超絶技巧ファーマシー

@azumatonote

第1話 椎野の場合

私は椎野ゆかりと言います。北九州から武雄市に引っ越してきました。北九州の騒がしい工業地帯から物静かな、温泉が少し有名なこの武雄市に嫁いできました。ちょっと退屈に感じるけど、まあ新婚なんでいいかな(笑)


私は七年前に実家のある下関で調剤薬局の事務の資格を取りました。調剤薬局っていうのは薬剤師の先生がいる病院の前の薬局です。薬剤師の先生の保険調剤というお仕事のお手伝いをします。


スタッフは先輩事務の中田さん。とってもすらっとした年上の先輩です。ママとしても活躍中で私の憧れでもあります。


それと、大事なこと。薬剤師の先生です。黒尾丸先生。「くろおまる」って呼ぶらしいです。私は「くろまる先生」って一回呼んでしまいました。先生は笑っていました。それから私の中ではくろまる先生です。


こんな調剤薬局で私は3ヶ月前から働き始めました。とても楽しい職場です。ここに来てよかったー。每日笑ってます。くろまる先生はとてもユニークでいつも私たちを笑わせてくれます。先生もここは楽しいなって言ってくれてます。ホワイト企業ってあるんだなー(笑)


ここの薬局の薬剤師はほとんど、くろまる先生で回してます。くろまる先生は、んー、正直よくわからん人です。いきなり失礼だと思うでしょうか?悪口ではないです。むしろ好きな先生てすよ。もちろん仕事上ですね。私、新婚ですから(笑)


なんて言うかユニーク。独特な感じです。天才肌。私ごときでは何言ってるか分かりません(笑)薬剤師の先生ってそんな人多いけど、あの人はその中でも結構レアのではないでしょうか?ううん。SSRかも。


そうだ!この前HTMI診断やったんです。あの16の質問に答えて性格のタイプを分けるってやつ。あれでくろまる先生は「研究者」でした。まさにその通りです。くろまる先生は、なんか大学の研究する人って感じです。


でもくろまる先生は第一印象がとても変だった。なんか落ち着きなくて、いつもタバコ吸ってて。普段私が、処方箋を受け取ってがパソコン入力するんてすけど、くろまる先生はそっからタバコを吸いに行くんです!すっごく変です。普通の薬剤師はどっかと座ってパソコンとにらめっこしてます。薬剤師の先生はくろまる先生だけでなんですよ?おまえがおらんでどうすんねーん。


通常、処方せん受けたら、受付がパソコンに薬の内容を入力して、それで薬剤師の先生が投薬机に座ってて、そこのパソコンにデータを飛ばして、そうこうしてるうちに、助手が薬を集めて、薬剤師に薬を渡します。普通はそこから薬剤師の先生は患者さんのデータをみて、なんか色々考えて?患者さんに薬渡すわけだけど、先生はそんな事しないんです。


くろまる先生は、処方箋をわたしが受け取ったら、スッとバックヤードに行ってタバコ吸いに行っちゃう。最初はえー、そんなタバコ臭い薬剤師やだー、って思いましたけど。それより前に、はっ?今タバコなん?よりによって今?って感じでしたよ。だって今から薬渡すんやないの?はあ?っち思いました。すいません。下関の訛りがでてしまいました。ありえないけどまあ、同じ事務の、中田さんはふつーにしてます。これで良いのでしょう。


まあまあ。それで、私がつたなく処方箋をパソコン入力してくろまる先生のパソコンに転送します。そうする間に、中田さんが私から受けとった処方箋見て、あっという間に薬集めて、そして、日常のことのようにどこか気の抜けた声で


「せんせぇー、お願いしまーす」


ってドア越しに声かけるんてす。ちなみに先生と中田さんはコンビネーションバッチリです。なんでも同じB型だからとか。


あ、そうそう。中田さんが声かけたら、くろまる先生は、はあいって言って一服を中断した後、投薬します。転送された投薬用のパソコンを触って、さほど急がずキーボードのテンキーを静かーに叩いて、患者さんのデータをよびだして、椅子に座ったかと思うと患者さんを呼びます。


「◯◯さーん。薬できましたよー」


って。いや、あんたタバコ吸ってきたばかりやろ。中田さんが集めた薬さえも見てないやん。


そして、くろまる先生は患者が先生の机にトコトコ歩いて来る間(その時間は狭い薬局なので数歩です。老人が杖ついて歩いて)に、処方箋の薬と、中田さんが集めた薬が合ってるかチェックして、処方箋の表書きと裏打ちをパパっと見てます。くろまる先生は患者さんに、こんにちはーって言いながら、一瞬で私が入力した内容が合ってるか確認してます。その後は、患者さんとにこやかにお話してるんです。手もとを全く見ません。くろまる先生は患者さんと、笑いながら話してます。話しながら、完璧なブラインドタッチで投薬用のパソコンを入力していています。あのー、それは薬歴と言ってメモではなくて、公式な記録ですよ。いいのかなあ?んで


「おだいじにー、帰りもお気をつけてー」


っていいながら仕上げに、処方箋をチラッとみて、再度調剤的、薬学的なミスがないか確認します。んで処方箋をサッと私に渡して、席を立ちます。私初めてです、こんなに投薬と薬歴入力が早い先生は。だって私がパソコン入力して、藥袋に名前シールを貼るより、先生が患者さんと世間話し始めるほうが早いんですよ?私のそのパソコン入力と藥袋シール貼りの2つの仕事の間に、くろまる先生はいくつ仕事してるんですか?レベルが違いすぎて、もはや笑ってしまいます。ちなみにくろまる先生の前任者は、薬歴入力残業で9時くらいまで残ってやってたとか。くろまる先生?定時ですよ。当たり前のように帰りますよ。なんなら、私より早いです。


私が入社してから、先生のイメージはそれでも忙しい人ってイメージ。あっという間に投薬と薬歴を終えて、バタバタして、かと思うと私達2人とにこやかに話して。全くじっとしていない。この間なんか昼休み明け、あれー、めずらしくじっと集中してるなー、黙ってるなー?って思ったら、


「化粧水つくってみたよー。使ってみてー」


って言い出して、瓶に透明な液体が入ってるものを渡してきた。2つ。中田さんと私の分です。うん、普通は化粧水を昼休みに作らんのよ。いや薬剤師なら普通なのか?わからんです。


恐る恐る、中田さんとつけてみると、あれっ、いい匂いがする。Woody系の、なんだろ?


「いやあ、化粧水だけだと簡単すぎて、セスキテルペン系の精油たらしてみたよー。精油と化粧水は混ざらないかなーって思ったんだけど実際やってみるとわからんもんだねー、混ざったねー。やっぱり実地って大事だねー。僕たちは、アタマデッカチなとこあるからねー。あっスギみたいな、あからさまにアレルゲンになるものは避けてるから大丈夫だよー」


ね?何言ってるかわかんないでしょ?とにかく変なんです。うちの薬剤師。


超絶ユニーク。

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