異世界ギャング物語

ハンバーグ公デミグラスⅢ世

第1話 起点

きしきしと緩やかな馬車の音が私の耳を叩く。

冷たい雨粒と一緒にそれは不愉快な感触を俺の肌にしみこませた。


「あぁ、やっと目を覚ましたのね!」という少し甲高い声が耳をつんざく。

俺は薄くなった視界を細めて段々と周りの色を掴んだ。

俺は今、どうやら馬車に乗っているらしい。

この薄汚れて、ところどころささくれている箱型の荷車には俺とは別に4人ほどの乗客が居た。

「あぁ、気が付いたんですね。よかった」

と隣に座る少女が俺に笑いかけた。


先ほどの声の主はどうやら彼女らしい。

「貴方も転生してきたのでしょう?」

とその少女は優し気な口調で尋ねる。

しかし俺はその”転生”という言葉が上手く呑み込めなかった。


「あぁ、転生というのはね・・・」と彼女が説明を始める。


曰く、転生とは昨今流行りの、(といっても食傷気味だが)”異世界転生”の事らしい。


ありがちな事なので駆け足で紹介するが、

彼女は普通に暮らしていた日本の女性で、日常に嫌気がさしていたある日。突然事故でこちらの世界に飛ばされたんだと。


彼女の説明を聞いてもまだ納得がいかず俺は口をへの字に曲げていた。

だが他の乗客はそれを聞いてうんうんと頷いているんだから不気味なものだ。


しかしその少女の陽気さというのには勇気づけられた。

「転生はね、人生の転機なのよ」

と彼女は言う。


「しかし、こんな見ず知らずの世界でどうやって暮らしていくんだ」


曰く、特別な力が与えられたりはたまた現代の知識で無双したり。

安っぽい幸せだが彼女は本気でそれを信じている。

そしてその魅力的な笑顔に当てられて俺もそのような希望をほんのり抱いてしまった。


事実、彼女はこちらの世界に来てから右手に好きなタイミングで電気のようなものを纏わせることができるようになったという。

これがいわゆる”スキル”とやらなんだろうか。


「だが、この馬車はなんなんだ?」と俺は聞く。


「あぁ、それはね。転生して途方に暮れていた私たちをその御者さんが助けてくれたの。街まで送ってくれるそうよ」

と能天気に彼女は言う。


だが馬車を引く牧歌的な農家は見るからに人がよさそうだ。

俺は周りの言う事を信じて、また馬車の背中にもたれた。


しばらく未舗装の道路を行くと馬車は路地を曲がって

やや日が陰った廃工場へ入った。


俺は少し不審に感じてあたりを見回した。

「どうしたんですか・・?ここはまだ都市では・・」

と乗客の一人が御者の農夫に尋ねる。


農夫はゆっくりと振り返りその大きな口髭を歪ませ笑った。

「いいや、此処が目的地で間違いない」

そう吐き捨てると彼は腰のガンホルスターからリボルバー拳銃らしきものを引き抜いてこちらへ向けた。


俺は顔面が真っ青になった。

馬車の外側に顔を向けると4人ほどの男たちがレバーアクションライフルを携えて現れた。


彼らはその銃口を我々に向けるとニタニタと笑いながら

「全く危機感に欠けた連中だ」と罵倒した。


つまりは彼らは盗賊で、我々は体よく騙されてしまったのだ。


俺は恐怖で固まってしまった。

逃げもできないし、反撃もできない。

俺は馬車の中でうずくまるしかなかった。


「ねぇ」

「聞いて」

俺がそうやって絶望していると横に座っていた少女が小声で耳打ちしてきた。


「私のこの”能力”であいつらを倒す。だから、貴方はその間に逃げて」

俺は顔をしかめてもう一度聞き返した。

「なんだって?」


「だから、私があいつらを時間稼ぎするから・・その間に」


「無理だ。あいつらは銃を持ってるんだぞ?そんな静電気みたいな力じゃ力不足だ」


「でも、このまま大人しく捕まるわけにはいかないでしょ!」

そう言う彼女の声は震えていた。


俺は一瞬目を閉じると覚悟を決めて「わかった。だが。君だけじゃ無理だ。俺もあいつらと戦う」

「死ぬのはだめだ。一緒に君も逃げるんだ」と答えた。

彼女はそれを聞いて少し笑顔になった。


「この力は、神様が下さったもののはずよ・・偶然なんかじゃない。だからこんな危機だって乗り越えられるはずなのよ」

少女はぶつぶつと自分に言い聞かせるように唱えた。



「よぉし!全員手を上にあげて馬車から降りろ。手に縄をかけるから跪け」

盗賊の一人が叫びながら言う。


我々は泥でぬかるんだ地面に膝をついて彼らの前に首を垂れた。

盗賊の長らしい農夫はところどころ傷がついたリボルバーピストルをだらしなく右手にぶら下げながら我々の顔を見て回った。


「今回の転生者は・・・男が3人に、女が2人か。年増の方はダメそうだが、若い女の方は娼館に売り飛ばせば、良い値が付きそうだな。若いのは・・・こいつとこいつだけか。他の男は殺しちまおうか」

