第24話 あなたのことを

「あれ? あなたは、モンチさんを運んでくれた騎士様……」

 ジャポニは、診療所の前で一人立っていたケンセイにそう声をかけ挨拶した。

「い、いや、私は騎士ではない。騎士の訓練教官をしている、ケンセイという者だ」

「そうでしたか、ケンセイさん。それで、こんな朝早くにどうされました?」

「え? あ、あの、それは……ジャポニ殿に話しがあって……。将軍から二人を開放したと連絡があったのでな。すまないが、家の前で待たせていただいた」

 ケンセイはそう言いながら、なぜかレンカを気にしているように見えた。

 すると、レンカは一人で診療所へ向かって歩き始める。

 なにかを察した彼女は、ジャポニとケンセイ二人で話ができるよう気をきかせたようだ。 

「ジャポニ先生。私は先に戻って休ませていただきますね」

「え? あ、はい。お疲れさま」

 ジャポニはそう言い不思議そうにしながらレンカを見送った後、すぐに振り返りケンシンをじっと見つめる。そしてなぜか心配そうにケンセイの顔を下から覗き込むのだった。

「顔が少し赤いですね……。もしかして体調がすぐれませんか? ちょっと失礼しますね」

 そう言って、ケンセイの首元に手の平をあてるジャポニ。

 突然のボディタッチに混乱したケンセイは慌てて数歩後ずさるが、ジャポニの手を引き離すことができないままパニックとなる。

「ええ?! ちょ、ちょっと、待って! な、な、なにを?!」

「ちょっと脈が速いですね……。体温は平熱だと思いますが、きちんと診察しましょうか。どうぞ中に入ってください」

「い、いや、違う! これは別のことが原因だから!」

「別のこと?」

「いや、なんでもないから大丈夫だ! 診察で来たわけじゃなくて礼を言いに来たんだ」

「礼を?」

「そうだ。治療の後、ちゃんと礼を言えてなかったのでな。この診療所の皆がいなければ彼女の命はなかった。本当にありがとう。他の二人にも、そう伝えておいてほしい」

「ああ、そういうことでしたか。それは二人も喜びますよ。ご丁寧にありがとうございます。でも、教官のあなたがどうしてお礼を言いに?」

「それは、彼女を……」

「彼女を?」

「……どうしても助けて欲しかったからだ。彼女の父親――魔王を殺したのは、私だから」

「え……。ケンセイさんが? もしかして、勇者様ってケンセイさんのことですか?!」

「私のことをそう呼ぶ者もいるな……」

「そうだったのですか。しかし、王女の命を救うことは魔王を倒したことと真逆のように思いますが、どうして彼女を……」

「罪悪感だよ。私の放った攻撃魔法で魔王が死んだというのは、後からわかったんだ。だから最初は、私が魔王を倒したという実感がなかった。しかし娘がいたということを知ったとき突然実感が沸いて、同時に罪悪感が生まれてきたんだ。勝手な話だがね」

「そういうものなんですね……。不思議です」

「ああ、不思議だったよ。戦争という理由がある中で勇者だと祭り上げられていたが、結局のところ勇者の役割とは人殺し……いや魔族殺しだった。どのような理由があったにせよ、私は彼女の父親を殺したのだ。だから今度は彼女を助けたいと思った。そのとき……」

