第29話 王たるもの

 その広い部屋の奥には天蓋付の豪華なベッドがあり、王妃が横になっている。

 傍らにはモンチ王女が寄り添い、小さな声でなにかを語りかけているようだった。

 ジャポニは、周りを取り囲む数名のメイドや執事、そして護衛の兵士の間を縫って進み、モンチ王女の後ろまで近づくと、モーリー王妃の姿をのぞき込んだ。


「遅くなりました、モンチさん」

「やっと来たのだな、ジャポニ。待ちくたびれたぞ」

「こちらが王妃様ですね。意識はありますか?」

「今は、精神魔法で強制的に眠らせている。倒れたとき、苦しくて暴れていたらしいからな」

「倒れたのはいつですか?」

「二日前の深夜だ」

「二日前……。帝国でお話しした日の夜ですね。倒れたときは、具体的にどこが苦しいとか具体的に言われてましたか?」

「メイドの話では、胸が引き裂かれるようだと言っていたらしいが……」

「わかりました。すぐに診察しますね」


 ジャポニは光魔法を使いながら、同時に脈や血圧、眼球の動きや呼吸の状態など、時間をかけて全身を診察する。そしてすべての確認が終わると、険しい表情でモンチ王女に声をかけた。


「大変危険な状態です。緊急で手術しますので、みなさんこの部屋からすぐに出てください」

 その言葉に、皆が騒然となる。


「ま、待て! それよりも説明が先だ! いったいどういう病気なのだ?!」

「王妃様は、大動脈解離という病気です」

「ダ、ダイドウミャク……カイリ?」

「時間がないので簡単に説明しますと、心臓近くの大動脈と言われる血管が破裂している状態です。この病気は二日以内の対応が必要で……今がぎりぎりの状態ですから、すぐに開胸手術を行ないます」

「カイキョウ……って、胸を切って開くということか?! 光魔法やヒールを使って治すことはできんのか?!」

「時間があれば魔法でも治せるかもしれませんが、破裂箇所を正確に特定して周辺を治療するには開胸した方が早くて確実なんです。説明はもういいですか? さあ、みなさん今すぐ外へ出てください」

「わ、わかった……。全員部屋から出るのだ!」

 その指示に、複数のメイドや護衛たちが一斉に退出する。

 同時に必要な準備を始めようとしたジャポニだったが、モンチ王女とデル、そしてダリアが退室していないことに気付いた。


「どうして……」

「我らは、ここで最後まで見届ける。貴様が良からぬことを考えぬようにな」

「押し問答している時間も惜しいのですが……」

「わかっているのだろうな。貴様には成功させる他に道はないのだぞ! 失敗したら、貴様に待っているのは死だ! わざと手を抜いたり失敗したりしないよう見張っているからな!」

「……そんなことしませんよ。わかりました、モンチさん。一つ提案があります」

「提案だと?」

「この手術は非常に難しいのですが、成功する確率を大きく上げる方法が一つあります」

「そ、そうなのか? なんだ、それは!」

「みなさんにも手術をお手伝いして欲しいんです」

「シュ、シュジュチュの手伝い?」

「はい。いつもはクックとレンカさんという最強の助手が隣にいるんですが、今日はいませんからね。代わりをしていただければ、僕もかなり助かります」

「し、しかし、誰もシュジュチュの経験はないが……」

「大丈夫です。簡単な作業ですから。お二人はどうですか?」

 すると、デルとダリアはなにも言わずに、差し出された予備の手術着に手を通している。

「お前たち……。わ、わかった。我も手伝おう」

「決まりですね。それでは早速開始しましょう」

 そしてジャポニは、大急ぎで手術の準備を始めるのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 王妃をベッドの上から動かすのは危険と判断し、そのままの体勢での手術となる。

