わたしのXX衝動

翡翠

⠀ ⠀ ⠀

部屋の窓を開けると、かげりない鮮やかな満月は静かに秋を知らせる。僅かに、コオロギの鳴く声が遠くから聞こえてきた。


空がすっぽりと濃青こあおに染まっていく様子を二階から見下ろしながら、深く息をく。


この街で起きている連続殺人事件が、私の生活に及ぼす影響など考えたこともない。ニュースや新聞の見出しを読む程度のものだ。


「今夜も…ここで誰かが殺されてたり…」


そんな漠然とした不安が一瞬、頭をぎる。それと同時に、何故か私に向けられた危険ではないだろうという安心感もあった。


この町で起きている連続殺人事件は、どれも共通点を持つ。深夜に、ナイフで首を切られ命を奪われる。


被害者、残忍な傷跡、そして犯人の残した小さな手がかりだけが、警察を揶揄からかうように残された。



暫くして、意識が遠のく感覚に襲われ、気がつけば、暗い別の場所に立っている。


そして通りをゆっくりと確かめるように進む。情景がぼやけ、なぜ歩いているのかも分からない。


街灯のない小道を歩きながら、視界の端に映る、夜道を独り歩く影、背の低い男性。


少し緊張した足取りで歩く。


私の視線がそれを捉えた瞬間、身体が勝手に動き出す。自分が自分ではなくなったような恐ろしい感覚に襲われる。


「見つけた…」


言葉の端々に溢れる笑み。それが、私の存在を、全てを、乗っ取っていく。足音が無音になるようにそっと後を追う。


彼はわたしに気づかない。足取りが急に止まる瞬間を待って、私は刃を持ち手を伸ばし、後ろからその首に掛ける。


その瞬間、彼が震えるのが指先を通してひしひしと触感として残る。恐怖に染まる肉体の拒絶反応が、わたしに幸福を与えた。


命が失われる瞬間に見る絶望が、私の中のもう一人のわたしを歓喜に導く。


彼の体がゆっくりと崩れ落ちていくのを見ながら、私は愉悦ゆうえつに浸る。それは次第に、奇妙な形で薄れていく。私の足元から現実がゆっくりと這い上がってくる。



気がついた時には、薄明になり、自室に戻っていた。先程の情景が、夢のようにぼんやりとしたまま。


手は鮮やかな血潮に染まる。見知らぬ、いや間違いなくわたしが下した跡。その生々しい匂いが、鼻腔びくうを突き抜ける。


「そんなはずは…」


混乱が頭を掻き乱した。私はただの傍観者だったはずだ。殺意など抱くはずもないごく普通の人間。


しかし、今、目の前にある現実が私に真実を告げている。私がやったのだと、もう一人のわたしが告げた。


頭の中に、耳に触れる囁きが響く。それは私の声ではない、わたしの声。


「今夜も会えるよ」


その声に呼応するように、私の口角が、意識とは別の意志で、吊り上がるように微笑んだ。

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