最終章

第25話 勲章

 ジャポニたちがモンチ王女の治療をしてから三か月後のこの日、アルタイル帝国の王宮内では盛大な式典が行われていた。

 それは帝国に貢献した者への勲章授与式である。

 そしてその主役には、多くの町民を治療したジャポニ、レンカ、クックの三名が選ばれたのであった。


「レンカさん、私やっぱり帰りたいです……」

「冗談は止めてください、クックさん。私だって帰れるなら今すぐ帰りたいです。あの、ジャポニ先生、ちょっと吐いてきていいですか?」

「ふ、ふ、二人ともなに言ってるんだよ。皇帝に少しお会いするだけじゃないか。クックも意外とこういうの緊張するんだな」

「そういうジャポニさんも脇汗びっしょりですよ」

「それ、言わないで! 一応、女子だから!」


 そこは華やかに装飾された謁見の間。

 百を超える王族や貴族たちが見守る中、カリム皇帝が王座へと現れる。

 名前を呼ばれたジャポニたち三名が、緊張した面持ちで壇上に上がると、皇帝よりレンカ、クックの順で名誉勲章のメダルが首にかけられた。

 大歓声の中、最後に皇帝はジャポニの首へ同じメダルをかけると、突然顔を近づけ、耳元で囁くのだった。


「此度の活躍、心より感謝するぞ」

「も、もったいなきお言葉、ありがとうございます……」

「それで、お主に頼みたいことがあるのだが」

「え? は、はい、なんでございましょうか」

「それはこの後、娘から直接話がある。よろしく頼むぞ」

 皇帝がそう言って振り向いた先には、にこりと微笑むカトレア殿下が立っていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 式典後、ジャポニたち三名は来賓室に案内された。とても広いその部屋の中央には豪華な長机が一つあり、それを囲むように数十の椅子が置かれていた。その中でポツリと取り残されるジャポニたち。緊張しながらしばらく待つと、突如扉が開きカトレア殿下とスカーレット騎士団長、そしてケンセイが入ってくる。

 ジャポニたちが慌てて起立し頭を下げると、向かい側に並んだカトレア殿下たちも軽く頭を下げた。

 そして、カトレア殿下の着席を見届けたスカーレット団長が先に発言する。


「皆さま、お座りください。只今より、こちらにおられます帝国第一皇女カトレア・アルタイル殿下より――」

「か、固いですわ。スカーレット」

「そ、そうですか、殿下……。それでは、お願いいたします」

 皆が着席した後、カトレア殿下は笑顔で説明を始めた。

「ごめんなさいね。先ほどの式典でお会いしましたので、お互いのご挨拶は無しといたしましょう。この場は、あまり堅苦しくならずに気楽にお話しできればと思いますので」

 その言葉に、少し肩の力が抜けるジャポニたち。

「皆さまにお会いできる、この千載一遇の機会に是非お話ししたいことがございまして――」

 そのとき、部屋の外からなにやら騒々しい声が聞こえてきた。


『どこじゃ? この部屋か! 違うのぉ。こっちか?!』

 その声を聞いたカトレア殿下たちの表情が曇り始める。

 すると突然、『バンッ!』と部屋の扉を開けて入って来たのは、モンチ王女であった。


「ここじゃったか! おお、ジャポニじゃぁ!」

「モンチさん、王宮にいたんですか? お久しぶりです。あれからお身体はどうですか?」

「もりもり元気じゃ! しかし久しぶりじゃのぉ。ずっと会いに行きたかったんじゃが、ここから出してくれなくてのぉ」

 目を細めてカトレア殿下をじぃっと見つめるモンチ王女。

 するとカトレア殿下は、少しイラついた様子でトントンと指で机を叩きながら反論する。

「当たり前ですわ……。敵国の王女が町をウロウロしてよいわけがないでしょう」

「隠れて行けばよいではないか?」

「本当におとなしく隠れていただけますか? 今日も後ほどお呼びするまでお待ちくださいと申したはずですがっ!」

「すまんかったよ……。それじゃあ、一回戻ろうかの?」

「もうここにいてください! どこでも結構ですからお座りください……」

 嬉しそうにジャポニの横に座るモンチ王女を見たカトレア殿下は、ため息をつきながら説明を続けるのだった。


「お話ししたかったこととは、帝国とサルミド王国との和平協定に関することです。こちらのガブリエラ王女のお話によりますと、現在王国では和平協定賛成派と反対派に二分しているそうで、以前にわたくしを襲撃してきたのは反対派だったようです。そのような状況の中、いかにして和平協定に持ち込むかの策を練っているところなのですが、そのことでガブリエラ王女からジャポニ様にお願いがありまして――」

「僕たちに? 和平協定に関してですか?」

「ふふふ。驚かれるのも当然かと思います。ですが、ちょっとした確認のようなものですのでそう構えられなくても結構ですわ。それでは、せっかくですからモンチ王女からご説明を」


