7 題名:紡ぎ役譚 1どうして紡ぐのだろう。

「想って何か知っている?」と彼は聞いてきた。

「えっと、確か慕っている元現代吟遊詩人――」

「現、紡ぎ役! の人の言の葉なんだ。」と彼が言った。私が答えた意味、絶対ないだろ。


「周りに誰もいないよね?」といつになく真剣な表情で言った彼は、辺りを見回した。そもそも人通りが少ない公園だというのに。


確認を終えると「これは彼の実話でもあり、彼が心を決めたきっかけでもある。」と彼は言って本をガサゴソ横に携えた鞄から取り出した。


慌ただしいな。けど、どうやら読むらしい。


「題名、紡ぎ役譚 1どうして紡ぐのだろう。」ページを捲る音が響いた。



誰かの為を思って紡ぐ言葉は誰かの心に染み渡る筈だ。私はそんなことを思いながら、起きたことを時に題材とし。音楽とともに生きてきたと思う。


だが然し、食う為に稼ぐ為に紡いだ言葉。無理矢理紡がされた言葉は――どれも私にとっては泥でしかなかった。


私は想う。


数多の作詞、作曲家に自分の歌を書かせ、威張り散らし自己満足する目前の男。この男は、私に現代吟遊詩人と呼ばれてるあなたにこそ頼みたいと言ってきた。

だが、私はこの男の話しを心から紡ぎたいと思えるだろうか。数多の批評を既に食らっていながらも、頼み続けるこの男には何か理由でもあるのかもしれない。


けれど、私にも心というものが存在すると思う。だから私は想う。


私が紡ぎたいと思うのは――、そもそもあの出来事がきっかけだ。



私は幼い頃から不器用だった。それだから怒られることも多かった。その度に私の手は震えに震え、最初の内は自分で止めることすら儘ならなかった。


だけど――、何も考えなければ手の震えは止まった。


そうか、考えなければ良いんだ。


幼いながらに理解した私は、父の怒声も張り手も外に日が暮れるまで座らされることもなくなった。


家庭にお金はなかった。隣の家からも陰になって見えない場所に何時間も座らされた。


足が、手がかじかんで震えていた。


そう、お金がなかったんだ。だから父は私に何かの才を見出そうとした。ご丁寧にこれは何歳児がやったんですよと見出しをつけようという会話も聞こえた。


何歳でも凄いことに変わりはないというのに、父にはそんな思考は出来ていないようだった。


だから私は、一度でいいから父にお前はお前だという類の言葉を、愛情を求めていた。


そんな私の考えなど知らず、父は私には言葉の才があると言ってくれた。嬉しかった。褒められたんだ。これでもう一度笑ってくれるんだ、と。


⋯⋯でも。そんな甘い妄想は父にとってはくだらなかったのかもしれないな。


ある日、父は私を遠慮などせず感情の儘に叩いた。殴った。外に出された。


冷えたようなジンジンするような痛みが。いや、一番は空っぽで何処か何も感じすらしなかったことだろう。


「母さん⋯⋯。」


それは無意識に出た言葉だった。俯いていた私は窓から二人を覗いた。


かあさんは、わらってた。


1枚、1枚数えてた。役に立った、その言葉が聞こえた瞬間。私は走り出していた。


ぐちゃぐちゃで、考えようとしても考えすら湧いてこなくて⋯⋯。


嗚咽が漏れた。聞こえてしまう。息を止めるように喉を縮ませ、嗚咽音を弱めた。


私は、わたしは走って、走って。


その内、息があがるのも気にしないくらい夢中で走った。


でも、どれだけ走ってもひと気がないこの市では――無意味も同然だった。


ひとがいない。⋯⋯あれ? そもそもなんで走ったんだっけ?


戻らないと。戻らないと。怒られる、わたしが出来てないから、言葉を紡ぐのが下手だから怒られる。


その一心で来た道を――

「ど、どうしたの!」とわたしは声をかけられた。


「ぁ゛」

なんでもない、そう言おうとして声が出なかった。喋ることが許されなかったからか、言葉を紡ぐ声すら儘ならなかった。


この人はどう思うだろうか。震えが何故か止まらない。上が、表情が、見れない。


「は、だし⋯⋯。」と目の前の人は呟いて動かない。


わたしは背を向け走った。怒られる、そしたら――そしたら? 何が起こる?


分からない⋯⋯。


意味が分からない。


「ねぇ! ちょっと待ってって!」と真後ろから声が上がった。それと同時に肩に何かが乗せられた。わたしはなんでか腰が抜けた。


足がふるえた。


たてない、どうして? と足を見たら震えてた。どうして? 考えてない、思い出してない。なのに、どうして?


