第24話 最初でVIPなお客様

 島から臨む水平線の向こうから、真っ黒な船がやってきた。禍々しい雰囲気を放つその船は、漸次ぜんじ島に近づいて、時間とともに細部まで見えるようになってくる。



 人間や猛獣のものと思しき頭蓋が、平然と、壁や甲板のあちらこちらに飾られている、悪趣味な船だった。帆船で、その大きさは現代のアメリカ海軍の軍艦に引けを取らない。


 島の港に横付けになり、そこから舞い降りてきたのは、もちろん、天使ではない。


――いつぞや、俺たちを魔法で襲撃した魔王ルノワールである。



「久しぶりじゃのう、アリマよ」



 やべぇぇぇぇぇぇ、めっちゃ緊張するぅぅぅ!!!



 ちょっとでも無礼をはたらけば、魔法でこの島ごと吹き飛ばされてもおかしくない気がしてきたっ!!



 舞踏会にでも出席するかのような、美麗な黒いドレスを身にまとった魔王が、見上げるように高い船の甲板からふわりと、地面の石の上へと降り立った。蝙蝠こうもりのような黒い翼も、鋭い目つきも、一年前と変わらず、ご健在であった。


「私の名前を覚えていてくださったのですか?大変嬉しく思います」

「当然じゃ。アタクシは、【オンセン】とやらに入れる今日という日を、今か今かと待ちわびておったぞ」



 降り立った魔王は、一礼をして頭を下げた俺の顔を覗き込んで、にんまりと笑った。


 まさか、魔王ともあらんお方が、こんな凡骨の名前を憶えておられたとは……


「で、隣のエルフは、名を、何と申すのじゃ?」

「アナスタシアと申します。この旅館の女将を勤めさせて頂いている者です」

「あなたのことも覚えているかしら。魔法の矛を交え合ったわよね、懐かしいわ」



 俺の隣に、黒の浴衣姿で控えていたアナスタシアも、深々と頭を下げた。いつものおちゃらけた彼女の面影は、そこにはなく、ただ「おもてなし」の従者たる女将おかみとしての慎ましさを醸し出していた。


 そんなアナスタシアの黒い浴衣をまじまじと見つめた魔王は「アリマよ」と言って、俺のほうへくるっと振り向いた。……やめろ、心臓に悪い。


「アタクシも、これが着たい。ユカタ……と言ったかしら?」

「はい。ルノワール様の浴衣の準備もございます――バームさん、浴衣の準備、お願いします」



 俺は魔王と対峙しながら、ドワーフ族の村長を呼んだ。



 村長バームを含む4人のドワーフ族たちが持ってきたのは、白色を基調とした浴衣である。赤いダリアの花柄が散りばめられた、帯が大きめの浴衣で、着物のような美しさも兼ね備えている。まさに、ドワーフ族たちの技術の集大成である。


――ちなみに、ダリアの花言葉は「優雅」や「栄華」である。



「ふむ。これは、何時いつ着ればよいのじゃ?」

「お部屋にご案内するときですが……先に、温泉を楽しんでみてはいかがでしょうか」

「そうさせてもらおうかしら――お前たち、そこで待っていなさい。アタクシ一人きりで案内してもらうわ」



「お前たち」と魔王が言ったので、てっきり、俺たちを呼んだのだと思った。



 魔王が先ほどまで乗船していた黒船の甲板から、異形の魔物たちが顔を覗かせていた。どうやら魔王は、彼らに対して「お前たち」と呼びかけたらい。


 目玉と口とが合わさったような化け物も居れば、【ルシファー】なんて名前が似合いそうな悪魔の姿もある。全身が半液状で、体内に眼球を溜め込んだ化け物は空襲のサイレンのような声で叫んでいて、腕だけの魔物は、手(全身)を振っている。



「さあ、ミスターペコペコ、アタクシを【オンセン】へと案内しなさい」

「って、またその呼び名かよ!?」

「あら、頭ばかり下げてペコペコしているあなたに、ぴったりの呼び名だと思うのだけれど」



「ミスターペコペコ」の呼び名は、まるで口裏合わせされたかのように流通している。ハインケル公も、ドワーフ族村長のバームにも、さらには魔王にまで、そんな呼び方をされている。


 俺は、第一印象を良くしようと、頭を下げているだけなのだが……


「も、申し訳ございません。では、温泉と旅館の案内をさせていただきます」

「うむ。アタクシを満足させてみなさい」


 魔王は、ドレスの白色のレースや裾をフリフリと揺らしながら、俺の背中に付いてきた。



――唐突にナイフで刺されたりとかしないかな……?この魔王ならやりかねない……


 そんな、緊張の糸が張り詰めた俺を他所よそに、アナスタシアは「ミスターペコペコさん」と、小さな声で囁いて笑った。



 笑うな!慎ましく礼を尽くすこと、これが、日本式の「おもてなし」なんだよっ!

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