第22話 王女の手術
「患者さんをこちらのベッドに移動してください」
王女を抱えるケンセイはジャポニに声をかけられるが、彼はジャポニの顔をじっと見つめたまま動かず固まっている。
するとジャポニは、マスクを外して上目遣いでもう一度声をかけた。
「あの……。患者さんをこちらへお願いします」
そのあどけない表情を見て、一層おかしくなるケンセイ。
「え? 私か?! あ、ああ、そうだな……。ベッドに移動しよう。よ、よし、寝かせたぞ。これでいいのだな。これでよし、だ」
その様子を見た全員が、ケンセイの動きがカクカクと不自然に感じたが、ジャポニの声がすぐにその疑念をかき消すのだった。
「それでは今から治療しますので、全員この部屋から外に出てください!」
するとその言葉に、大柄で熊のような兵士が反応する。
「いや、私はここで立ち会おうぞ。ケンセイ殿と大佐は外で待っていてくれ」
彼はロイド・カテラ将軍――平民の出でありながら、その武才が認められアルタイル帝国軍の将まで上り詰めた猛者である。ミリタイド大佐の二倍ほどはある体格を持ち、それは小柄なジャポニが見上げると首が痛くなりそうなほどであった――。
「申し訳ございませんが、あなた様も一緒に出ていただけますか? 全員出ていただかないと……困ります」
「こ、困っちゃうの?」
下から見上げるジャポニのかわいさは破壊力抜群だったようで、ケンセイ同様におかしくなるロイド将軍。しかしそれに負けじと、心を鬼にして反論する。
「い、いや、そうはいかん! 護衛無しは駄目だ。なにかあってからではすまんぞ!」
そのときなぜか騎士たちが一斉に敬礼し始め、所内は緊迫した状況になる。
すると騎士たちが両サイドに並ぶ廊下を通り、一人の女性が入ってくるのだった。
「なにを騒いでいるのですか? ミリタイド大佐」
「ス、スカーレット団長ではないですか! このようなところにどうされました?!」
スカーレット団長と呼ばれた騎士――彼女の歳は三十とまだ若いが、帝国騎士団長であり同時に近衛騎士団長も兼務している。また、公爵令嬢でもある彼女は皇帝やカトレア殿下の護衛につくことが多く、戦場へ顔を出すことは少ない。そのため他の重装備の騎士とは違い、白い襟付きシャツにタイトな白パンツ姿、腰にはレイピアを帯刀するという軽装備である。そして輝く黄金の長い髪に、透き通るような白い肌と翠眼。その容姿に性別問わず憧れる者も多く、帝国騎士団のスターでもあった――。
「ここで王女が治療されると聞き、私も拝見しにきたのです。もう治療は終わりました?」
「い、いえ、まだこれからです。ロイド将軍が治療の立ち会いを志願されたのですが、全員部屋から出るように言われまして……」
「なるほど。で、あなたがオイシャ様ですか?」
「は、はい。ジャポニ・クルソーと申します。あなた様は……」
「わたくしは、帝国騎士団長のスカーレットと申します。ジャポニさん。此度はご協力を感謝します。それで、こちらのロイド将軍だけでも結構ですから、護衛としての立ち合いを許可していただけませんか? これは皆さんの安全のためでもありますのよ」
「ご配慮は感謝いたします。しかし誠に申し訳ございませんが、いかなる理由がございましても、この部屋での立ち合いはお断りしておりますので……」
「それはなぜでしょう」
「えっとぉ……。今は一刻を争いますので、それをご説明している時間も惜しいのですが――」
そのとき、ケンセイが二人の間に割って入った。
「その話はここまでにして、今は王女を助けることを一番に考えよう。それができる唯一の人が、この部屋を出るようお願いしているんだ。今はその通りにして説明は後でもよいのではないか? 護衛は部屋の外と、窓の外に置いたらいいだろう」
「わかりました。ケンセイ様がそうおっしゃるなら」
ケンセイの言葉をすんなり受け入れるスカーレット団長。それはロイド将軍も同じだった。
「うむ……そうであるな。我も承知した。よし! 全員外に出よう!」
将軍の掛け声とともに全員退室を始めると、ジャポニはケンセイに小さく声をかけた。
「ありがとうございます」
「いや、礼はいらぬ。そ、それより、ジャポニ殿。あなたはもしかして……」
「はい?」
「す、すまない。今は、彼女のことを頼む」
「はい。最善を尽くします」
ジャポニは、部屋を出ていくケンセイの背中を見ながら、そう答えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
手術室にはジャポニとクック、レンカだけが残り、室内は静寂に包まれた。
そしてすぐに、ジャポニの的確な指示で治療が開始される。
レンカは患者の服をハサミで切って裸にし全身を綺麗にした。そして、クックは慣れた手つきで血圧を測り報告する。血圧計はジャポニの手作りである――。
「レンカさん、洗浄と消毒終わった?」
「はい! 終わりました」
「次は輸血だ。その血液製剤を使って――」
「これって、血液型は……」
「それは僕の血液から作ったものだ。O型だから問題ないよ」
「わかりました」
その会話を聞き、不思議そうにするクック。
