第8話 ヤバい種をまいてしまった!

 全力で叫んだ後、私は手で口を押さえた。


 前世でいろいろあったとはいえ、今は自国の第三王子。不敬罪で訴えられたら私の首が飛ぶどころか、伯爵家まで潰される。いや、辺境伯だから、簡単には潰されないだろうけど、処罰はあるだろう。


(け、けど、前世で自分を殺した相手を婚約者にって考えられないでしょ!? それ以前に、身分的に無理だし!)


 わたわたする私にリロイが不敵な笑みを浮かべた。


「良い条件だと思いますよ。こう見えて私は強いですし。力は前世むかしと比べても落ちておりませんから。あと家柄は問題ありません」


(前世と同じ力って強すぎでしょ!? それに、家柄は問題なさすぎて、逆に問題なのよ!)


 返事に困る私にリロイがズイッと体を寄せる。


「これで問題の一つは解決しますよ?」

「だから、解決しないって! 伯爵家に王子が婿入りするって前代未聞すぎるわ!」

「そこはご心配なく。私が最初になるだけですから」

「心配しかありませんが!?」


 リロイが満面の笑みで説得を続ける。


「私の婿入りより、ローレンス領の物流問題を解決するほうが大変ですよ? そちらの問題解決に集中するためにも、先に婚約者を決めておいた方が良いと思います」


 このまま押し切ろうとするリロイ。


(私の婚約者になろう、なんて何が目的なの!? まったく分からないわ)


 私は頭を抱えながら手でリロイを制した。


「ちょっと待って。これは、とても重要なことだから、もう少し慎重に……」

「ですが、時間は有限です。いつまでも王都に居られるわけではないですよね?」

「そう、だけど……」


 渋る私にリロイが全身で圧してくる。


「どこの馬の骨とも知れず、実力も不確かな者の中から闇雲に婚約者を探すより、私の方が良いと思いません?」


 いつの間にか話の主導権はリロイに。

 私はこの状況を変えるため、ヤケ気味に叫んだ。


「それなら、ローレンス領の物流問題を解決した人を婚約者にするわ! 物流問題を解決するだけ知識、技量があるのだから、ローレンス領を統治する補助もできる! そうすれば、すべて解決よ!」


 リロイがキョトンとした顔になる。ちょっと間抜けな表情。前世でも見たことなかったかも。


「それだと、力は? 武力が足りないかもしれませんよ?」

「ローレンス家に婿入りという条件を出せば名乗りをあげるのは、おのずと騎士とかの実力者になるわ。力がない者が名乗りをあげるとは思えないもの。それに力が足りないのであければ婚約してから叩き込むから」


 名案とばかりに胸を張った私に対して、リロイが視線を下にずらして考える。それから、すぐに顔をあげて頷いた。


「なかなか良い考えです。二つの問題を一度に解決する。合理的で手早い」

「そういうこと。じゃあ、これでこの話は終わりね」


 私はそそくさと立ち上がり帰る準備をする。てっきり止められるかと思ったらリロイは笑顔のまま。


「今日はありがとうございました」


 ゆったりと椅子から立ち上がり、見送る姿勢に。

 琥珀の瞳が私の背後で空気となっていたテオスに移った。


「ここで失礼しても大丈夫でしょうか?」

「はい」


 テオスが慇懃に頭をさげる。屋敷まで付いてくるかも、と警戒していた私は拍子抜けして返事が少し遅れた。


「そ、そう。じゃあ、私は帰るわ。ごちそうさま」

「またケーキが食べたくなりましたら、いつでも声をかけてください」


 リロイには会いたくないけど、ケーキは食べたい。むしろ、毎日食べたい。


(一人でこっそり通おうかしら)


 本気で悩みかかけている私の前でリロイが呼び鈴を鳴らした。

 軽い音とともに店員が現れ、私とテオスを出口へと案内する。外に出たところで店員がテオスに箱を差し出した。


「当店のケーキが入っております。本日中にお召し上がりください」

「ありがとうございます」


 素直に受け取るテオス。

 店員が少しだけ困惑した表情になる。


「普段、ケーキの持ち帰りはしておりませんが、リロイ様がどうしても、と言われまして。あの方がここまで強く言われるのは、とても珍しいですから」


(いつの間に……こういう手際がいいところは前世と同じね)


 私は微笑んで礼を言った。


「ありがとうございます。また来させていただきます」

「はい。ここは王家御用達のカフェですので。ぜひ、またリロイ様とご一緒に来店してください」


 そう言って頭をさげた店員の言葉を裏を読む。


(王家御用達というより王家専用カフェだから、リロイや王族の人と一緒じゃないと利用できないってこと)


 脳裏に蘇る燃えるような赤い髪。風に遊ばれて揺れる前髪の下には、私をまっすぐ見つめる琥珀の瞳。

 眉目秀麗な顔立ちで微笑みかけるその顔は……嫌でも前世を思い出す。


 そして、最期の時も……


 いろいろなものを天秤にかけながら、私は曖昧に返事をして店を後にした。



 ――――――それから数日後。私は、この時のことを盛大に後悔することになる。



 王都での流行りの情報を仕入れ、ローレンス領の特産品にどう取り入れるか。そんなことを考えながら、物流問題の解決策も模索していた私に耳を疑う情報が入った。


『ローレンス領の物流問題を解決した者には、ローレンス伯爵令嬢の婚約者となり相応の報酬を与える』


 このお触れが書かれた紙を読んだ瞬間、破かなかった私を褒めてほしい。

 私のやりきれない感情が自室を震わす。


「どうして、そうなってるのよぉぉぉぉお!?」


 報告に来たテオスが平然と突っ込む。


「この前のカフェでの話が原因かと。自業自得ですね」

「だからって、何で大体的に宣伝されているの!? しかも、王の承認印があるじゃない!? つまり、国が認めてるってことでしょ!? このことが、お父様に知られたら……」


 テオスが神妙に頷く。


「なぜ、こんな面白そうなことを勝手にやっているんだ!? と怒られるでしょう」


 私は頭を抱えた。

 鍛えられた筋肉を振りかざしながら、子どものように頬を膨らまして怒りを表す父。領主としての威厳など、どこにもない。そんな光景が容易に想像できる。


「そうなのよ……ズレたところで怒るのよ。面倒くさい」

あるじのことですから、婚約者の最終試験は自分と手合わせをして勝った者でないと認めないと言いそうですし」

「そこよね」


 ローレンス領の上に立つ者として、それ相応の実力は必須。だから、貴族出身の騎士が良かったんだけど。


「とにかく、当事者である私を抜きに話が広がっているのが問題なのよ! 確認してちょうだい!」

「すでに手配しております。というか先程、返事が届きました」

「早すぎない?」


 テオスが一通の封筒を差し出す。宛先は私の名前。差出人の名はない。裏返せば王家の封蝋。

 私はペーパーナイフを出して封等を開けた。淡いクリーム色の紙に達筆な文字。そこに書かれていた内容は……


「……なんでこうなるのよ」


 手紙とともに床に沈む。


「服が汚れますので、崩れるなら机に伏してください」

「容赦なくない!?」

「ご自分で撒かれた種ですし」


 それを言われたら何も言えない。


 私は机に便箋を叩きつけた。


「すぐに王城へ行くわよ。クロエ、ドレスを準備して」


 机の上で手紙が風に揺れる。そこには『城にて直接、話がしたい』という王直々サイン付き文章があった。



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前世で私を殺した騎士が、話を聞いてくれと迫ってきます〜辺境伯令嬢に転生した魔女は元騎士の執着から逃れたい〜 @zen00

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