第25話 魔王一名ご案内
「こちらは、【打たせ湯】と言いまして、肩や首元に流れ落ちる湯を当てることで、筋肉のコリや血流の改善が期待されます」
魔王は、源泉が流れる水路から落ちる打たせ湯に興味を惹かれた。白いバスローブもどきを身に纏い、天井付近から流れ落ちる湯に肩を当てている。
深紅の瞳を閉ざし、湯の感覚に集中している魔王。瞼をバッと上げて、こちらに振り向いた。
「これが【オンセン】なの?正直、面白みを感じないわ」
「まあ……温泉の一種なんですが、打たせ湯は、ちょっと特殊ですね。だいたいの温浴の基本は、お湯に体を浸けることですから」
魔王の反応は微妙だった。すぐに打たせ湯のエリアから出てきた魔王は、次いで、露天風呂エリアへと向かった。
魔王は、また急にくるっと、俺のほうへと振り向いた。……その度に、ビックリして心臓が止まりそうになる。
「このにおいは何じゃ?」
「これは温泉特有の香りです。
魔王は、温泉独特の硫黄の香りが気になったご様子。人によっては嫌な臭いに感じるため、俺は背中に冷たい汗が湧いた。魔王が「悪いにおいじゃないわね」と言ってくれたおかげで、救われた。
気を取り直して、本館自慢の露天風呂へ、魔王をご案内。
長い廊下の柵は、漆塗り風に赤く塗られており、日本古来の雰囲気が感ぜられる。……神社の鳥居に似た質感だ。
「まるで異世界に来たみたい。設計者は、よくも、こんな風景が思い浮かんだものじね」
「へへへ、実は、設計・デザインは
「なんじゃ、ミスターペコペコが設計したのか?」
「そうですよ。何百人という方々に【ペコペコ】して、作ってもらったものです」
意外だという顔をした魔王。凡骨ではありますが、一応、こんなに大きな旅館を建てられるぐらいのプレゼン能力、絵の上手さ、人の管理の力と人望がございます。
魔王も、多くの魔物や魔族の上に立つという視点で見れば、俺と似たような立場であろう。
「お前は、そうやって頭をペコペコ下げて人の信頼を得てきたようじゃが……アタクシは違うわ。アタクシは、頭を下げるなんてことはしない。魔と力の支配によって、全てを手に入れてきたのよ」
「じゃあ、なんでお前の力を振りかざして、この島と温泉旅館を手に入れようとしないんだ?」
前を歩く魔王の背中に、核心を突きつけてみた。
彼女……魔王ルノワールの魔力は、強力だ。あのアナスタシアが、ギリギリ負けそうになるぐらい、魔法の力に長けている。では、なぜ魔法の力で脅そうとはせず、律儀に、船に乗ってこの島にやってきたのだろうか。
魔王は「はぁ」と、口から小さく息を零して、俺の疑問に返答してくれた。
「面白そうな
吐き捨てるように言った魔王の返答は、いかにも、魔王らしかった。すべて自分が中心の、最悪のエゴイズムである。……面白そうじゃなかったら、魔法でぶっ壊していいのかよ……
「そろそろ到着だ。見て驚けよ~我が旅館ガストフの自慢の、大露天風呂だ!」
いつの間にか敬語を忘れて、腕をぐっと伸ばして、自慢の露天風呂を誇示していた。
白い湯気が立ち上り、天井や壁からはヒノキの香りが漂よってくるここは、あらゆる温泉の中でも、特に力を入れて制作した露天風呂である。
正面に臨む景色は、まさに絶景!
「あちらに見えますは、この島の父とも言うべき山だ!あの山から、源泉が流れてきている。さらに、ご覧の通り、この時期は紅葉の木々を見ることができて、おまけに、スカイドラゴンが住み付いている!」
「ふむ。景色は申し分ないわね」
山の中腹あたりで翼を休めている黄色の魔物は、長距離の飛行が可能なドラゴンである。なんと、露天風呂に入りながら、ドラゴンと紅葉と山と空とを見ることができるのだ。
ヒノキの壁と天井は、ドワーフ族たちの建築技術の結晶。岩は、鉱山の奥深くで掘削されたもので、景色の見え方は、何度も何度も視察と修正を加えてきた賜物である。
あらゆる技術とあらゆる力を結集して作られた露天風呂を、魔王は、物珍しそうに見渡した。
「このまま、入れば良いのかしら?」
「ああ。この【バスローブもどき】なら、濡れても困らないだろ」
バスローブもどき、我ながら天才だと思う。露出がかなり少ないから、俺たち男性も、目のやり場に困ることがない。
……魔王、よくよく見たら、脚長いな!?俺は脚も腕も短いから、羨ましい……
「何をじろじろと見ているのじゃ?」
「いえ、見てませんよ」
慌てて否定を入れたが、背後に控えていたアナスタシアが「男の子だもんね~」と余計な一言を挟んだ。
やめてくれよぉ。こっちは必死に、真面目に、温泉の案内をしているんだから……
体も心もホットに!異世界旅館へおこしやす~ 猫舌サツキ★ @NekoZita08182
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