第23話 人柄
ここは診療所「金木犀」の手術室。そこは今、緊迫した状況となっていた。
なぜなら、彼らが命を救った王女とはカトレア殿下ではなくサルミド王国の王女――すなわちそれは、先代魔王の娘だとわかったからだ。
そのことでジャポニがスカーレット騎士団長に説明を求めると、彼女は『お話できる範囲で』と前置きしてから、事の顛末を説明し始める。
――今日未明、なんの前触れもなく魔族の大群が帝国東国境付近に現れた。
そして、魔王の娘モンチ・ガブリエラ王女が、王国代表として帝国との和平交渉を打診してきたのだ。
それを受け、帝国の代表として出迎えることとなったカトレア殿下。しかし、二人が国境で挨拶をかわし握手をした瞬間、数十名の魔族が突如カトレア殿下を襲撃する。
多くの人族や魔族が二人を取り囲む厳戒態勢の中で、それは起こったのだ。
ケンセイを含めた護衛の騎士たちが一斉に壁となるが、その混乱の中、隙間を縫って飛び出した一人の魔族が殿下の元へと到達してしまう。
最悪な結果が皆の頭の中をよぎったそのとき――誰もが予想だにしなかった事態が起こる。
なんと、モンチ王女が盾となりカトレア殿下を助けたのだ。
続いて、襲った魔族たちは一掃され、他の魔族は混乱の中で撤退を開始する。
そして瀕死の状態で一人取り残されたモンチ王女。それを見てジャポニのことを思い出したケンセイが、この金木犀に運ぶことを提案し今に至る、ということであった――。
「そうでしたか……。ご説明ありがとうございます。『王女様』が患者だと聞いて、僕たちが勝手にカトレア殿下だと勘違いしていたということですね。大変失礼いたしました」
「こちらも危険を伴う治療をお願いしているにも関わらず、説明不足で――」
「いえ、みなさんにこの部屋から出ていただくようお願いしたのはこちらですし、僕は敵とか味方とか、人とか魔族とか関係なく、目の前の患者さんを治療するだけですから……」
すると、黙って話を聞いていたモンチ王女がジャポニに声をかける。
「お主、名はなんと申す」
「な、名前ですか? 僕はジャポニ・クルソーと申します。えっとぉ、ガブリエラ王女……」
「モンチでよいぞ。お主は我が魔族とわかっていて、それでも助けてくれたのじゃな。感謝するぞ。今はなにもないが、いつかなんらかの形で礼をするのでな」
「そのお気持ちだけで十分です。僕は自分の仕事をしただけですから」
「謙虚なやつじゃな。気に入ったぞ! しかしお主はいったい何者じゃ。あの深い傷を治すとは、なにか特殊な魔術でも使ったのか?」
「い、いえ、その……。魔術というより、手術ですかね」
「シュジュチュ?」
「シュジュツです。身体の中を開いて、直接傷や骨折を治療したということです」
「な、な、なんてグロいんじゃ! そんなことをできる者は、サルミドにはおらんぞ! お主この後、肉は食えるのか?!」
「あははは……」
するとジャポニは、スカーレット団長が『あまり詳しいことは』と目で合図しているように感じ、慌てて話を変える。
「そ、それより、モンチさんは変わった話し方ですね」
「そうか? 我を育てた婆やがこの話し方でな。我はこれが普通だと思っておるのじゃが……。しかしお主はすごい技を使うのぉ。もっといろいろ話を――」
すると、これ以上はまずいという様子でスカーレット団長が割って入る。
「そ、それでは治療も無事に終わったことですし、ガブリエラ王女にはいろいろお聞きしたいこともございます。これから王宮へご同行いただければと思いますが、よろしいですか?」
「わかったぞ。それは問題ないが、ジャポニも来るのか?」
「ジャ、ジャポニさんも? それは、どうしてでしょうか?」
「もっとジャポニと話がしたいと思ったのじゃ。シュジュチュのこともいっぱい聞かせて欲しいしのぉ」
「そ、それは、また後程検討いたしますので……」
困った様子のスカーレット団長を見て、助け船を出すジャポニ。
「僕はずっとここにいますから。また会えますよ、モンチさん」
「それは、怪我をせんと会えんということか?」
「そうですね。ヒールで治せないほどの大怪我したら会えますよ」
そう言って笑い合う二人。
周りは皆、すぐに魔族の王女と打ち解けるジャポニに信じられない様子であった。
ただジャポニのそういう人柄を良く知るケンセイは、一人こっそりとその姿に見とれているのだった――。
モンチ王女が連れ出され、診療所は嵐が去った後のような静けさとなった。
するとジャポニは、片付けしているレンカに優しく声をかける。
「レンカさん。保留にしてた、これからのことだけど……」
「は、はい!」
「君さえよければ、これからもここで手伝って欲しい」
「え……。よ、よろしいのですか?!」
「前の病院ではいろいろあったのかもしれないけど、今日の君は患者の前で逃げなかった。君は立派な医者だよ。僕が保証する」
「先生……」
「なにかあれば僕がサポートするから、一緒に頑張ってみようか」
「はい……。頑張り……ます!」
レンカはジャポニに背を向け大粒の涙を流すのだった。
その日の夜、ジャポニたちがサルミドの王女を救った噂が知れ渡ると、町中大騒ぎとなる。
なぜなら、これでまた和平に一歩近づいたと、皆が彼らの功績を称えたためだ。
ジャポニたちは、ロイド将軍にもその人柄が気に入られたようで、その後も朝まで多くの騎士たちとともに何軒も連れまわされてしまう。
そして、夜の町は祭りのように盛り上がるのだった――。
朝日が昇る頃、騎士たちから解放されたジャポニとレンカが、人気のない道をフラフラと歩いている。
そんな二人が診療所の前に到着したとき、入り口前に立つ人影が見えた。
恐る恐る背後から声をかけるジャポニ。
するとそれは、恥ずかしそうに会釈するケンセイであった。
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