「あの……『レンカさん』でしたっけ。O型だから問題ないってどういう意味です?」
「O型はどの血液型にも輸血できるので問題ないという意味です。今は時間が無いので、また後で説明しますね。クックさん」
「はい。O型の意味はよくわかりませんが、あなたもイシャだということはわかりました」
すると、ジャポニは二人に手術内容の説明を始めた。
「それじゃあ、準備はいいかな。患者の状態は右肩から左脇にかけての創傷だ。内臓まで達してないけど、出血除去と損傷部の確認と治療のため今から切開を始める。切開後、中を洗浄して骨折部と破損した器官をすべてヒールで復元した後で、最後に傷口閉じてヒールで戻す。その間、クックは血圧注意、レンカさんは助手を。それでは、えっとぉ……メスは……」
「こちらです、先生。それで、麻酔はどうされますか?」
「無しでいこう。途中で意識が戻ったならモルヒネを打つ」
「はい。準備しておきます」
その後、あっという間に切開し傷口を確認するジャポニ。
「かなりの出血だな。一つずつ順番に落ち着いて、手早く行こう」
「はい、先生。コッヘル鉗子はこれですね」
慣れた手つきで器材を渡すレンカ。その後も、二人は息の合ったコンビネーションで手術を進める。
また、転生前のブランクはあったものの、天才外科医の腕前もいまだ健在であった――。
「よし、終わったな。でも、大丈夫かな。他になにか気になることとか無いかな……」
「ふふふ。先生のそのセリフ聞くの、久しぶりですね。私、ちょっと気になるところがあるので少しお待ちください」
すると驚くことに、レンカは魔法の詠唱を始めるのだった。
――我は請願する。
闇の中の光、その光の中、光塊が導くその先。
不変のことわりがその力を証明し、そのすべてを開き解き放つ。
その力、我がレンカ・クリスの名において執行する。
エクスレイ・スクリーン――。
突如光魔法を使ったレンカを見て驚く二人。そしてクックが彼女に確認する。
「あ、あなたも賢者?!」
「はい? 私はケンジャじゃなく、レンカですよ」
「そうじゃなくって、その光魔法が使える人のことです。ジャポニさんも同じ魔法が使えるから、巷では賢者様と呼ぶ人もいます」
「先生とお揃いですかぁ! 私は旅の途中で転んで骨折したときにこの魔法が使えるのがわかりまして……。ゲロ吐くほど痛かったので、必死でなんかいろいろしてたら使えるようになって――あ、王女様、右上腕骨も骨折していますね。こちらは私が治しておきます」
そしてすべての治療が完了し、王女の命は無事救われたのであった――。
「よし、これで完了だ。クック、それにレンカさんもお疲れ様」
「ジャポニさんも、お疲れ様でしたぁ。血圧も正常ですし問題なさそうですね」
「うん。もう他に気になることとか無い……よね」
すると、レンカが一つの疑問を口にする。
「いや、ありますよ……。めっちゃ気になることが。これって私だけなんでしょうか」
「そうだよねぇ。やっぱり、気になるよねぇ」
「ですよねぇ?!」
「なぁ、クック。あらためて確認するけど、この患者は本当にカトレア殿下なんだよね?」
「え、ええ。そのはずです。騎士さんが王女様だと言ってましたから」
「お顔も間違いないのかな?」
「いえ、お顔は私もよく知らないので……」
「いや、お顔以前の問題か」
「そうでしょうか」
「そうだよ。だって、ツノ生えてるし」
なんと、その少女の頭には立派なツノが二本生えていたのだ。
当然それはクックも気がついていたようで、ばつが悪そうに目を反らしながら答える。
「……生えてますね」
「生えてるね。それも二本も」
「二本生えてますね」
「牙もあるよね」
「噛まれたら痛そうですね」
すると、もう我慢できないという様子で突っ込みをいれるレンカ。
「お二人とも、なんでそんなに冷静なんですか……。この人、絶対王女じゃないですよ! 魔族でしょう?!」
そのとき――ベッドで寝ていた少女が突然上半身を起こし、言葉を発した。
「失礼なやつらじゃな。我は間違いなく王女じゃよ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
大声を叫び飛び上がるジャポニたち。
同時にその声を聞きつけた、将軍やケンセイたちが部屋に飛び込んでくる。
そして心配するロイド将軍に、恐る恐る確認するジャポニ。
「あの……。大変失礼なのですが、この方は本当にカトレア殿下なのでしょうか……」
「なに? 殿下だと? いや、そうではなくて――」
するとジャポニのその問いに、その少女本人から予想だにしない答えが返ってくる。
「我はサルミド王国が第一王女、モンチ・ガブリエラじゃ!」
その名前にピンときていないジャポニ。
「……サルミド王国って?」
しかし、少女の言葉を聞いたクックは青ざめた顔で将軍の後ろに隠れている。
「あれ? クックは知ってるの?」
「し、知ってるもなにも、サルミド王国は魔族が治める唯一の国です!」
「え? ってことは、この子は……」
「そうです! 魔王の娘です!」
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