 そして、手術前の最終確認に取り掛かるジャポニ。


「それでは、デルさんは先ほど説明したこの機械で繰り返し血圧を測ってください。それで数値に変化が見られたら、すぐに教えてください」

「わ、わかった。このメモリを見ておけばよいのだな」

「ダリアさんですが、僕は両手が塞がってますので、汗を拭いたり身の回りのことを――」

「お任せください。給仕なら誰にも負けませんから」

「それで、モンチさんは僕の右手にある物を、僕が指示した物と入れ替えてください。各器材の名前は先ほど説明した通りです」

「えっとぉ、これがメスで、これがカンシ……じゃったか? それとこれはぁ」

「ふふふ……」

「ん? なんじゃ? なにか間違えたのか?」

「モンチさん、話し方が元に戻ってますね。やっぱり無理してたんじゃないですか? 僕はこっちの方が好きですよ」

「う、うるさい! そ、それより、もう一度だけ復習じゃ!」

 そしてすべての確認が終わった後、ついに手術が開始されるのだった――。


「クリップを」

「よし、これじゃな!」

「ガーゼ、お願いします」

「はい、どうぞ」

「血圧はどうですか?」

「変化なしだ」


 ジャポニは無駄のない動きで手術を進めていく。それは、素人のモンチ王女たちが見ても凄いとわかるほど、見事な技術であった。そして、あっという間に開胸が終わり、慎重に中を確認し始めるジャポニ。

 しかしモンチ王女は、次第に気分が悪くなり嘔吐を繰り返してしまう。


「モンチさん、大丈夫ですか?」

「す、すまん……。我のことはいいから、進めてくれ……」

「さあ、もうひと踏ん張りですから、頑張りましょう。絶対に……お母様をみんなで助けるんですからね」


 その後、順調に進んでいたかのように思えた手術であったが、数時間経過しても終わらない事態となっていた。

 なぜなら、魔族の臓器位置が人族のものと同じではなかったからだ。

 その事実に戸惑うジャポニであったが、焦る気持ちを抑え冷静にそして慎重にその構造を紙に書き出し、解析しながら進めていく。

 しかし、ここまで食事も睡眠も取らないままで、すでに一日以上が経過していたジャポニは、意識が朦朧としはじめる。

 すると、余ったメスで自分の太もも刺し、そしてすぐにヒールで回復した。

 意識が飛ばないよう、それを時折繰り返しながら必死な形相で治療を続けていくジャポニ。

 目の前で消えそうな一つの命に、全力で向き合う医者の姿がそこにはあったのだ。


 そのとき――モンチ王女の頬に、大粒の涙が流れ出す。

 同時に彼への想いも、自然と口から溢れ出るのだった。


「ありがとう……」

「え? モンチさん、どうしました?」

「あんな酷い扱いをしたのに……。こんなに頑張って……」

「今は手術に集中しましょう」


「もう……っ……いい……んじゃ」

「…………」

「ジャポニ……」

「あれ? やっと、また名前で呼んでくれましたね。うれしいな」


「ジャポニは充分やってくれた……」

「終わったみたいに言わないでください」

「だから駄目でもいい……。もう、いいんじゃよ……」

「まだ終わってませんよ。モンチさん。まだです!」

「これだけしてくれたら……。母上も満足してくれたはずじゃ……」

「駄目ですよ! 諦めたら駄目です!」

「しかし……ジャポニも、もう限界ではないか……」

「僕は元気です! 勝手に僕の限界を決めないでください!」

「……っ……こんな魔族のために、どうしてそんなに……」


 その言葉を聞いたジャポニは手袋を外し、手術着も脱いでモンチ王女を優しく抱きしめるのだった。


「僕たち医者は、相手が魔族だとか人族だとかは関係ないですよ。だからこんなことをしなくても、最初から『お母さんを助けて欲しい』って素直に言ってくれたらよかったんです。そうすれば、帝国が駄目だと言っても、僕はここに来てましたよ。だって、お友達になれたモンチさんのお母さんなんです。助けに行く決まってるじゃないですか」


 その言葉を聞いたモンチ王女は、ジャポニの胸に顔を埋め、大泣きするのだった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「理由はわからないけど、無理してたんですよね、モンチさん……」

「お願いじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 彼女はわしの生みの親なんじゃぁ! わしに残された、たった一人の家族なんじゃぁぁぁぁ! 平和になったら、元気になったら、いろんなところに出かけようと約束して……。お願いじゃ……。母上を助けて欲しい……。お願いじゃぁぁぁぁぁ! ジャポニィィィィ!」

「モンチさん。その言葉を待ってましたよ。絶対助けますから。僕に任せてください!」


 瞳の奥に力が戻るジャポニ。

 その後も続く手術。

 そのすべてが終わったのは、朝日が昇り始めた頃であった。

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