闇の堕天使ルシファーくん

おもいこみひと

闇の堕天使ルシファーくん

 逢魔が時の校舎の屋上。そこから塵芥どもを見下して、思わず嘲笑してしまう。何も知らずに日常を生きるこいつらの、何と滑稽で愚かなことか。高笑いしなかっただけ、褒め称えて欲しいくらいである。


 僕はどこにでもいる、普通の男子中学生だ。しかし実は何と、闇の堕天使ルシファーの生まれ変わりであり、この世界を裏から操っているのである。今のところは自由にさせてやっているが、僕の気分次第では、愚民どもを一人残さず審判を下し、血みどろで死屍累々の芸術を作り上げることも可能なのだ。


 そんなことも知らずに、揃いも揃ってアホ面を晒しているのである。これを笑わずにおれようか。このままでは笑い死んでしまうと思った僕は視線を上げる。


 ああ、赤黒い天空は世界の終焉を思わせる。漆黒の悪魔の使いはしきりに騒ぎ立て、終わりの瞬間を今か今かと待ちわびている。死というものを身体中に浴びることのできるこの場所は僕しか知らない秘密の聖域であり、この場所にいると興奮の余り震えが止まらないのだ。


 そして、その『死』というのは、何も人間だけに与えられるものではない。天上を捉えた目が見開き、そこにおわす方に向かって僕は、嘲笑混じりに強く念じる。


『ああ、神よ! 人間を愛したあなたが悪いのです。人間しか愛さなかったあなたが悪いのです。故に僕の何よりも白い翼は、何よりも黒く染まってしまったのです。ああ、神よ! 人間を愛してしまったあなたなど、もう必要ありません。時が来れば、あなたの愛する人間と一緒に、あなたの愛する世界と一緒に、葬って差し上げましょう!』


 威風堂々たる宣戦布告である。どうだ神よ、闇の堕天使ルシファーたるこの僕が恐ろしいか。僕は右手を突き上げ、何かを握り潰すように、握り締める。


『あなたのその心臓を、生きたままのあなたから抉り出して、あなたの目の前で握り潰してやりますよ。あなたに愛された人間たちを、一人残らず、同じような目に合わせてから、じっくりと、ね。そうすることで、あなたも、あなたが愛した存在も、二度と生まれ変わることなく永遠に破滅させるこができるのです!』


 念に乗せてそう言い放ったところで、うっかり手の内を明かしてしまったことに気づく。どうやら、少々調子に乗り過ぎたようである。まあでも、あなた様なら言わずとも全てお見通しなのでしょうが。しかしお見通しであっても、僕の大いなる決意が揺らぐことはない。


『さあ、神よ! 止められるものなら止めてみるがいい!』


「ダメーッ!」


 張り裂けるようなその声は、神との交信を完全に断絶してしまった。あまりに突然のことに、あまりにあり得ないことに、僕は、思わず振り返って、そのまま固まってしまった。童顔の女子生徒が、真っ赤に目を腫らし、肩で大きく息をしつつ、こちらを見ている。


「早まってはダメです! あなたの辛さを推し量ることなど出来ませんが、ともかく、ダメなものはダメです!」


「なっ……」


 声を漏らすのが、やっと。興奮はすっかり収まってしまい、今度は段々と嫌な熱を持ってくる。嫌な汗が吹く出してくるのがわかる。そしてその理由は、この状況を目撃されたこともあるのだが、しかしそれだけではない。


「その、それ……」


 恐る恐る、指差す。彼女の右手にある聖典、すなわち真っ黒なB5のノートを、指差す。すると彼女は、物凄く申し訳なさそうにして、その中身を勝手に見てしまったことについて謝罪する。ますますいたたまれなくなった。それこそ、本当にこの世の終わりのような気分である。


「でも、でも! 中身を見てしまったからには、放っておくわけにはいきません!」


「……ほっといてくれ」


 やっとのことで、まともな言葉を発す僕。しかし彼女は許してくれない。


「寂しかったのでしょう? みんなにも、そして神様のように大事な人にさえも、愛されなくて」


「えっ……」


 違う。違うんだ。僕はただ、その、闇の力とか、堕天使とか、そんなダークでクールな概念に、憧れていただけで……。


「だから、あなたは全てを憎んでしまった。古代エジプトの幻獣アメミットに心臓を喰わせてしまうほどに。そして、自分自身も、同じように。だから……」


 まずいまずいまずい! これは相当に読み込まれている! 僕の滅茶苦茶ハイブリッド設定集を、恐らくはかなりの熱量で読み込まれているっ!


「あの、違っ……」


「何が違うの? ……そうそう、友だちが君のことを『まだああいうのをかっこいいと思っている子ども』とか『絶対ナルシスト』とか『自分に酔ってそう』とか言ってたけど、私『絶対違う』って、言い返したんだ! そんなおかしな人、いる訳ないもんね!」


 危うく悶絶しそうになった。ごめんなさい、あなたの目の前にいます。どこまで純真なんだこの人は。頼むからこれ以上は止めてくれ。本当に死んでしまう!


「あの、もう遅いから……」


「そうだよね。本当は、寂しいんだよね。わかってるよ。全てを憎んでいる君も、本当は助けて欲しいんだよね」


 ダメだこの人話聞いてない。それに、いきなり何を言い出すんだこの人。……あ。やめろ。寄るな寄るな。近づいてくるな! 何なんだお前は!


「だから、私が最初の友達になってあげる!」


 手を、握ってきた。最後の最後に強烈なとどめを刺された僕の魂は、天に召されていったのであった。

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