血みどろの城

早緑いろは

血みどろの城


 この城には、とある噂がある。恐ろしく、血みどろな噂が。


 「最近、クララの姿を見ないわね。どうしちゃったの?」


 無邪気に同僚に話しかけられ、わたしはどう答えたものか迷った。わたしは知っている。彼女がどこに行ったのか。――――――二度と姿を現さないことも。けれどもそれは言えない。言えば二の舞だ。だからさあ、風邪でも引いたんじゃない、とだけ言っておいた。


 「そうか。でも、クララだけじゃないわ。ジャネットも、バルバラさんも最近姿が見えない」


 この子は本当は知っているんじゃないか、とわたしは内心思った。名前が出た二人も、クララと同じ目にあった。わたしは何も言えなかった。黙った私を不審に思うことなく、目の前の相手・リーヤは早く掃除を済ませておやつをもらいましょう、と笑った。


 起きなければいい。できればリーヤに「お呼ばれ」される日が来なければいい。


 わたしはぎゅっと、エプロンのすそを握った。




 この城は、伯爵未亡人のものだ。彼女は夫の死後、遺産相続でこの城の主になった。御年五十近いはずだが、見た目だけなら三十代、下手をすれば二十代半ばくらいの若々しさを誇っている。


 その理由は、様々言われている。例えば、悪魔と契約した。例えば、不老不死の薬を得た。例えば、魔法使いだから。


 全部、違う。しいて言うなら、二つ目が近いか。


 彼女は、若い娘を領地から集めて、その血を浴びて若さを保っている。ばかばかしいかもしれない。けれども少なくとも、若い娘の血を集めているのは事実だ。


 奉公に言って戻ってこない娘が増えたから、わたしは調査のために潜り込むことを命じられた。住んでいた村の娘も戻ってきていない。だから、身寄りのないわたしが選ばれた。万が一ばれても、騒ぐ身内がいないから。


 げんなりしたけど、奉公の仕事はそれなりに楽しかった。……仲間が少しずつ、減っていくことと、それに比例して、新しい娘がやってくる違和感に目をつむれば。


 わたしは見た。見てしまった。クララの無残な姿を。庭に埋められていく、変わり果てたその姿を。


 失敗すればこうなるのか、と思えば骨が震えた。けれど逃げたところで居場所なんかない。せめて、証拠をもって逃げ出さなきゃ。さすがにクララの遺体のどこかを、というのは何となくためらわれたけど。


 待っていたら、チャンスは来る、必ず。ぎゅっと、母の形見の十字架を握り締め、わたしは悪魔の所業を白日にするのだと誓った。


 ある日、さすがに異様さに気付いたらしく王国の調査隊が入るかもしれない、といううわさが出た。わたしが動くまでもないかもしれない。そう安堵したのもつかの間だった。「お呼ばれ」に、わたしもリーヤも揃って呼ばれた。


 何も知らないリーヤは、何か粗相したかな、と怯えている。わたしはついに来た、と思いつつ、脚が震えた。逃げ出せなければ、わたしはクララみたいになる。けれども今ここで逃げたって、リーヤは。


 わたしは身体を震わせながら、地下室にリーヤと二人そろって向かった。そこには夫人と、従者が二人。そして地下室の中央に、異様な雰囲気の器具がある。よく見れば、周りにノコギリやナイフ、剣などがずらっと並んでいる。刃が無数敷き詰められた小箱が見えた時、悲鳴が出そうになった。


 「ふふふ……」


 夫人は笑っている。その笑みは、人によっては妖艶と思うかもしれない。けれどわたしには不気味としか思えなかった。逃げてしまいたい。逃げなきゃ、殺されてしまう。


 「きゃ◎△$♪×¥●&%#?!」


 陽との声と思えぬ叫び声が聞こえた。どこから聞こえた。――――――あの中央に置いてある器具だ。リーヤは完全に腰を抜かしている。それは、マリア様の姿をした、鉄像だった。けれど、鉄は錆び、まるでマリア様の目から涙があふれたようになっている。


 その器具は中央に管があり、その管は脇にあるバスタブに繋がっている。そして、その管から、赤い液体が流れ出た。


 リーヤは完全に腰を抜かしてしまった。わたしも足が動かない。従者が私たちに迫った。リーヤの腕をつかんで、無理矢理盾せて、中央に連れて行った。待って、その子はやめて。やるならわたしにして。


 叫びたかった。しかしわたしは腹部にいやな痛みを覚え、うまくたらりが動かない。たらり、と何かが足を伝った。


 「駄目です、二人とも女の日です」


 「残念ね、他のを連れてきて」


 そう言って、夫人はマリア像についている扉を開けた。中から、無数の穴が身体に空いた女の死体が崩れるように倒れ出た。それをみて、わたしの意識は完全に暗転した。


 意識を取り戻したとき、まず初めに思ったことはリーヤは無事だろうか、ということだった。そして周りを見渡し、眠るリーヤの姿を見つけて安堵した。


 女の日の時は、殺されない。けれど、逆にいえばそれが終われば、また――――――。


 逃げなきゃ。どうやって。リーヤを置いて?何処に行くの?


 ぐるぐると頭を巡らせる。そっと、手が握られた。リーヤの手だった。


 「大丈夫、二人で逃げましょう。ローザ」


 その手は知っているリーヤの手の、何倍も心強かった。大丈夫、大丈夫――――――。不思議と、そう思えた。


 この部屋から漂う異臭のことも、転がる無残な姿の死体のことにも、目をつぶりながら。


 一六一〇年十二月、城から逃げた娘からの告発を受け、バートリ伯爵が所有していたチェイテ城にハンガリー王国の調査隊が入った。その調査の結果、城の主であるバートリ・エルジェーベトが場内で残虐行為を行っていたことが判明した。


 裁判の結果、エルジェーベト自身は死刑とならなかったものの、城の障害幽閉となった。また、屋上には本来死刑になるべきであることを示すために、絞首台が置かれた。


 エルジェーベトは扉も窓もすべて厳重に塗り塞がれた暗黒の寝室の中で、3年半に渡って生き続けた。

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