彼は我々の顔を覗き込んでそう言うと、最後に少女の頬を掴んだ。

「その目つき気に入らねぇな、売り飛ばす前に矯正してやろう」

農夫は欠けた歯でそう言うと左手を彼女の喉に掛けようとした。

その瞬間彼女は右手に電気を帯びさせて農夫の左手を掴んだ。

「ぐぁお!」と農夫は静電気に触れた時の様に手を驚かせた。

監視していた盗賊たちは一斉に彼女の方を向いた。

そして俺はその隙に立ち上がると、気を抜いていた目の前の盗賊へ向けてタックルした。


「逃げろォ!!」

俺は敵と揉みあいになりながら他の乗客に促す。


それを聞いた他の3人は立ち上がって林の方へ向けて逃げ出した。


俺は必死に盗賊に攻撃した。何とか銃を奪えないかと格闘したが、何も格闘技経験のない俺にはやはり厳しい。

だがしかし時間稼ぎぐらいはできる。あとは彼女の能力に助けてもらえば・・・


その瞬間バンッという固い音が響く。

思わず俺は音のした方を振り返った。


農夫の持つピストルからは白い発砲煙が立ち込めていた。

そして少女は腹を抑えながら力なく地面に倒れこんだ。


俺は銃床で頭を殴られ、地面に叩きつけられる。

盗賊はそのまま俺の頭の上に足を乗せる。


そしてそれに続けざま、数発の銃声が鳴り響く。


「あほ、傷つけてどうする」

と農夫が言う。

「逃げられるくらいならぶっ殺しちまえばいいじゃないすか」


逃げ出した他の乗員たちも今の射撃で殺されたようだ。

俺は音にならないような声でむせび泣いた。


「こいつはどうしますか?」

俺を押さえつける盗賊はライフルの銃口を額に付きつけながら言う。


農夫は冷たい視線で俺を睨みながら

「鼻と爪を削いで苦役奴隷として売りはらおう」と言った。


俺は血を流しながら静かに泥水に顔を浸していた。

もはや助からない。俺はきっと奴隷として売り飛ばされるのだろう。

異世界に来たとしても結局はこんな事だ。

こうして弱者の俺は、武器という最もわかりやすい力を持った相手に踏みつけられている。


いや、誰かに運命を預けてばかりいた私の付けがここでも回って来ただけなのかもしれない。


農夫が俺に近づく。

「・・・鼻と爪のどちらがいい?」

彼は怒り心頭と言った感じで告げる。


だがそれに俺が答える前に会話はまた別の人間によって遮られた。

「失礼だが、アンタらが踏みつけているのは転生者か?」


盗賊たちは思わずそちらの方を一斉に向く。

そこには黒い丈長のジャケットを羽織った一人の男が立っていた。

中折れ帽をかぶった彼は鋭い眼光で盗賊たちを見つめている。


だが農夫もその質問に退かない。

「だとしたら?」と彼は中折れ帽の男に煽り返す。

「悪いことは言わない。今すぐ去れ。あんたがどこの誰だか知らんが、こいつらは俺らの獲物だ。

それを横取りしようというのはマフィアだろうがギャングだろうと許さねぇ。だから・・」

だが農夫が言葉を言い終える前に中折れ帽の男は

「そうか。なら、交渉の余地はないな」と吐き捨てると素早くリバルバーを引き抜いて5発発砲した。


まともに構えることをしていなかった盗賊たちはその弾丸に貫かれて地面に倒れ伏した。

農夫の男も喉を弾丸で貫かれて声も出せずに死んだ。


中折れ帽の男は空薬きょうを捨て、再び弾を込めるとガンホルダーに銃をしまった。


そしてそのまま俺の方に近づくと「君、気分はどうだね」と呑気に質問してきた。

俺はその男に対する不信感と、今まで起った惨劇に頭が混乱していた。

そのため、言葉を飾り立てることもせずありのまま「最悪だね」と答えた。


「生き残りは君だけか」

と彼は手を差し伸べながら言う。


「いえ、まだ他にもいるはずですが・・・」


「死んでるよ」

「ああ、いやそこの少女はまだ虫の息で生きているがね」

そう言って彼は倒れた少女を指さした。

俺はそれを見てすぐさま駆け寄った。


彼女は背後から胸を貫かれており、すでに呼吸をするのも辛そうだった。

俺が少女の首元まで近づくと彼女は手を挙げた。

俺はそれをおそるおそる握った。


「あ、あなたは・・・無事だったの・・ね」


「あぁ、あんたのおかげだ。あんたが、勇気を出してくれたから・・」


それを聞くと少女は首を小さく揺らした。

「いいえ、違うの。あれは勇気なんかじゃない・・・」

「私・・・人生に後悔してたって・・・言ってたでしょ?」

「過去の自分と・・・・決別したくて・・・」

「自分の力で何か・・・未来を切り開きたくて・・・」


「わかった。もうしゃべるな・・・医者に診てもらおう」


「・・・でも結局、私が頼ったのは神様と能力だった・・」

「・・最後の、最後まで・・・他力本願で・・・」

彼女はそう言うとひどくせき込んだ。

気道に血が入ってむせ返っている。このままでは危ない。


「・・・貴方は・・・名前はなんて言うの・・・」


「俺はタクマだ。野上琢磨」


「タ‥クマ・・いい名前ね・・・私もあなたみたいに・・・もっと自分の力で・・未来を・・」

彼女はそう言うとゆっくりと瞼を閉じ、そのまま息を引き取った。

俺は救ってくれた彼女の名前すら聞けなかった。


「済んだか?」と中折れ帽の男は冷淡に俺に尋ねる。

「俺は、ジョン・”ヘミングウェイ”・ローレンス。ある組織の用心棒だ」


「ここでこいつらと同じように眠るか、俺についてくるか。選べ」

彼はそう言って俺を凝視した。


俺は振り返り男の顔を睨んだ。

ーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界ギャング物語 ハンバーグ公デミグラスⅢ世 @duke0hamburg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画