プロローグ 二つ葉のクローバー

花が咲き乱れる小高い丘の上に、ボロボロの少女が立っている。


 少女は思い巡らす、これまでの人生を。


 少女は憤りを感じた、欲に塗れた空言人に。


 少女は嘆いた、自分の存在と無力さを。


 少女は思慕の念を抱く、出逢った人たちとの日々を。


 少女は深慮した、この地球の行く末を。


 この地球ほしに還るべき場所はあるだろうか、と。




 齢十にも満たない少女が何かを握りしめ、息を切らしながら家の戸を勢いよく開けた。


「ただいまおばあちゃん!見て見て!きれいなクローバーを見つけたの!これでしおりを作りたいの!」

少女が声をかけた先にはベッドに腰かけた老婆がいた。


「おかえり。まあ、綺麗な二つ葉のクローバーね。昔は私もよく探して草冠を作ってよく遊んでいたわ。でも、どうして急にしおりを作りたくなったんだい?」


「おばあちゃんがいつも読んでくれるお話は全部長ーいでしょ?だから次に聞くときに本に挟んでおいて途中から聞けるようにしたいの!私おばあちゃんのお話聞くの大好きなんだ!特にね…」

少女は目を輝かせながら本棚を指さし、息継ぎも忘れて老婆に熱弁した。


「分かったから落ち着きなさいな。まずしおりを作るから紙とそこにある本を取ってきておくれ。」

少女は老婆の言う通り、紙とローテーブルの上にあった本を持ってきた。老婆は本を開いてその間に紙に包んだクローバーを挟める。閉じた本の表紙を見るなり、少女は首を傾げた。


「あれ?おばあちゃん、その本のお話読んでもらったことないよ、初めて見る表紙だし。この家にあるお話は一通り読んでもらったと思っていたけれど、まだ読んでないのがあったんだね!」


「ああ、この本は確かにまだ読んだことが無かったかもね。このお話はね、『花送り』と呼ばれる人が主人公なのよ。」


「はなおくり?」

「そう。花送りはね、花を咲かせるのが得意で、お空に行っちゃった人が帰ってこれますようにってお花を手向けるお仕事の人だったの。これはその人のお話なのよ。」


「何それ!もっとお話聞きたいよー、ねぇ聞かせておばあちゃんー。」

「もちろんいいわよ。このお話は覚えているからしおりを作っていても聞かせてあげられるわ。ほら、こっちにおいで。」


少女は老婆の隣に腰をかけ、これから聞かされる物語に顔を綻ばせた。

「それじゃあ、お話を始めるわね。これはこの国に伝わるお話…」





『遠い昔、「花送り」と呼ばれる人がいました。


花送りには使命があります。


死者たちへ花を手向け、還ってくるための道標をつくることです。


花送りは孤独です。


一人しか存在できず、新しく誕生する時は周りに花が咲き乱れるといいます。


そしてもう一つ。


花送りは普通の人たちよりも早く、そして、綺麗に花を咲かせることができるのでした。



とあるところに、一人の花送りが誕生しました。

その子が笑うと周りに花が咲き乱れました。

その土地の人々はその子を見るなり平和な暮らしをもたらしてくれると考え、祝福してその子を迎えました。


その子は周りの人々に見守られながら、美しく育っていきました。

その花送りが育てる花は主と同じように、それは美しく咲きました。


花送りは残された人々のもとへ還ってこられるようにと願いを込めながら花を手向けます。

人が死者となったときに花送りは現れるため、それを良く思わない人もいましたが、その姿を見た人々は花送りのことを「花の天使」と揶揄しました。


花送りは大変な使命を受けながらも温かい人々に囲まれ、平和に日々を過ごしていました。』


 


「ねぇおばあちゃん。この『花送り』って本当にいたの?」


「さあ、どうだろうね。いたのかもしれないし、誰かの願望から生まれた架空の人物かも。でもそれはこの物語において重要なことじゃないのよ。この物語を聞いて何を学び、何を想うか…。それがこの物語においては重要だと、私は聞いたことがあるわ。」


「ふうん。」

少女は老婆の言葉の全部を理解したとは言い難い表情を浮かべていた。そんな少女を見て老婆は微笑みながら言った。

「じゃあ、物語を少しずつ考えながらお話を進めていこうかね。」

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「花送り」と真実の物語 紀奈子 @kinako-maru

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