天使になりたい

口羽龍

天使になりたい

 大橋夫妻は葬儀場にいた。今さっき送り出したのは、夫妻の次女、幹奈(かんな)の遺体だ。幹奈はおととい、12年の短い生涯を閉じた。脳腫瘍だった。


 幹奈はごく普通に生まれて、普通に育った。そんな幹奈を、大橋夫妻は姉の明菜(あきな)や兄の明之(あきゆき)同様かわいがった。週末にはいろんな所に行き、両親との時間を大切にした。まさに、5人の日々は順風満帆だった。


 だが、幹奈は10歳になって間もなく、体の不調を訴え始める。物が二重に見え、頭が痛い、めまいがする。そんな症状が何日も続く。明らかにおかしい。そう思った両親は、幹奈を病院に連れて行き、診察してもらった。その結果、脳腫瘍だった。腫瘍は取り出せない位置にあり、余命は1年だと思われた。


 だが、幹奈は1年以上生きた。一時は回復し、みんなと一緒に学校に行くようになった。そして、運動会をみんなと楽しんだ。だが、半年前から徐々に体が弱っていき、ある日、突然倒れてしまった。脳腫瘍が悪化したのだ。誰もが絶望し、もう助からないと思った。それでも必死に着ようとする幹奈に、多くの人々が励まされたという。


「終わったわね」

「うん」


 母の理子(りこ)は信じられない表情だ。あれだけ一生懸命生きていたのに、幹奈は何も悪くないのに、どうしてこんなに若くして、私たちを残して先立たなければならないんだろう。


「どうしてこんな運命になったんだろう」


 理子は泣き崩れた。夫の利幸(としゆき)は理子の頭をなでる。だが、理子は泣き止まない。どうしよう。利幸は戸惑っている。


「うん。だけど、それが幹奈の人生だったんだ。受け止めよう・・・」


 利幸は理子を励ました。だが、理子は泣き止まない。


「でも・・・」


 利幸は理子の肩を叩いた。早く立ち直ってほしい。そして、幹奈の分も生きてほしい。


「受け入れようよ。それも人生なんだ」

「うーん・・・」


 なかなか立ち直らない。だが、次第に受け入れるだろう。


「次第に受け入れてくるさ」


 誰もいなくなった。そろそろ自分たちも家に帰ろう。


「帰ろう」

「うん」


 2人は家に帰る事にした。すでに車の中には、明菜と明之がいる。だいぶ前から2人が来るのを待っている。早く行かないと。


 2人は車に乗った。4人は車で葬儀場を後にした。だが、4人は物足りなさを感じていた。そこにいるはずの幹奈がいない。それだけでとても寂しい。どうしたらいいんだろう。答えが見つからない。


 2人は3人の子供がいた小学校の前を通り過ぎる。明菜と明之は卒業できた。だが、幹奈は卒業できなかった。10歳からあんまり小学校に行けていない。今日も小学校には子供たちが登校している。幹奈のいるクラスは今日は小学校を休んで、葬儀に来ていたという。だが、それ以外の子供たちは普通に登校して、授業を受けている。小学校にいる子供たちを見て、4人は思った。幹奈はもっと小学校に行きたかったんだろうな。みんなと遊び、授業を受けたかったんだろうな。


 葬儀場から20分ぐらい、4人は家に帰ってきた。大きな家なのに、4人しかいない。5人ならそう思わないのに。


「帰ってきた」


 4人は帰ってきた。だが、そこに幹奈はいない。幹奈は遠い空に行ってしまった。


「もういないんだよな」


 理子は辺りを見渡した。この家にいるはずの幹奈はもういない。そう思うと、喪失感を感じる。子供が1人死ぬだけで、こんなに喪失感を感じるんだろうか?


「ああ」


 利幸も辺りを見渡した。幹奈の事が忘れられないのだ。あんなに愛情を注いで育てたのに、こんな理由で若くして死ぬとは。もっと生きたかったんだろうな。


「またここに帰りたいと思っていたのに、もう帰らなかった」


 幹奈はつくづく思っていた。またここに帰りたい。そして、みんなと一緒に授業を受けたい。家族で一緒に東京ディズニーリゾートに行きたい。だが、それらはみんな夢のままに終わってしまった。


「寂しいよね」

「うん」


 と、理子は思った。理子の部屋に入ってみよう。そして、理子の残り香を感じよう。


「ちょっと2階の幹奈の部屋にいるわ」

「わかった」


 理子は2階に向かった。4人は理子の後ろ姿を見ている。


 理子は2階にある幹奈の部屋にやって来た。部屋の中には、サンリオのポスターがたくさんある。幹奈はサンリオのキャラクターが好きで、よく集めていた。サンリオのキャラクターのイベントに行きたいとも言っていたが、それもかなわなかった。


「ここにいたのね」


 理子は辺りを見渡した。だが、理子はいない。普通に生きていたのに、10歳で変わってしまった。脳腫瘍なんてなければ、普通の生活を送っていたのに。あまりにもかわいそうすぎるよ。


「もう帰ってこない・・・」


 と、理子は幹奈の机に置いてある紙切れに気が付いた。どうしてそんなのが置いてあるんだろうか? まさか、生前に幹奈が残していったものだろうか?


「あれっ、これは?」


 よく見ると、何かが書いてある。まるで手紙のようだ。まさか、両親に向けた手紙だろうか? 1週間前に幹奈が一時帰宅した時にはなかった。まさか、その時に置いたんだろうか?


「手紙?」


 理子は手に取った。中身には何と書いてあるんだろう。とても気になる。


「何だろう」


 理子は開け、読んだ。



 お父さん、お母さん、先に旅立ってごめんね。

 私、もっと生きたかった、そして、家族と暮らしたかった。

 そして、また学校に行き、一緒に卒業式を迎えたかった。

 こんな結果になって、ごめんね。

 私、もし生まれ変わったら、天使になって家族に会いたいな。

 家族の未来を見守り、いつか巡り合いたいな。



 理子は感動していた。こんな手紙を最後に残していたとは。幹奈は家族思いの、優しい子だった。そんな性格がよく表れている。


「天使になりたい、か・・・」


 と、理子は机の上に何かがあるのに気が付いた。今さっきはそこになかったのに。


「あれっ、これは?」


 よく見ると、それは白い羽だ。まさか、天使の羽だろうか? でも、どうしてここに。


「今さっきなかったのに・・・」


 突然、理子は今さっきの手紙の内容を思い出した。まさか、天使になってここに来たんだろうか? 今でもここにいるんだろうか?


「まさか・・・」


 理子は辺りを見渡した。だが、そこに天使はいない。だけど、いつか会えるだろう。だって、幹奈は家族思いの、優しい子なのだから。

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