第11話 図書館では

 放課後の図書室には、いつもと違う静けさが漂っていた。窓から差し込む夕陽が、本棚や机の上に淡く影を落としている。この時間は誰もいないから、まるで二人だけの特別な空間にいるようだった。


 「悠真くん、静かで落ち着くね」


 時音が囁くように言った。その声もどこか小さく響いて、図書室の静寂を壊さないようにと気を使っているのが伝わる。彼女の隣に座りながら、俺も同じように本のページをゆっくりめくるふりをしていたが、内心は時音のことばかり気になっていた。


 「ここ、いい場所だろ? 時間があるときはよく来るんだ」


 俺がそう言うと、時音は嬉しそうに小さく頷いた。その仕草がなんとも可愛らしく、思わず微笑んでしまう。図書室の落ち着いた雰囲気の中で、彼女がますます魅力的に感じられた。


 しばらく二人で無言のまま本を眺めていると、ふいに時音が俺の方に少し体を寄せてきた。その動きに気づいて視線を向けると、彼女が頬を赤らめながら、俺を見つめている。


 「悠真くん、こんなに近くにいると……なんだか落ち着かないの」


 時音が少し恥ずかしそうに微笑む。その言葉に胸がドキッと高鳴り、俺も視線をそらすことができなくなった。


 「それなら、少し離れるか?」


 冗談めかしてそう言ってみたが、時音は小さく首を振って、さらに俺に近づいてきた。その距離感が、やけに親密に感じられて、顔が自然と熱くなる。


 「……ううん。悠真くんのそばにいると安心できるから、このままでいい」


 彼女の言葉が静かな図書室に染み渡り、俺の胸の中でじんわりと広がっていく。こんな風に彼女から距離を詰められると、どうしても意識してしまう自分がいる。


 気づけば、時音の顔がごく近くにあった。彼女の大きな瞳がまっすぐに俺を見つめていて、その視線が逃げられないように感じさせる。


 「悠真くん……」


 時音が小さな声で名前を呼んだ。その声が胸の奥にまで響いて、自然と目を閉じてしまった。彼女の呼吸がすぐそばで感じられて、図書室の静けさがさらに強調される。


 「時音……」


 俺が彼女の名前を口にすると、彼女は微笑んで、そっと手を伸ばしてきた。その指先が俺の手に触れると、心臓が大きく跳ねるのがわかる。


 「ごめんね、なんだかドキドキしちゃって……」


 時音が恥ずかしそうに言う。その言葉があまりに愛らしくて、思わず俺も微笑んでしまう。彼女の手が俺の手に絡みつく感触が、心地よくもあり、少し緊張感を生んでいた。


 ふいに、時音がそっと俺の肩にもたれかかってきた。その小さな動作に、俺は一瞬息をのんでしまった。彼女が俺の肩に顔を埋めて、ほんの少しだけ体を寄せている。その重みが心地よくて、思わずそっと彼女の肩に手を置いた。


 「ありがとう、悠真くん」


 彼女が小さくつぶやく。その言葉が胸に染み入るようで、何も言えなくなる。時音が安心したように目を閉じている姿を見ていると、自分もこの瞬間が永遠に続けばいいとさえ思ってしまう。


 ふと、彼女が顔を上げて俺を見つめてきた。その瞳に吸い込まれそうで、視線をそらすことができない。彼女の顔がほんの少しずつ近づいてくるのがわかり、俺も自然と目を閉じた。


 彼女の唇がそっと触れるのを感じた瞬間、図書室の静けさがさらに深まり、心の中で何かが静かに広がっていく。その触れ合いが優しくて、何も考えられなくなる。


 ゆっくりと唇が離れた後、時音が少し恥ずかしそうに微笑んだ。その笑顔が愛らしくて、思わず顔が赤くなる。


 「ごめんね、なんだか私、今日は大胆だったかも……」


 彼女が小さな声でつぶやく。その言葉に、俺は笑みを返し、彼女の手をしっかりと握り返した。


 「いや、俺も嬉しかったよ。時音がそばにいてくれるだけで、すごく安心するから」


 そう言うと、時音はさらに顔を赤らめて、でも嬉しそうに頷いた。図書室の中で、二人だけの時間が静かに流れていく。その空間が、まるで自分たちだけの世界のように感じられた。

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