「うむ。実はのぉ。ジャポニたち全員、サルミドに亡命して欲しいんじゃ」


「ええぇぇぇぇ?!」

 皆が面食らう中、カトレア殿下は机を『バンッ!』と叩き立ちあがった。


「な、な、なにをおっしゃられてますの……。事前のお話とまったく違いますわ!」

「い、いや、だって、今思いついたんじゃ」

「今思いついたって……。そんなこと認められません!」

 すると、レンカが恐る恐る手を上げて質問する。

「すみません、殿下。事前のお話では、どういう内容だったんですか?」

「反対派にも家族が病気で困っている者がいるようなのです。ですから、彼らを説得する材料の一つとして、和平協定を結べばジャポニ様のところで治療できるかも、というカードを使ってもよいかの確認です。亡命だなんて……。ジャポニ様も聞かなかったことにしてください」

「ははは。全然違いますね。でもどうしてモンチさんは、考えを変えたんですか?」

「それはじゃな。『和平協定を結べばジャポニが治療してくれる』、と言っても反対派が簡単に首を縦に振るとは思えん。魔王を崇拝する反対派は、魔王の命に匹敵するほどのなにかを差し出さねば、納得せんかもしれんからじゃ」

「納得させるほどの代償が必要だと。それが僕の亡命、ということですか」

「そうじゃ。本来なら、魔王を倒したという勇者の首を差し出すのが一番じゃがな」

 すると、ケンセイがその言葉に反応する。

「そうか。私の首を渡せば、ジャポニ殿を出す必要がないんだな」


 彼の言葉に部屋の中は緊迫した状況となる。

 なぜならそれは、自身が親の仇だと告白したのと同意であり、モンチ王女が彼に激高するのでは、という心配が皆の頭をよぎったからだ。

 しかし、モンチ王女は気にする様子もなく平然と話を続けるのだった。


「なんじゃ、お主が勇者じゃったのか。目の前にいるとは知らず、物騒な話をして悪かったの」

「い、いや、そんなことは――」

「我は、お主の首を差し出せとは言わんよ。それは和平に向かうことと相反することじゃ。そんなことをして真の和平に向かうはずがないからの」

「それは本心か? あなたは、私が憎くないのか? 私はあなたの父親を――」

「お互い戦時下で起きたことじゃ。悪いのは国家かその代表であって国民ではないじゃろ。それにな、我は魔王との思い出がほとんどないんじゃよ。家族であっても許可なく近寄ることも許されんから話した記憶もほとんどないし、死んだと聞いても悲しくなかった……。『父』と呼んだことすらないんじゃ。おかしいじゃろ?」

「おかしくはない。私の父は小さいときに私を捨てて外国に行き、私も父と話した記憶がない。私が国を捨ててここへ来たことも、気づいていないだろうな……」

 ケンセイは記憶がないという設定も忘れ、自然と美琴だったときの思い出を口にした。


「なんじゃ、話が合うの! まあ、そういうことじゃから、暗い話はこれで終わりじゃ! 今は過去のことより未来のことじゃ。カトレア殿下も、それは同じじゃろ?」

「それには、わたくしも皇帝も完全に同意します。しかし、どうしてそれが、ジャポニ様たちの亡命、という話になるのですか? ジャポニ様をどうするおつもりで?」

「ジャポニたちの存在と技術は帝国の宝じゃからの。魔王の命に匹敵する条件になると思ったんじゃよ。いや、亡命といっても形だけのことじゃ。和平協定が結ばれるまでの少し間だけサルミドにいてくれたらよい。それで和平協定が結ばれれば帝国に戻ればよいじゃろ。ほれ、どうじゃ!」

「ほれどうじゃ、と言われましても信用できません。それに亡命後、和平協定が決裂したらどうするのですか? ジャポニ様たちは戻って来られなくなりますよ」

「我は、別にそれでもいいんじゃが――」

「それは駄目だ!」

 そう叫び立ち上がったのは、ケンセイだった。皆が驚く中、彼はジャポニと目が会うが、目を反らしてすぐに着席し誤魔化すように説明を始める。


「い、いや、大きな声を出してすまない。その……彼らは貴重な人材、帝国の宝だからな! 戻って来られないのは問題だろう。医者が増やせるというなら話は別だが……」

 そのとき、ケンセイの言葉に反応したジャポニが机を『ドンッ』と叩く。


「それですよ!」

「ひゃぁ! え?! ど、どれ?!」

 驚き変な声を上げるケンセイ。


「それ、素晴らしいですよ! ケンセイさん!」

「え? だからどれのことだ?!」

「医者を増やせばいいんですよ!」

「増やす? どうやって?!」

「医大を作りましょう!」


 鼻息荒く、そう宣言するジャポニであった。

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