第17話 寄り道

「ちっとも面白くない冗談ね、ミスターハーゼ野ウサギ


 ダニエラ・ブルエッタは腰に手を当て、兎男ことロックを睨んだ。

 オイルで鼻や頬を汚し、適正サイズより大きめのオーバーオールを着ている少女は強気を表に出している。

 中型トラックを乗りこなし、整備、修理もおまかせあれ、と恐れぬ若い瞳。

 毎度のことながら、野郎共と乱交パーティーに明け暮れる娘との差に、疑問や感心で感情がぐちゃぐちゃになる。


「そんなに酷い状態かい? シニョリーナ」

「えぇ、酷すぎ、貴重なB.K-Rをこんな雑に扱ったら1日じゃ修理できない。もう部品だって出回ってないんだから」


 手榴弾の爆圧を近くで浴びたんだ、ただでさえ中古のオンボロ車なのに、あんな激しい使い方したらくたばるに決まってる。


「仕方ない、何か代車はないかね」

「ない、トラックもだーめ、大事な商売道具だもん。部品調達込みで5日待って」

「5日、他の奴らが漁るかもしれねぇぞ、それか役所の解体業者が入っちまう」

「そりゃまいったね……ふーむ、アル坊に頼もうか、電話借りても?」


 ダニエラから『便利屋』とテープに書かれた携帯電話を借りることになった。

 長い耳に近づけては、口に寄せる、なんとも面倒な往復をする。


「ふーむ、ふん――ダメだってさ」


 どうやら法人の車を規則上出せないと断られたようだ。


「全く脳みそのお堅い連中だぜ」

「そりゃ理事長だしな、下手なことできねぇだろ。大人しく5日待つか、長い時間かけて歩くか、だな」


 マルコと一緒に歩いてこっちまで来れたんだから、問題ないだろう。


「遠足気分もいいが、獣人が歩くには明る過ぎる。せめて夕暮れを待とうじゃないか」


 まぁ、それもそうか……そういやマルコが大人しい。

 足元辺り、ロックの愛車近くを見渡してみるが、どこにもいない。


「おい、マルコ?」


 ロックは「さぁね」と両手を軽く広げて傾げる。

 ダニエラも修理中で知らない。

 まさか、バレンシアか、マルセル・ファミリーに誘拐された?

 焦りに思わず「マルコ」と大きく野太い声で呼んでしまう。

 すぐ近くからエンジン音と低めのクラクションが鳴った。


「あぁ?」


 振り返ってみると、丸みがある4ドアの自動車。

 マルコがハンドルを握ってる……。

 窓から手を振り、


「いいのゲットした!」


 悪びれる様子もなく得意げな笑みを浮かべてやがる。


「て、てめぇマルコ! どっから――」

「おーいいねマルコ!」


 問題など知らぬ態度で、後部座席に乗り込んだロックは、長い脚を伸ばして寛ぐ。


「このシート、乗り心地最高じゃないか、この車種は新しいタイプだな。若者か?」

「近くのキャンプ場、無人だったけど、キーリモコン入れっぱなしで置いてあったからご自由に乗ってくださいってことじゃん」

「はは! 違いないな」


 こいつら……クソ、元々住む世界が違うせいで、価値観や倫理観もずれちまう。


「マルコ! 今すぐ元の場所に返してきやがれ!」

「はぁ? 意味分かんねぇ! ちょっと使うだけじゃん!」


 眉を顰め、不服とばかりに俺を睨む。


「一般人から盗むなってんだ。これはれっきとした犯罪だ!」


 当然のことを言ったつもりだ。

 だが、マルコもロックも、同じ「何を言ってんだ」、と。


「ミスターフリト、根っからのギャングに道徳の授業なんて意味ないよ」


 ダニエラにそう言われ、渋々説教をやめた。


「ぐ、ぐ……せめて、用を済ませたらちゃんと元の場所に返せよ」

「はぁ? 返したら警察に捕まるじゃん」

「借りたら返すんだ! ったく、ほら、無免許は助手席に行け」


 隣に追いやり、ハンドルを握る。

 一体持ち主は誰だろう、と運転席の周りを覗き見た。

 ダッシュボードに何かと置いてある、避妊具の箱やらスナックを食った後の袋。

 ポラロイドカメラで自撮りした、上半身裸の日焼けした若者が写っている。

 持ち主は、こいつか……罪悪感が薄れそうになるな。

 シフトレバーの横にある収納スペースにもたくさん写真がある。


「あぁ?」


 その中に1枚、この車の助手席であほ面晒してダブルピースしてる水着の女……。

 窓にはキャンプ場と思わしき背景。


「キャンプ場で、昼間から、パーティーか?」

「さぁー……どしたのフリト、なんか怒ってる?」

「ははっは! キャンプ場に乗り込むかい、相棒」


 バックミラー越しに、兎が声を出して笑ってる。

 運転席に座る、狼男こと俺が、青みがかった黒い体毛、尖った耳と突き出た鼻と大きな口。こんなのが乗り込めば、大騒動間違いない。

 どうにも苛立ちが沸き出てきた。


「この写真のガキは、俺の娘だ。クソ、勉強もろくにしてねぇ、野郎どもに股開いてばっか。だが、俺の娘なんだ! 連れ戻して家に帰してやる!!」

「えぇ、じいちゃんの家に行くんじゃないの?」

「面白いモノが見られるならどこだって行くぜ、相棒」


 思い切りハンドルを回し、最寄りのキャンプ場に急いだ――。

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