第28話 医者たるもの

 短い時間での謁見が終了した後、ジャポニは別室へと連行される。

 そこは豪華な装飾品はなく、向かい合うソファー二つと、テーブルが一つあるだけのシンプルな造りの部屋。

 その部屋には手足に鱗がありトカゲのような顔をした屈強な身体の男性兵士と、先ほどジャポニを案内した猫人族の少女が立っている。そして、ジャポニもソファーには座らせてもらえず、その横に立ったまま待たされていた。

 すると、しばらくしてモンチ王女が部屋に現れる。

 彼女はジャポニを立たせたまま一人座って話を始めた。


「ここへ連れてこられた意味はわかっているか?」

「そうですね。おそらく、誰かの治療をさせるためか、僕の医療技術を得るためか」

「そのどちらもだな。まずは、こちらが指定する者を順番に治療していくのだ。それが終わったら、貴様の知識、技術……知る物全てを、こちらが用意する技術者に説明しろ」

「なるほど、それは大変だ。それが終わるまで帝国へは帰れないというわけですか」

「帰れるかどうかは貴様次第だ。イシャ……だったか? サルミドでイシャを育てられる環境が整ってから、また検討してやろう」


「それで……聞きたいことが山ほどありますが」

「話は以上だ。すぐに治療を開始しろ」

「カトレア殿下をかばったのは演技だったんですか? 帝国での話も全部嘘?」

「聞こえなかったのか? 話は終わりだ。おい、例の場所へ連れていけ」

 すると男性兵士が頭を下げてそれに答える。

「只今、監視役の兵士を数名呼んでおりますので、少しお待ちを――」

「もうよいから、お前たち二人で連れて行け。二人で最後まで見届けて終わったら報告しろ」

「わ、我々二人でですか? その間、王女の護衛や身の回りのことは……」

「少しの間くらいいなくても問題はない。早く連れていけ!」

「承知いたしました」

 そのやり取りの後すぐにジャポニは鉄製の手錠をかけられ、つながる鎖を兵士に引っ張られながら部屋の外へと連れ出された。そして、猫人族の少女が後ろをついてくる。

 そんな中、少しでも情報を得ようと兵士に話しかけてみるジャポニ。


「あの……兵士さん。僕は、ジャポニ・クルソーという者ですが、お名前をお聞きしても?」

 その問いに少し驚いた表情をする男性兵士。

「俺の名前を、お前が知る必要はない」

「それでは、なんとお呼びすればいいのでしょう」

「自分で考えろ。もう話かけるな」


 その後、三人は会話がないまま歩き続け、大きな扉がある部屋の前に到着する。

 メイド服を来た猫人族の少女が前に出て扉を開け、ジャポニは中へ通された。

 するとその部屋は、数百名規模のパーティができるほどの広い部屋で、百を超える魔族が待ち構えている状況であった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「シエラ・リズさんは、血圧がかなり高いですね。塩辛い物はお好きですか?」

「そ、それは……。まあ、そうだねぇ。なんでも塩をかけて食べるから……」

「体調が悪い原因は高血圧ですね。高血圧はなめたら危険ですよ。突然脳の血管が破裂したり、心臓が止まったり――」

 多くの魔族が、ジャポニの前に果てしなく列をつくり、順番が来るのを待っている。そして、いつ入手したのか、診療所にあったジャポニお手製の器材は一式運びこまれていたようで無造作に山積みにされている。そんな状況であるにも関わらず、彼はいつもと変わらない様子で黙々と診察を続けるのだった。


「血圧なんてものがあるだねぇ。そういえば、同じ症状だった母親が突然死んで……」

「高血圧は遺伝しますから、シエラさんも気をつけてください。ここに血圧を下げる食材をいくつか書いてますから、この国で手に入るものを試してみてくださいね。まずは三十日ほど試してみて、また次回検査しましょう」