「ねぇ!」とその人の手が視界を横切った。瞬間、身体が勝手に呼吸を始めた。身体が勝手に丸まった。


呼吸、息を止めようとしても口を覆っても。それ以上に溢れて、溢れて止まらない。止め方がない。


嫌だッ!


わたしはただただ、震えることしか出来なかった。


わたしは臆病だ。不器用だ。なんにも出来ない。


でも、それでも親は名前で呼んでくれてた筈だ。朧気だけど最初の頃は。


いつからだろう。なんという名前だったか。それすら分からなくなるほど、わたしはいつからかと呼ばれるようになった。


わたしが調子の悪い時は、と呼ばれ、調子の良い時はお金の単位で呼ばれた。



そしてわたしは――保護されてしまった。


自分でも頭のおかしな奴だとは分かっている。声が聞こえるんだ。


あの頃の声が。毎秒、毎秒。母の声、父の怒号、母と父の泣き声。


わたしは頭が痛くなった。ずーっと保護されてから父と母の声が離れることはなかった。


保護されて簡単な話しだけ受けてからわたしは一言も話さなかった。怖かった。言葉が。自分が紡いできた言葉が。


ニュース、いや横からスマホで見てしまったんだ。


親がそんなことやってんのに、言われて書く子も子だな、と。そのたった一言が目について離れなかった。


頭が真っ白になった。


あぁ、やっぱりわたしが悪いんだな。


それから色々な言葉を知ったけど、自業自得。それがわたしに似合う言葉だろう。



大人になったわたしは皮肉にも紡ぐことをやめなかった。


ネットなら、特定の誰が書いているかも分からない。それを利用して図書館でたくさんの本を読まされてきたわたしは紡ぐ言葉をあの頃とかなり変えて紡いでいた。


どうして? と聞かれたら、癖だ、落ち着かないと答えるのが正しいだろうか。



その日もわたしはスマホ片手に紡いでいた。


雨が降る中、雨宿り中に紡いでいるわたしも物好きというもの、なのかもしれないな。


「どうされたんですか? 顔色が悪いですよ。」と隣にて雨宿り中の女性が声をかけてきた。


相手の顔色が悪いからと、ただ隣にいるだけのわたしに声をかけられるなんて。随分、優しい人もいたものだな、なんてくだらないことを考えてわたしは返事をした。


「いえ、ちょっと考え事を。最近見た映画に心を馳せていたからでしょうね。」

「それほど青ざめるほどの映画⋯⋯。すみません、少し気になります。どんな映画だったんですか?」と彼女は聞いてきた。


どんな映画、か。最近見て青ざめたといえばあの映画だな。


「スパイラルな映画ですよ。連鎖的に続いたことが最後に――あ、これはネタバレになってしまいますね。」

「う、そうですね。」


いつの間にか近くで雨宿りをする人は彼女とわたしだけになっていた。


「私は⋯⋯、最近動物の映画を見ました。」と彼女は前を、雨を見ながら言った。


「へぇ、動物ですか。彼らにも彼らの生き方がありますよね。」

「はい、ほんとに。その映画も彼らの生き方、飼い主に対する心情を扱っていました。とても――その、生に対する認識が変わったと言えば変でしょうか?」と彼女は言った。


別に何も変ではないと思うが⋯⋯。


「変じゃないと思います。生に、生き様に正解なんてありませんからね。どんな風に生きるも自分のやりたいように生きるも人それぞれです。」と彼女に言った。


「あ、そうですよね。」

「それに結局、私は私、あなたはあなたでしかないのだ。よくある言葉です。でも、面倒さを感じたならそれだけで漂って生きていきたいなと思うんです。って、少し面倒の理想臭がりすぎましたかね⋯⋯?」


「いえ、面倒も理想があることも大事なことです。そうですね。世の中、時折というかかなり面倒臭いことだらけです。でもそんな時だからこそ、ついつい趣味に勤しんじゃって⋯⋯。」

「趣味ですか。いいじゃないですか。因みにどんなご趣味で?」


「えーと、⋯⋯と、とにかく色々鑑賞です!」と彼女は勢いよく言った。


急にどうしたんだろうか?


「あ! 大分顔色良くなってきましたね! 良かったです! ほんとに!」と彼女は言って、これまた勢いよく


「あ、しゅ、趣味仲間というか! 私も先ほどの映画の続きが気になるので! これ電話番号です! そ、それじゃ!」と雨宿りをしていた筈なのに彼女は雨に濡れるのも気にせず走っていった。


嵐のような人とはこういう人なんだろうな⋯⋯。

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想と一つずつの物語 芒硝 繊 @Rsknii7_myouya

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