第5話 第一層2

 エリオットは必死にゴーレムの動きを観察し、その巨大な体の隙間を縫うようにして逃げ回っていた。アメリアから授けられた動体視力の強化のおかげで、ゴーレムの鈍重な動きがはっきりと見えている。しかし、巨大な岩の化け物にどう立ち向かうか、彼には決定打がなかった。


「どうする……どうすれば……」


 ゴーレムの腕が再び地面に振り下ろされ、その衝撃で床がひび割れ、破片が飛び散る。エリオットは体を反射的に動かしながら、かろうじて攻撃を避け続けた。だが、逃げ続けるだけで体力はどんどん奪われていく。


 一分が過ぎた。


 腕を持ち上げる度にゴーレムの関節から微かに岩のかけらが落ちるのを目にしたが、そんな些細な変化がエリオットの希望を生むことはなかった。エリオットは自分の限界が近づいていることを痛感し始めていた。


 「頼む……止まってくれ……!」


 叫んでも、ゴーレムにはエリオットの声など届かない。無機質な瞳が彼を見据え、再び巨大な拳が振り下ろされる。エリオットはギリギリのところでその一撃をかわし、足元が崩れるような錯覚に襲われながらもなんとか耐えていた。


 二分が過ぎた。


 「あと少し……頼むから……」


 エリオットは疲労で倒れ込みそうになる体をなんとか支え、ゴーレムの攻撃をかわし続けた。体中が痛み、全身が鉛のように重く感じられる。意識が霞むような感覚が何度も襲ってきたが、それでも立ち止まるわけにはいかなかった。


 もう何度目か分からないほどの攻撃をかわした時、ゴーレムの腕が再び振り下ろされ、床に激突した。その衝撃でゴーレムの腕に大きな亀裂が入る。


 「……!?」


 その瞬間、エリオットはかすかに希望を見出した。ゴーレムの体がこれ以上の力に耐えられなくなっている──それが彼の目にはっきりと見えたのだ。


 エリオットは力を振り絞り、最後の気力で攻撃をかわし続けた。そして、ついにゴーレムの体が自壊を始める。大きな亀裂が体全体に走り、次の瞬間には崩れ落ちていった。


 エリオットはその場に崩れ込むように倒れ込み、荒い息をつきながら天井を見上げた。全身が痛み、体力も気力もほとんど残っていない。だが、彼は生き残ったのだ。


 その時、再びあの甘い声が聞こえた。


 「ふふ、よくやったわね」


 疲れ果てたエリオットが顔を上げると、そこには再び彼を見つめる謎めいた女性の姿があった。


 「……あなたは、一体……」


 エリオットが息を整えながら問いかけると、彼女は優雅に微笑みながら彼に近づき、言った。「私?私は……アメリアよ。あなたにとっては、この迷宮での“案内人”のような存在かしらね」


 「アメリア……案内人……」


 エリオットは名前を繰り返し、朦朧とする意識の中で彼女にさらに問いかけた。


「どうして僕はここにいるんですか?どうしてこんなことをしなきゃいけないんですか?一体、なんで僕なんですか?」


 アメリアはその問いに対して、少しだけ考えるように視線を上げたが、すぐにまた微笑んで答えた。


 「知りたいのは当然よ。でも、役目を持つ者には、知らないほうがいいこともあるの」


 「役目って……」


 アメリアはくすくすと笑いながら、「私はあなたがこの迷宮を無事に進むための準備を整えるだけよ」と答えた。


 「それでも、どうして僕なんだよ!他にもいるだろ、こんなことできる人が……」


 なおも問い詰めるエリオットに、アメリアは肩をすくめた。「あなたには、迷宮の中で見つけるべき答えがある。それが何なのか、あなたの役目が何なのかは、あなたが進む中で少しずつ分かっていくわ」


 彼女のはぐらかしにエリオットは苛立ちを覚えたが、同時に彼女の持つ不思議な雰囲気と謎めいた笑顔に、どうしようもない興味も引き起こされていた。


「それでいいのよ、エリオット。あなたがこれから進む道には、まだたくさんの答えが待っているわ」


 彼女の言葉に、エリオットはようやく小さく頷いた。自分の置かれた状況に不安と疑念は尽きないが、ここで立ち止まるわけにはいかない。


「……わかった。でも、必ず最後まで答えを教えてもらうからな」


 アメリアは微笑んで立ち上がり、ゆっくりと後ろに歩き始める。その背中が次第に薄れていく中で、彼女は最後に囁くように言った。


「楽しみにしているわ、エリオット」


 その言葉とともにアメリアの姿が消え、エリオットは再び一人になった。次に待ち受ける試練がどんなものなのか、想像するだけで心が重くなるが、彼は覚悟を決めて迷宮の奥へと歩みを進めた。


 エリオットが迷宮の奥へと歩き始めたその時、遠くの物陰に一人の少女の影があった。彼女はじっとエリオットの姿を見つめ、まるで次の行動を見極めるようにその場を動かずにいた。


「……さあ、どう進んでいくのかしら」


 少女は小さくつぶやき、エリオットの背中が見えなくなるまで視線を離さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

All in One 近郊 調 @rage1379

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