「え? 次も看てもらえるのかい?」

「当たり前です。一緒に治していきましょう」


 最初は警戒する魔族たちであったが、病に悩むのは人族も魔族も同じだったようだ。

 恐れることなく堂々と、かつ真摯になって対応する彼と接した魔族たちは、誰もが彼の診断結果を素直に受け入れていく――。


 ◆◇


「チェルキーちゃんは、風邪みたいだね」

「カゼ?」

「そうだね。苦いお薬飲めるかな? がんばって飲んだら、二、三日で熱も下がって元気になれるよ」

「ホント? それじゃあ、チェル頑張る!」

「よし、偉いぞ。約束だ」


 ◆◇


「す、すごい! 足の痺れがなくなった!」

「ゴルゾさんは足の病気ではなく、腰椎椎間板ヘルニアという腰の病気だったんですよ。治療しましたから、もうこれで大丈夫でしょう」

「ありがとう、ジャポニさん! 俺はこの病気が原因で軍を退役させられたんだ。でも、これでまた軍に戻れるよ!」

「よかったです。でも再発してはいけませんから、無理されないでくださいね」


 そんな様子で朝から続いた診察は、日が沈む頃に無事終了するのだった――。



「お、終わったようだな……」

 ジャポニを連れてきた兵士が、信じられない様子で呟くように確認した。

「ほとんどの患者さんが内科診療だったから、治療も速かったですね。僕が対応できない病気もなくて安心しました」

「そうか……。それでは、ここで少し待て。食事を運ぼう――」

 ジャポニはその言葉を遮るように目の前の椅子をポンと叩くと、彼に座るよう指示した。


「まだ終わってませんよ。次はあなたです」

「俺を? なにを言っている。俺は不要だ」

「そうですか? あなたは、おそらく右の視野が欠損……右目が見えづらくなっているかと思ったんですが。それと最近、めまいや頭痛を感じることはないですか?」

「そ、そんなことは……」

「あなたは常に私の右側に立とうとするし、なにかを見るとき右目を使わないようにしている節がありましたが」

「い、いや、違う。適当なことを言うな……」

「先ほど、別の兵士さんの話を聞いて思ったのですが、あなたも兵士だから病気のことを誰にも言えず困っていたんじゃないですか? さあ、念のためです。とりあえず座ってください」

 その兵士は困惑した表情のまま、椅子に腰かける。

 するとジャポニは流れるような動きで、診察と質問を続け、そしてあっという間に治療を終わらせるのであった。


「さあ、どうですか?」

「み、右目が見える! こんな簡単に治るとは……」

「あなたは、緑内障という神経系の病気だったようですね。この病気は視野が少しずつ狭くなって、気づいたときには悪化しています」

「そうだったのか……。感謝するよ。ジャ、ジャポニ……殿」

「それでは、お名前を教えていただけますか?」

「なに? お、俺の名前を知る必要はないと言ったはずだが……」

「イシャというのは、患者さんのお名前と診察結果をカルテという紙に書くんです。お名前がないと誰のカルテかわからなくなるでしょう?」

「それは名前を聞くための言い訳ではないのか?」

「ふふふ。ばれました? でもカルテに書くのは本当ですよ。さあ、さあ、教えてください」

 ジャポニは魔族でさえも心奪われるかわいい笑顔を見せながら、そう言葉を返した。


「お、俺の名前は……。デル・ワイバン。竜人族だ」

「デルさんですね。ありがとうございます。それでは……あなたは?」

 ジャポニは続けて、猫人族の少女に質問する。

「え?! わ、私?! 私の名前も知る必要はありませんが。私は……ダリア・リズです」

「あ、もしかすると、三番目に診察したシエラさんがお母さんですか?」

「そ、そうですが……。どうしてわかったのですか?」

「お顔がよく似てますし、お名前が同じ『リズ』さんでしたからね。彼女は確か高血圧だったかな? 本人にも伝えましたが、食事には気をつけてあげてください」

「あ、あなたは、名前と病名をすべて覚えているのですか?!」

「ある程度は覚えてますけど……。まあ、医者ですからね」

「今日は一日中、驚くことばかりです……。母のことは、ありがとうございます」

「いえいえ。お大事にしてください」

 ジャポニがそう言いながら器材の片付けを始めると、ダリアが慌てて声をかけてくる。


「待ってください、ジャポニさん。最後にもう一人看て欲しい方がいます」

「もう一人? ここに来られなかったということは……重症ですか?」

「それもありますが……。もう一つ理由があります」

「なんでしょう」

「そのお方とは、モーリー・ガブリエラ王妃だからです」

「それって、もしかして……」


「はい。モンチ王女のお母様です」

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