第27話 波乱

「ど、どうして、君が壮ちゃんや私のことを知っているんだ!」

 王宮の廊下。ケンセイは周りに人がいないことを確認しながら、小声でレンカに確認した。

「それは、私も転生者だからです」

「君も転生者?! し、しかし、どうして私が桂木美琴だとわかった?」

「女の勘です。……というよりも、天海先生が鈍感過ぎるのかもしれませんが」

「君はいったい誰なんだ……」

「私は天海先生と同じ病院で勤務していた医大生です」

 そのときケンセイは、壮太の家で倒れた日に彼が医大生と食事していたことを思い出す。


「その医大生がどうしてここに……。どうして彼のそばにいる?!」

「それは私もサジさんの魔法で転生してきたからです。お二人が転生されてから一年後に先生を追いかけてきました。お二人が出会えていないことを期待して」

「出会えいないことを期待……って、どういう意味だ? 私から彼を奪うつもりでか?」

「奪うつもりはありませんでした。ただ、先生があなたと出会えなかった場合、私が先生を見つけて、そばで支えてあげたいと思ったんです」

「そ、そうか、なるほどな……。それで二人は奇跡的に出会って、今は一緒にいるということか。それは良かったじゃないか。お幸せに」

「それだけですか?」

「それだけ?」

「美琴さんはそれでいいんですか? どうして天海先生に正体を明かさないのですか?!」

「おかしな人だな、君は。私がいない方が、君にとっては好都合なんだろ?」

「それは、そうなのですが……」

「君が転生者であることは、彼は知っているのか?」

「ご存知です。転生してきた理由もお話ししました」

「それなら、彼は君の気持ち知った上で一緒に仕事をすることを選んだのだな……。私と彼は別れてもう何年も経つし、私を探すことなど忘れているはずだ」

「それならこの前、どうしてお一人で先生に会いに来たんですか?!」

「そ、それは……」

「どうして名乗り出ないのですか? 理由を教えてください。なにが問題ですか?!」

「名乗り出られるわけがないだろう……。君には関係ない話だ」

「まさか……。やはりそうですか。殿下と婚約されたという噂は本当なのですね」

「え? いや、なにを言っている――」

「それに! 美琴さんって天海先生のこと、全然わかってないですね!」

「なにを知った風に――」

「そんな人に先生は渡せません! 先生は私が一生支えます!」


 すると、騒ぎを聞きつけた護衛の騎士が数名駆け寄ってくる。

「どうかされましたか? ケンセイ様!」

「い、いやなんでもない――」


「先生のことは私に任せて、殿下とお幸せになってください! それでは、失礼します!」

 レンカはそう言って、怒った様子でその場からいなくなった。


 そしてケンセイは、その日を境にジャポニ会うことができなくなる。

 なぜなら、ジャポニが行方不明になるという事態が起こってしまったからだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「いててて……」

 ジャポニは、屋内の固い床にうつ伏せで倒れていた。

 ぼぉっとする頭を左右に振りながらゆっくりと起き上がり、冷静に周りを見渡し状況を確認する。それは、この世界に転生してきたときと同じような状況。

 しかし、そこは山小屋ではなく、鉄格子で閉ざされた牢屋の中であった。


「目が覚めましたか」

 牢屋の外の暗がりから、突然声をかけられ飛び上がりそうになるジャポニ。薄明りの中で目をこらしてよく見ると、それはメイド服を着ており猫耳が頭についた魔族――猫人族の少女だった。猫耳と小さな牙がある以外は人族とほぼ同じ姿であり、暗い中でも童顔でかわいらしい容姿だとわかる。

 ジャポニはモンチ王女以外の魔族に会うのは初めてで、緊張しながら言葉を返してみた。


「こ、ここは……どこかな?」

「ここはサルミド王国の城内です。別の場所へ移動するので、私についてきなさい」

「ついてきてって言われても、牢屋の中だし……」

「鍵は開いています」

「え? そうなの?」

 ジャポニが鉄格子を押してみると、『キィッ』という金属音がして重い扉が開いた。そして恐る恐る外に出ると、片方向へと伸びる長い廊下が見える。

 そこは真っ暗闇であるが、猫人族の少女は猫目でよく見えているのか、奥へ向かってスタスタと速足で歩き始めた。

 しかしジャポニには一メートルほど先しか見えておらず、お化け屋敷の中にいるような恐怖に襲われる。そして、すがる思いで目の前でひょこひょこと揺れていたなにかをつかんだ。

 と同時に、変な声を出す猫人族の少女。


「ひゃいっ!」

「え? あ! 尻尾?!」

「い、今すぐ離しなさい……。ひっかき殺しますよ!」

「あ! ごめん! いや、真っ暗でなにも見えないから……」

「見えない……。なるほど。人族は面倒ですねぇ。わかりました」

 そう言って、少女が指を『パチン』と鳴らすと、奥へ向かって一列に並ぶランプが一斉に明るくなった。

「すごい……。どうやったの?」

「どうやった? 普通に指から魔力弾を飛ばして――人族にはできないのですか?」

「僕は見た事ないよ。後でやり方教えて欲しいなぁ。帰ってクックに自慢したいし」

「……あなた。怖くはないのですか?」

「怖い? え? 僕ってもしかして危ない状況なの?」

「……今まで拉致した人族で、これだけ冷静なのは初めてです。頭がいいのか、それともかなりの馬鹿なのか」

「あははは。僕って馬鹿なのかなぁ。でも、僕が連れてこられた理由はだいたい検討はついてるからね。あなたも優しそうだし」

「わ、私のなにを知っているのですか! 叩き殺しますよ!」


 すると、猫人族の少女は豪華な両開きの扉前で足を止めた。

「こちらです」

 彼女が避けるように横へ移動すると、中からゆっくりと扉が開けられる。

 その先に見えた部屋、そこは豪華な謁見の間。数十名の護衛魔族が一列に並ぶ奥の中央、数段上の台座には大きな玉座が置かれている。

 そして、前に進むよう言われ、真っ赤な絨毯の上を歩くジャポニ。

 その一直線上、ジャポニの視線の先にあったのは、見慣れた少女の顔だった。


「やっと目を覚ましよったか。待ちくたびれたぞ。もう貴様には、寝ている時間などない。やってもらわなければならんことが、山ほどあるからな」


 玉座の上からそう告げたのは、帝国にいたときには見せなかった冷酷な表情でジャポニを出迎える、モンチ王女であった。

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