「そのとき?」

「そのとき、思い出したんだ」

「なにをですか?」

「あなただ。あなたのことを思いだしたんだ――」


 朝日を背にしたケンセイをじっと見つめるジャポニ。

 逆光に照らされた黒髪と金木犀の花びらが風に揺らめくその美しい光景に、ジャポニは心が奪われそうになる。そして、慌てて目を背けるのだった。


「ぼ、僕のことをですか? ご存知だったんですか? 僕のこと」

「ああ。知っていたよ。町で噂になっていた」

「そ、そうなんですか? それは光栄ですね。僕の噂が勇者様にまで伝わってたなんて……」

「あなたの噂を聞いてずっと会いたかったんだ」

「え? それってどういう……」

「それは――」

 そのとき、診療所の扉が開いて中からラビが飛び出してきた。

 そして、レンカがその後を追いかけてくる。

「ご、ごめんなさい! ラビ! 中に入って!」

 するとジャポニのところではなく、なぜか一直線にケンセイの元へ駆け寄るラビ。それに気づいたケンセイは、突如デレ顔に変わりラビを抱き上げ顔を摺り寄せ始めるのだった。

「おぉ! お前はウサちゃんかぁ? 人懐っこいじゃないかぁ。どうした? 遊んでほしいのかぁ? そんな舐めるんじゃないよぉ。よしよし、かわいいなぁ。いい子だよぉ――」

 ここでケンセイは、ジャポニとレンカが目を丸くして固まっていることに気づく。

そして大きく咳払いしながら、何事もなかったかのように会話を続けるのだった。

「あ、あの……、これは……ウサギかな?」

 苦笑しながらそれに答えるジャポニ。

「い、いえ……。似てますが、ラビルという名の魔獣ですよ」

「そ、そうか。魔獣を飼うとは珍しい」

「そうなんです。以前に怪我を治療したらなつかれましてね。でも、初めて会う人でこんなになつくのは珍しいです。それにしてもケンセイさんは、動物が好きなんですね」

 笑顔でそう問いかけるジャポニを見て、ケンセイは顔を赤くして目をそらした。

「い、いや、まあ、そうだな……」

 そのとき、家の中から母アメリの声がした。

「ジャポニ、午前の診察が始まる前にひと眠りしないと」


「ああ、すみません。そういうことなので今日はこれで失礼します。でもまた、今度ゆっくりとお話ししたいです。なぜかケンセイさんとは初めてお会いした気がしなくって――」

「い、いや、今日は本当にありがとう。私の要件は以上だ。長い時間引き止めてすまなかった」

 ケンセイはそう言って、ラビを連れ中へ入っていくジャポニを見送るのだった――。


 外で二人だけになるケンセイとレンカ。

 するとレンカは、少し意地悪な様子でケンセイに確認する。

「ケンセイさんはもしかして……。ジャポニさんみたいな方がお好きなタイプですかぁ?」

「ああ、好きなタイプで……って、ええ?! な、なにを言っている! 意味がわからん!」

「でも明らかに様子がおかしかったですよぉ」

「それは勘違いだ! どうして私が……」

「ふふふ。冗談はこれくらいで。それより中に入ってください。お茶でもお出ししますよ」

「いやいや、皆お疲れだろうし、こちらで結構だ。今回はお礼を言いに来ただけなので。本当にありがとう。えっとぉ、君は……」

「私はレンカ・クリスと申します!」

「クリスさんか。あ、あの……。つかぬ事聞くが、二人は……」

「二人? 私とジャポニさん、ですか?」

「ああ。二人は、どういう関係なのかな……と。いや! 答えたくなければ答えなくて結構だから!」

「どうしてそんなことを……。気になるんですか?」

「い、いや、気になるというか、気にならないというか……」

「どっちなんですか」

「仲が良さそうに見えたので、どうなのかなぁと思ってだな。きょ、興味本位だ!」

 するとレンカはケンセイの顔をじっと見た後、照れたような表情で答える。

「そうですね。私はジャポニさんと、お付き合いをして……」

 お付き合いをして『みたい』という、肝心なところを濁して答えるレンカ。


「い、いや、もうやめておこう! や、やはり、こういうことはあれこれ詮索するものではないな! 失礼した! 忘れてくれ!」

 レンカの回答に、ケンセイは明らかに動揺しているように見える。

「そ、そろそろ帰るとするか……。それではまた!」

 ケンセイはそう言って、逃げるように走り去ってしまった。


「変な人……。今日会ったばかりで、一目惚れかなぁ。ジャポニさん、かわいいからもてるんだろうなぁ」

 レンカは困った様子で、そう呟くのだった。

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