わたしのXX衝動

翡翠

⠀ ⠀ ⠀

部屋の窓を開けると、かげりない鮮やかな満月は静かに秋を知らせる。僅かに、コオロギの鳴く声が遠くから聞こえてきた。


私は、自分の住んでいる街がすっぽりと夜に覆われている様子を二階から見下ろしながら、深く息をく。


この町で起きている連続殺人事件が、私の生活に及ぼす影響など考えたこともない。ニュースや新聞の見出しを読み、溜め息をつく程度のものだ。



「今夜も…どこかで誰かが…」



そんな漠然とした不安が一瞬、頭をぎる。それと同時に、何故か私に向けられた危険ではないという安心感も胸にあった。


この町で起きている数件の殺人事件は、どれも共通点を持つ。深夜に、独りの人が、突然命を奪われる。


被害者、残忍な傷跡、そして犯人の残した小さな手がかりだけが、警察を揶揄からかうように残されていた。



♢♢♢



暫くして、意識がぼやけていく感覚に襲われ、気がつけば、暗い別の場所に立っている。


私は通りを歩いていたが、情景がぼやけ、なぜ歩いているのかは思い出せない。



♢♢♢



街灯のない小道を歩きながら、視界の端に映る。夜道を独り歩く影、背の低い男性だ。少し緊張した足取りで歩いている。


私の視線がそれを捉えた瞬間、身体が勝手に動き出した。自分が「私」ではなくなったような恐ろしい感覚に襲われる。



「見ぃつけた…」



いつの間にか、ささやいていた。


言葉の端々に溢れる笑み。それが、私の存在を、全てを乗っ取っていく。足音が無音になるように、そっと後を追う。


彼は私に気づかない。足取りが急に止まる瞬間を待って、私は刃を持ち手を伸ばし、後ろからその首に手を掛ける。


その瞬間、彼が震えるのが指先を通してひしひしと触感として残る。恐怖に染まる肉体の拒絶反応が、私に幸福を与えた。


命が失われる瞬間に見る絶望が、私の中のもう一人の存在を歓喜に導く。


彼の体がゆっくりと崩れ落ちていくのを見ながら、私は愉悦ゆうえつに浸る。その愉悦は次第に、奇妙な形で薄れていった。現実が、私の背筋をゆっくりと這い上がってくる。



♢♢♢



気がついた時には、朝になり、自室に戻っていた。さっきの情景が、夢のようにぼんやりとしたまま。


手には鮮やかながついていた。見知らぬ、いや間違いなく「私」が下した跡。その血の生々しい匂いが、鼻腔びくうを突き抜ける。



「そんなはずは…」



混乱が頭を支配した。私はただの傍観者だったはずだ。殺意など抱くはずもない、ごく普通の人間だった。


しかし、今、目の前にある現実が私に真実を告げている。「私」がやったのだと、もう一人の「私」が告げる。


私の頭の中に、囁きが響き渡る。それは私の声ではなく、別人格あいつの声。





その声に呼応するように、私の口が、私の意識とは別の意志でニッコリと微笑んだ。

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わたしのXX衝動 翡翠 @hisui_may5

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