第3話
一つ願いが叶う杖(?)を手に入れた僕はまたぶらぶら町を歩いていた。
平穏な住宅街。で、あるはずだった。
…無視しようか。
目の前に倒れている人がいるのである。
街行く人も無視をしている。
妥当な判断だと思うし、僕も普段ならそうすることだろう。
でも今は助けてみてもいいのかもしれない。
「あの…大丈夫ですか?」
「俺の人生終わりだああ」
「いや別に死んでないので終わりませんよ。」
急に起き上がったのでビックリした。
「ってあれ?君はどうしてここに?」
「それはこっちの台詞です。とりあえずそこのベンチにでも腰掛けます?」
「ああ。」
その四十代半ばに見えるおじさんはイチゴミルクを奢ってくれた。
渋い顔立ちなのにセンスがすごい。
僕は本当はコーヒーが飲みたかった。
そんなことはどうでもよく、早速話を聞いてみる。
「どうして倒れてたんです?」
「いやー仕事で失敗しちゃってね、クビにされちゃったんだ。」
話の重さに合わない軽い口調で話した。
「そこにある結構大きい会社に勤めていたんだがね、ほら、〇〇フーズ。魚肉ソーセージの。」
「ああ、僕も食べたことあります。その会社、結構すごいですよね。」
「はは…パワハラで訴えられちゃったんだよね。」
「…パワハラですか…」
つい先日までパワハラしかない会社に勤めていた僕からしては特に驚くこともない。
「俺は何もしてないはずなんだがねぇ、ハラスメントは相手がどう感じるかだから、難しいものだよねぇ。本当に嫌な思いさせて申し訳ないと思っているよ。」
この男性、器が広すぎる。普通なら愚痴の一つ二つこぼれようも当然だというのに。
「二十数年一生懸命働いてた会社から一瞬で見放されたんだ。笑えるよ。」
「信頼って結局そんなものですよね…」
少し間があく。不思議と気まずくはない。
「僕は食品でたくさんの人を幸せにしたかった。この気持ちは何一つ綺麗事なんかじゃないのに。」
「…これからどうするんです?」
「うーん、どうしようかなぁ。この歳だとまた仕事探すのも大変だし。働くのって楽しいんだよ。世の中の若者は働きたくない人がたくさんいるらしいが。人と関わって、笑顔を見て、生きがいを感じるんだ。」
「…あなたが真っ直ぐに見つめてきた思いは何も嘘でも虚像でもないと思いますよ。」
「そんなことは…」
「では、後ろをご覧ください。」
「えっ?」
「部長!すみませんでしたっっ!」
「えっっ?」
「俺、何でもできる部長が羨ましくて、次第に妬みに変わっていって…最近業績も悪くて…それであんな嘘を…本当に…」
若手の男性社員の目には涙が光っている。
「もう誤解は解きました。僕も懲戒処分を受けました。だから…どうか、どうか会社に戻ってきて下さい!」
唖然としている男性。
他の社員もやってきて一斉に口を開いた!
「部長!帰ってきて下さい!」
「部長がいないと、俺ら…」
「部長!」「部長!」
男性はそれを聞いてくれてようやく自我を取り戻し口を開いた。
「はは、みんなありがとうねぇ…丸井君、別にいいんだよ。ごめんね、こちらこそもっと見てやれなくて。懲戒処分?だっけ?そんなの俺から言って無かった事にしてもらうから。若いうちは働くに越したことはないし!」
「ぶ、部長…!」
俺の出る幕はなさそうだな。
「んーじゃあ会社に戻って社長に一緒に謝りにいこうか。あの社長怖いからな…はは、まあ経験の一つとして長い目で見ればいいのさ。じゃあ、行こうか。…君も話を聞いてくれてありがとう。」
「最後に一ついいですか?」
「ん?なんだい?」
「もし一つ願いが叶うならあなたはどうしますか?」
「うーん…俺は使わないかな。今で充分だもの。」
男性の笑顔は輝いてみえた。
信頼は崩れるのは一瞬とは言うが築き上げてきたものは何も無駄じゃないんだろう。
なんだろう、ものすごく心が暖まった気がした。
少しは人間らしくなれたのかな。
社員達の背中を見送ってすっかりぬるいイチゴミルクを握りしめた。
決めた。次はあの人に会いに行こうかな。
もし一つ願いが叶うなら君はどうする? うさのすけ。 @usanosuke0321
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