気にかけてらっしゃいますの? わたくしが知る限り、お二人が出会われたのは、モンチ王女の治療のときと先日の授与式だけのはずです。二度会っただけの相手をあれだけ心配されるのはおかしすぎます」
それを聞いたミリタイド大佐は驚いた表情で確認する。
「え? お二人はその二回しか会われてないのですか?」
「そのはずですわ」
「それはおかしいですね……。先ほど、ケンセイ様は『ジャポニさんがいない世界は意味がない』と言われてましたが……」
その問いに、レンカが必死にフォローする。
「そ、それは『お医者様がいない世界なんて意味ないよ!』的な意味では……」
「いえ、そういう言い方ではありませんでしたよ。『ジャポニさんが私の世界そのものだ』とまで言ってましたから」
「そ、そうですかぁ……。一目惚れですかねぇ。熱しやすい人だぁ。あはははぁ」
「レンカさん……。先日、ケンセイ様と王宮の廊下で言い争いをされていたそうで」
「で、殿下! どうしてそれを?!」
「どこかからの報告でございましたわ。あなたもケンセイ様とお会いされた回数は少ないですわよね。そのお二人がなにを言い争いするようなことがございますの?」
それを聞いて驚いた表情で確認するクック。
「レンカさん、もしかして……。ジャポニさんが本命かと思ってたのに、殿下のご婚約相手とそういう仲だったんですか?! なんでもありじゃないですか! 不潔です!」
「ち、違いますよ、クックさん! そんなことあるわけないでしょう! なんでもありじゃないです! それに私は不潔じゃない!」
「それでは、いったいどういうことですか。納得いくように説明してください!」
「そ、それは……」
すると、カトレア殿下が一歩前に出て、更にレンカを追い詰める一言を言い放つ。
「レンカさん。あなたは転生者ですわね!」
「……っ! な、なんのことでしょう?!」
「ケンセイ様が異世界からの転生者なのはご本人から聞いています」
「え? そうなんですか?」
「彼は、サジ・バンデの転生魔法でこの世界に来たと。ジャポニ様も先日、サジの名前を口にされてました。そして、あなたもジャポニ様と同じ光魔法が使えるオイシャ様……。あなたたち三人まとめて転生者ですわね! 元々同じ世界にいた顔見知りで、なにか理由があってこちらの世界に転生してきたのではないですか?! もう、時間がありません! これからケンセイ様を助けにいく前に、すべてお話ください! もう言い逃れはできませんよ!」
「ですよねぇ~」
レンカはこの後、憑き物が落ちたかのように、すべてを正直に告白するのだった。
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