終末を楽しむならまず星を見て、

朽葉陽々

星見時計と惑星キャンディ

 第六アルグリム銀河第十七惑星サリトール観測所。

 ヨヨとヤヤは、今日も観測者の仕事に励んでいた。

「……目が疲れてきた気がする……」

「気がするだけだよ」

 ヤヤの呟きに、ヨヨは容赦なく切り返す。しかしふっと笑って続けた。

「とはいえ、休憩は取るべきだね。私も気分転換したいし、買い物に行ってくるよ」

「ああ、なら、新しいノートを買い足してきてくれないか、ヨヨ」

「分かったよ。……それじゃあ、行ってくる」

 ヨヨは白衣を脱ぎ、小さなアクセサリーを着けて身支度を整えると、軽く手を振りながら観測所を出て行った。




「おや、ヨヨ。いらっしゃい」

「どうも、良い星降りですね、リルカさん」

「ああ、良い星降りだね。今日は何を?」

 観測所がある街の、小さな雑貨店。幾許かの食料品もそろうその店で、ヨヨは買い物を済ませる。釣り銭を渡しながら、リルカが言った。

「そうだ、ヨヨに頼みたいことがあるんだよ」

「はい、何でしょう?」

 首を傾げるヨヨの前で、リルカはポケットを探って何かを取り出した。

「これ……星見時計の調律をしてほしいんだ」

 リルカが差し出したそれを、ヨヨはそっと受け取る。

 いかにも一般向けの、大した機能を持たない星見時計。しかし、品良く古びたそれは、丁寧に扱われているものだとはっきり分かる。ヨヨはそれと、自分のポケットから取り出した星見時計とを見比べ、読み取った。

 読んだ結果を反映するように、軋んでいた星見時計を調律する。この程度なら造作もない。

「……はい、出来ましたよ」

「ああ、ありがとうヨヨ」

 ヨヨはリルカに星見時計を返しながら、小さな疑問を口にする。

「しかし、この程度なら観測者ではなくても、少し時計の知識があれば簡単に出来ますよ。いつもなら、たしか店長の……ラキアさんがやっていたのでは?」

 ヨヨの問いに、リルカはああ、と静かに言った。

「……ラキアはこの間……眠っちまったから」

「……そうでしたか」

 ヨヨは息を呑んだ。

 世界は滅びつつある。静かに、ゆっくりと、けれど覆しようもなく。星空が巡るように、その下で藍鳥が飛ぶように、それは自然な成り行きで。

 けれど、身近な人物にそれが訪れたとなれば。幾度繰り返そうと、衝撃を受けずにはいられなかった。

「では、これからは私に頼ってくださいね。……どちらかが眠りにつくまでは、拒みませんから」

「そうだね、よろしく頼むよ」

 ヨヨの苦い笑みに、リルカもまた苦く笑う。そして、小さな袋を取り出してヨヨに差し出した。

「お礼と言ったらなんだけど、こいつを貰ってくれるかい。ちょっとしたものしかないけれど」

「いえ、お構いなく」

「まあ、そう言わず。どうせ他に買う奴も、この街にはもういないんだ。それに確か、ヤヤがこういうの好きだったろう? 貰っておくれよ」

 リルカが袋の中身を見せてくれる。青や紫の小さな球が、甘い香りを漂わせている。惑星キャンディだ。ヤヤは確かに、こういう駄菓子の類が好きだった。よく覚えているものだ、と感心する。

「……分かりました。では、今回だけ」

 ヨヨがそっと受け取ると、リルカが微笑む。苦みのない、柔らかな笑顔だった。

「ありがとね、ヨヨ。また来ておくれ」

「はい、必ず。こちらこそ、ありがとうございました」

 ヨヨは一礼し、店を出た。

 今宵は本当に良い星降りで、涙が滲むほどだった。




 観測所に戻る。ヤヤはソファに寝そべって、ぼんやりとペンデュラムを眺めていた。

「ただいま。はい、お土産」

「おかえり。……あ、惑星キャンディ! どうしたんだい、これ」

 ヤヤがはしゃいだ声を上げて跳ね起きる。

「星見時計の調律をしたら、リルカさんがくれてね」

「そっか。……お茶を淹れよう!」

 ヤヤがキッチンスペースで湯を沸かし始める。その傍らで、買ってきたものを片付けつつヨヨは呟いた。

「ラキアさん、もう眠ったって」

「……そうか。また寂しくなるな」

 僕たちは、いつそうなるのやら。

 ケトルから蒸気が噴き出す。その音に紛れ込ませるように、そっと落とされた言葉を、しかしヨヨは聞き逃さなかった。

「さあ、少なくとも、明日すぐではないらしいよ」

 窓の外を見てヨヨが言う。釣られて空を見て、ヤヤも頷いた。

「……そうらしいな」

「この観測も、明日にならなければ、本当にそうかは分からない。明日空を見ても、明後日のことを本当に知ることはできない。……どのみち、いつ来るか分からない眠りなんだ、私たちのすることは、昨日までと何も変わらない」

「……だから、心配してもしょうがないって?」

 ヤヤが声音だけ拗ねさせる。カップを取り出していたヨヨは、思わず息を漏らすように笑った。

「なんだ、分かっているんじゃないか」

「……偶には、浸らせてくれても良くないか」

 年下の癖に偉そうに。今度は本当に口を尖らせるヤヤに、ヨヨはとうとう声を上げて笑う。

「たった十九歳の差とか、今更気にするのかい? 普段気にするなって言うの、ヤヤの方なのに」

「うぐ。あんまり意地が悪いと、せっかく淹れたお茶は全部僕が飲むことになるが」

「あっ、それは卑怯だろう。……分かったよ。分かりました。からかってごめんなさい、先輩」

「……ヨヨが素直だと気味が悪いな……」

「ええっ」

 応酬の間、二人の口角は上がっていた。やがてどちらともなく笑い出す。カップに茶が注がれ、暗色の水面が揺れた。




 滅びゆく世界の片隅、ただ一つ残された観測所。

 たった二人の観測者たちは、今宵も平和に生きていた。

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