第30話 勇者たるもの

 ジャポニが王妃の手術を終えた頃、帝国の王宮ではモンチ王女の姿が消えたと騒ぎになっていた。

 ただ、気まぐれに見えたモンチ王女のことである。

 勝手にサルミドに戻ったのかもしれないし、もしくは一人で町をうろついているのかもしれない――皆がそう考え、それほど大騒ぎすることではないと考えられていた。

 しかし事態はこの後、大きな問題へと発展する。

 なぜなら、ジャポニが行方不明になったと、レンカとクックが王宮へ駆け込んで来たからだ。

 モンチ王女とジャポニが同時に姿を消した――この事実から皆が導き出す答えは一つ。

 それは、『裏切ったモンチ王女がジャポニを拉致した』という答えだった。


 皇帝から当件の調査とその指揮を任されたカトレア殿下は、すぐに必要な王族や貴族、そして騎士団や軍の幹部などの関係者を全員集める。

 そこで救援部隊の編成が必要か否か、という議論になったとき、レンカとクックが皆の前に立ち、ジャポニの偉大さこれまでの功績を懸命に伝えたのだった。

 しかし、今は不確定な情報が多いことから、軍や騎士団を動かすほどだとは認められず、結論が出ないまま会議も中断し、ただ時間だけが過ぎていくのだった――。



「カトレア。皇帝はなんと言っていたのだ?」

 会議の後、ケンセイは疲れた様子のカトレア殿下に近づき確認した。

 すると殿下は、首を横に振りながら答える。

「サルミドがジャポニさんを拉致したという確証がない今、動く訳にはいかないと。まずは証拠をつかむことが先だということで、諜報員に情報を集めさせています」

「それは、いつくらいになる?」

「早くとも今夜になるかと……」

「遅すぎる! もう丸一日経つのだぞ! 相手からなにも声明がないということは、その必要がないということだ。ならばジャポニ殿は、国の重要人物を治療させるために拉致された可能性が高い。彼がもしその治療に失敗してしまったら……!」


 このときカトレア殿下はケンセイの言葉に同意しながらも、一つの疑問を感じていた。


 ケンセイとジャポニは、それほど面識もなく親しい間柄でもないはず。であるのに、なぜこれほどまでにジャポニのことを案じているのか、そして、なぜ女性であるジャポニを『彼』と呼ぶのか、ということを――。


 そのとき、部屋に残っていた王族や貴族たちの好き勝手に議論する声が、二人の耳に入る。

『サルミドの狙いは、いったいなんだ?』

『拉致した平民を取引材料に使うつもりだろう』

『ただの一平民を? それがなんの取引になるのだ』

『例のイシャだからであろう』

『賢者様だからな……』

『だが、いくら賢者だとしても、平民一人のために帝国が折れることなどありえん!』

『それでは駆け引きなどせず、力ずくで奪還しに行けばよいではないか!』

『そんなことをしては、また戦争になるぞ!』

『多くの兵士を無駄に死なせるのか!』


 部屋の片隅でその会話を耳にしたケンセイは、呆気にとられ身体が小刻みに震えだす。

「あ、あいつらはなにを言ってるんだ……」

「ケンセイ様……」

「どういう状況かわかっているのか? 国民が拉致されたのだぞ……。ふざけるな!」

 壁に拳を突き刺し怒りをあらわにしたケンセイ。

 彼は呆然とする貴族たちを残したまま、一人部屋を後にする。

「ケンセイ様!」

 慌てて後を追いかけようとするカトレア殿下。

 しかし、部屋の入口でミリタイド大佐がそれを制止する。

「お待ちください。殿下はこの場をお願いします。彼は私が」

「た、大佐……。わかりました。彼のことはお願いします」


 その後、ミリタイド大佐は王宮の中を走り回りケンセイを探す。

 そして王宮の最上階、帝国領土を一望できる展望台で彼を見つけ出した。

 安堵したミリタイド大佐は、息を整えてからケンセイの横までゆっくりと進み、そして、彼を刺激しないよう優しく声をかけた。


「探したぞ。ケンセイ」

「シャロン……。私にはよくわからない。人の命がかかっているのだ。それなのに、なぜ誰も助けに向かおうと言ってくれないのだろう」

「あの部屋にいた貴族たちの説明は私も納得できない。ジャポニ殿がどれだけ多くの命を救ってきたかを考えても、すぐに助けに行くべきだと思う。しかし残念だが、サルミドの王城は所在地が不明なんだ」

「……なんだと? 敵の城がどこにあるのかわからないのか?」

「ああ、そうだ。多重の結界が張られていて外からではその姿も見えない。しかも、空に浮かんでいるとか、地下にあるとか、常に移動しているとか……。都市伝説のような噂ばかりで、真実がわからないんだ」

「では、見つかるまでこのまま黙って待てというのか」

「今は情報が少なすぎる。待つしかない……」

「……勇者なら、こういうときどうするのだろうな」

「勇者なら? 勇者だったら単身乗り込み悪を倒して……。い、いや、君にそうしろと言ってるわけではないのだぞ!」


「私は昔、ヒーローに憧れていた」

「え? なんだって?」

「だから警察官になったんだ」

「……ケイサツカン?」

「あるとき子供が誘拐され、その事件の担当になってな。そして私が最初に犯人を見つけた。多くの状況証拠から、奴で間違いないと確信していたのだ。しかし、証拠不十分で捜索の許可はでなかった……」

「……な、なんの話だ」

「ヒーロー気取りだった私は単身、無断で現場に乗り込んだ。しかし結果は最悪だった……。子供も私も、犯人に銃で撃たれたのだ。私はその子供にとってのヒーローになれなかった。私はいったい、あのときどうすればよかったのだろう……」


「……その子供はどうなった?」

「その子供は……。彼が助けてくれたんだ」

「彼?」

「私の大切な人だ……。そして私も、彼がいたから今こうして生きている。私にとってのヒーローは、彼だったんだよ」

「……もういい、ケンセイ。部屋に戻って少し休んで――」

 そのとき、ミリタイド大佐はケンセイの異変に気付く。

 彼は遠くに見えるサルミド領を睨みながら、ぶつぶつとなにかを呟き始めたのだ。


「どうしてこんなことに……。せっかく転生が成功したのに、どうしてこういう事態になる! なにが戦争、なにが駆け引きだ! そんなことどうでもいい! 私は、ただ彼に会いたかっただけ……。この世界で彼を見つけだし二人で幸せに暮らしたかっただけなのに!」

「どうしたケンセイ! 落ち着け!」

「彼にもしものことがあったら……。そうだ、私は勇者……今度は私が彼を助けないと」

「一人では無理だ! それに、戦闘行為をしたら魔族と戦争になるぞ!」


「魔族? 人族? そんなこと、どうでもええんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 興奮するケンセイを、ミリタイド大佐が力ずくで取り押さえようとした。

 そのとき、彼女はその姿を一瞬で見失ってしまう。

「消えた……?!」

 この状況にデジャブを感じたミリタイド大佐。

 前にも同じようなことがあった。そうだ、あれはケンセイと初めて出会ったとき……。

 あのときも彼は突然姿を消して――。


「上か?!」

 まさかと思い見上げると、そこには宙に浮くケンセイの姿があった。

 続けて、我を忘れたケンセイの口から、闇魔法の詠唱文が発せられるのだった。

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