第26話 魔法の原理

 そこは王宮の来賓室。

 医大の設立を提案したジャポニは、目を輝かせながら話を続ける。


「殿下、こちらには国営の大学がありましたね」

「はい。帝国大学がございますわ」

「そこに『医学部』を開設していただけないでしょうか」

「イガクブ?」

「はい。医学を専門に教える学部です。もちろん最初は僕が教えますので、ここで医者を育てて増やしていく、というのはどうでしょう。これがうまくいけば、もっと多くの人を救えるようになります」

「イシャを育てて増やす? しかし、それがサルミドとの和平協定にどうつながるのです?」

「例えば、協定の条文に『医学部はサルミド王国民も受験できる』の一文を含めるんです。そして約束するんです。医学部に合格したら誰でも、医者になるための知識と技術を学ぶことができると。これは僕一人が亡命するより何倍も価値がありますよ」


 その提案に、首をひねりながら発言するクック。

「医者が増えることって、そんなに魅力的なことなんでしょうか。帝国を憎むサルミドが和平協定を結びたいと思えるほどに……」

 するとモンチ王女は、うんうんと頷きながらその問いに答える。

「とても魅力的なことじゃよ。クーちゃん」

「ク、クーちゃんって誰ですか……」

「我はよいと思うぞ。イシャが増えると、国民の平均寿命が伸び人口も増える。それは大きな利益を国家にもたらす……。この技術が帝国だけに収まることは反対派も避けたいじゃろうからな。だから我はジャポニに賛成じゃ。カトレア殿下はどうじゃ?」

「わたくしも賛成ですわ。ですが一点だけ、ジャポニ様にお聞きしたいことがございます。医学を学んだとしても光魔法が使えないと治療はできないのではないですか?」


「いえ、光魔法は誰でも使えますよ。ここにいるクックも使えますし」


「ええぇぇぇぇぇ?!」

 光魔法は誰でも使える――その事実にカトレア殿下やスカーレット団長が椅子から転げ落ちそうになるが、ジャポニは気にせず話を続けた。

「それほど、驚くことはではありませんよ。光魔法はある程度の医学知識を得た上でコツをつかめ使えば誰でもできます」

「と、ということは、そのイガクブで学んだ者は、光魔法が使えるようになるのですか?」

「すぐに使えるようになるでしょう。ここにいるクックは医学の知識はありませんでしたが、いろいろ経験して学んだことで、使えるようになりました。あ、こちらのレンカ・クリスさんは元々医学知識がありましたら、僕と同じですぐに使えました」

「ク、クリスさんも光魔法を?!」

「でも、光魔法は治療の補佐をするだけなんですよ。実際に治癒するのはヒールですから」

「しかし、ヒールでできることは限られていたはずでは……」

「そうですね。一般的に、ヒールでは目視できる外傷しか治癒できないと考えられていますが、それは違います。実は目視できない場所……すなわち、身体の中であっても、復元する組織構造を強くイメージできれば治癒できるんです」

「そうなのですか?!」

「はい。例えば……白内障という目の中のレンズが曇って失明する病気があるのですが、医学知識がある僕はヒールだけで治療できましたから」

「ヒールで? 光魔法で治癒していたわけではないのですね」

「そうです。身体を治癒できるのはヒールだけです。光魔法で治癒はできません」

「それではいったい、光魔法ではなにができるのですか?」

「光魔法を使えば、切開せずに身体の中の悪いところがわかります。悪い組織を見つけたり、骨折箇所を判断したり……。治療するための補助魔法ということですね。だから光魔法だけ使えても意味がありません。医者になるには光魔法と医学知識、そして医療経験の全てが必要となってきます」

「それを医学部で学べば、皆が医者になれるというわけですね」

「そうです。しかし……それは簡単ではありません。なぜなら医学はとても高度な学問で、すべてを学ぶのに六年以上はかかります。そして更に二年以上は現場で医療経験を積むことが必要ですので、最低でも八年はかかるでしょう」

「なるほど、八年ですか……。しかし、それをお聞きして逆に安心いたしました。人の命を預かるからには不撓不屈の精神で臨まないといけない、ということですね」

「そうですね。繰り返しますが、医者になるのは簡単ではありません」

 ここでカトレア殿下はお茶を一口飲み、一息ついてから話を続けた。


「ジャポニ様……。今話されたことは、古代書や魔法書にある常識を塗り替えるような、驚天動地のお話となります。どうしてそのような考えに至ったのでしょうか。以前からそのようなご研究を?」

「いえいえ、違いますよ。一年くらい前、魔法を研究されていた人に偶然お会いして、魔法には知識とイメージが影響すると教えてもらったんです。そのヒントがあったからですね」

「魔法の研究者? それは誰です?」

「それは……殿下はご存知ないと思いますよ。『サジ』という人です」

 その名前を聞いたカトレア殿下とスカーレット団長は、驚き目を合わせた。


「ジャ、ジャポニ様……。サジというのは、もしかしてサジ・バンデのことで?」

「確かそのようなお名前だったような……。あれ? ご存じでしたか?」

「サジ・バンデは私の叔父にあたります。おそらく王宮にいる全員が知っております」

「え?! そうだったのですか?!」

 ジャポニは、しまったという表情でカトレア殿下から目を反らした。

 同時にケンセイも、これはまずいという表情で目を伏せる。

 そしてカトレア殿下はこの瞬間、ジャポニもケンセイと同じ転生者であると気づいた。


「お、叔父は現在行方不明でして……。どこで出会われたのですか?」

「ど、どこで?! 一回お会いしただけで……すみません。忘れてしまいました」

 転生のことがばれてはまずいと思い、咄嗟に嘘をつくジャポニ。

「そうですか。わかりました……。またなにか思い出したら教えてください」

 そして、頭が混乱し始めたカトレア殿下は、咄嗟に話を変える。

「は、話が脱線してしまいましたので戻しましょう。ジャポニ様からのご提案、素晴らしいではないですか。是非、進めていきたいと思いますが、皆様はいかがですか? ご意見ある方は遠慮なさらずにどうぞ」

 殿下の言葉に、皆が沈黙にて賛同を示した。


「ありがとうございます。当件はわたくしの方で順次進めさせていただきます。それでは、この会はこれにて終了といたしましょう」

 そう言い残し、カトレア殿下とスカーレット団長は先に退室するのだった――。



 ジャポニたちがモンチ王女と談笑する中、ケンセイはそっと一人退室する。

 そして、廊下の片隅で声をかけられた相手――それはレンカだった。


「待ってください、ケンセイさん。ちょっとよろしいでしょうか」

「え? ああ、君は確かクリスさん――」

「レンカで結構ですよ」

「あ、ああ。レンカさん。なにかご用ですか?」

「壮太さんが中でお呼びですよ。なにか言い忘れた事があるそうです」

「私を? わざわざどうも――」

 そう言うと同時、突然立ち止まるケンセイ。

 なぜなら、彼はすぐに自身のミスに気づいたからだ――『壮太』という名前に反応してしまったミスに。


 状況が把握できず頭が混乱するケンセイは、恐る恐るレンカの方へ振り向いた。

 するとレンカは、彼が更に混乱する言葉を口に出す。


「やはり、あなたでしたね。桂木美琴さん」

 栗栖恋花は、壮太よりも先に美琴を見つけ出したのだ。

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