第12話 静寂を破る影
放課後の図書室は、昨日と同じ静けさに包まれていた。夕陽が窓から差し込み、机や本棚に柔らかなオレンジ色の光を落とし、穏やかな空間を作り出している。
「悠真くん、またここに来れて嬉しい」
時音が小さく微笑んで、隣に腰掛けた。彼女の顔がほんのりと夕陽に染まり、輝いて見える。何気ない日常の中で、彼女と過ごすこの静かな時間が、俺にとってとても特別なものに思える。
「ここは落ち着くだろ? 静かだし、二人でゆっくりできるからさ」
俺が言うと、時音は嬉しそうに頷いた。その仕草がなんとも愛らしく、思わず見とれてしまった。時音と並んで座っているだけで、不思議と心が穏やかになるのがわかる。
しばらくの間、二人で静かに本を眺めていたが、ふいに時音が顔を上げてこちらを見つめてきた。彼女の大きな瞳がまっすぐに俺を見つめていて、その視線から逃れられないように感じた。
「悠真くん……私、君がそばにいると本当に安心する」
時音が小さな声でそうつぶやいた。その言葉に胸がじんわりと温かくなる。彼女の存在が、こんなにも自分にとって大きなものになっていることを改めて実感した。
「俺もだよ。君がいてくれると、なんか安心できるんだ」
そう言って、俺はそっと彼女の手を取った。その瞬間、時音の顔が少し赤らんで、けれども彼女は微笑んで握り返してくれた。
その手の温もりが心に染み渡り、二人でこのまま静かな時間を過ごせるかと思っていた、そのときだった。
図書室の扉が急に開かれる音がして、静寂が破られた。
「よう、悠真。ここにいたのか」
振り向くと、そこには拓真が立っていた。彼はいつものように軽やかな表情を浮かべて、俺たちの方に向かって歩いてくる。
「……拓真か、何か用か?」
俺が少し緊張した声で尋ねると、彼はにやりと笑って時音の方に視線を向けた。その目が時音を見つめると、なぜか胸の奥がざわつくような感覚が広がる。
「いや、用ってほどじゃないけど、なんとなく気になってさ。悠真が誰と一緒にいるのかってね」
拓真は時音に微笑みかけ、その視線が妙に親しげで、俺は不安が込み上げてきた。
「時音ちゃん、久しぶりだね。元気にしてる?」
拓真が親しげに話しかけると、時音は少し戸惑ったように視線を俺に向け、微笑みながら軽く頷いた。
「ええ、元気です。拓真くんもお元気そうで」
彼女が礼儀正しく答える様子に、拓真は満足そうに笑い、さらに彼女との距離を詰めてきた。そんな彼の様子を見て、俺は胸がざわついてくるのを感じた。
「二人で図書室なんて、ずいぶん親密だなあ」
拓真が冗談めかして言うと、時音が少し頬を赤らめた。それを見た俺の心は、一瞬チクリと痛んだ。
「いや、ただ本を読んでただけだよ」
俺が軽く答えると、拓真はにやりと笑って肩をすくめた。
「そうか? でも、時音ちゃんも悠真と一緒にいると楽しいだろう?」
その言葉に、時音は少し戸惑いながらも微笑んで頷いた。
「はい、悠真くんと一緒にいると安心します」
彼女のその言葉に、胸の奥が少し温かくなった。時音が俺にそう言ってくれたことが、妙に嬉しくて、そして誇らしい気持ちが湧いてくる。
だが、拓真はその言葉にも気に留めることなく、さらに時音に向かって話し続けた。
「でもさ、時音ちゃん、もしよかったら今度俺とも話さない? 二人でさ」
拓真のその提案に、時音が驚いたように目を見開いた。そして俺の方をちらりと見て、少し迷った様子で口を開いた。
「え、えっと……」
彼女がどう返答しようか迷っているのがわかり、俺は思わず口を開いた。
「時音には……俺がついてるんだから、余計な心配はしなくていいよ、拓真」
少し強めの口調になってしまった自分に驚くが、拓真も少しだけ目を見開き、そして苦笑いを浮かべた。
「わかった、わかった。邪魔はしないよ」
彼は軽く手を振り、図書室から出て行ったが、彼の去り際の微笑みには、まだ何かを含んでいるようにも感じられた。
拓真がいなくなり、再び図書室に静寂が戻る。俺は時音の方を向き直り、彼女が何か言いたげな表情をしているのに気づいた。
「時音……大丈夫だったか?」
俺がそう尋ねると、彼女は少し不安そうに頷き、でも微笑んで見せた。
「うん、大丈夫。悠真くんがそばにいてくれるから、安心できる」
彼女がそう言ってくれたことで、少しだけ胸が軽くなった。彼女の言葉が、図書室の静寂に溶け込み、俺の心に深く染み込んでくる。
「……時音、俺も君がそばにいると安心するんだ」
そう言って、俺はそっと彼女の手を取った。彼女の手が少し冷たく感じられるが、温もりがゆっくりと広がってくる。
「ありがとう、悠真くん」
時音が小さな声でそうつぶやく。彼女の瞳がまっすぐに俺を見つめていて、その視線から目をそらせなくなる。彼女のそばにいることで、これまでにない安心感を感じていた。
ふいに、時音が少し顔を寄せてきた。その動きがあまりにも自然で、俺も無意識に目を閉じてしまう。
彼女の唇がそっと触れる瞬間、図書室の静けさがさらに深まり、胸の中で温かい何かが広がっていく。その柔らかな感触が、言葉にならない想いを伝えてくれるようで、何も考えられなくなった。
唇が離れると、時音が少し恥ずかしそうに微笑んだ。その表情があまりにも可愛らしくて、思わず笑顔を返す。
「ごめんね、なんだか私、今日は少し大胆だったかも……」
彼女が小さな声でつぶやく。その言葉に、俺はただ静かに頷いて、彼女の手をしっかりと握り返した。
未来からの彼女 @jinguuji_ryuuga
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