まだ見えない 小さな花を 咲かすには 幸せ不幸せ どちらも必要

 国王夫妻へ話をしに行くために、フリッツとファニーが連れだって歩いていると、金鷲の間の前にたどり着いた。舞踏会などで使われる大広間だ。

「そういえば、あの時の舞踏会のファニーは凄かったね」

「あの時って?」

「あれだよ。ファニーが王都に来て初めて臨んだ舞踏会だよ」

「あぁ。あれかい?」

 ファニーは妖艶な笑みをフリッツに向ける。その時のことを、フリッツは思い返していた。


 誇りを持ってファニーのメイドをしているエッシェンバッハ男爵令嬢アデリナの活躍により、王都にいないファニーに味方をする令嬢たちは徐々に増えていたのだが、それでも応じない令嬢たちは数多くいた。その最大派閥は、クルップ公爵令嬢ルイーゼが率いるグループ。幼少期のフリッツにトラウマを植え付けた張本人の一人である。ルイーゼは、フリッツを精神的に支配した上でフリッツの妃になろうとしていた。そんな彼女が、フリッツに急接近していきなり妃候補ナンバー1に躍り出てきたファニーに対して、好意的であろうはずがなかった。

 普段から服装は男物を好むファニーは、舞踏会に着ていけるドレスを持っていない。これから王都で過ごすことを考えると、さすがに一着も持っていないのは良くないということで、採寸して仕立てを始めているが、それらはまだ手元に届いていない。今回の舞踏会には、アデリナが懇意にしている貴族令嬢から借り受けたものを着用して、ファニーは臨んだ。

 公爵邸から馬車で王宮へ向かっている矢先、ファニーたちは暴漢たちの襲撃を受けた。かなりの手練れたちだったので、馭者と衛士そしてファニーの3人がかりで撃退したが、大立ち回りしたことにより、ファニーのドレスは泥まみれになってしまった。

 舞踏会に現れたファニーは、公爵軍の第一種礼装姿だった。舞踏会に出る淑女には似つかわしくない服装。腰の細さと胸の膨らみを気にしなければ、容姿端麗な少年剣士に見える。そんなファニーが、誰をダンスパートナーに選ぶのか。皆がファニーに注目する。

「お相手願えないだろうか」

 ファニーが向き合った相手は、クルップ公爵令嬢ルイーゼだった。曇りのない紺碧色アクアマリンブルーの瞳でまっすぐに見つめられたルイーゼは、相手が女性のファニーであるにも関わらず、頬を赤らめて頷いた。

 軽やかなステップで、ルイーゼを見事にリードするファニー。男性のステップを完全に再現する。女性同士なのに、皆がファニーとルイーゼのダンスに見とれている。ひとしきり踊ったあとファニーは男性式の礼をして、ルイーゼに笑顔を向けた。

「ふ、フランツィスカ様…」

 顔を赤らめたルイーゼは、ファニーの袖を掴んだ。

「このあと、しばしお話を…」

「ちょっと、よろしいかしら」

 ファニーとルイーゼの間に割って入ったのは、フリッツの妹ナディヤ王女だった。

「あなたの次におねーさまと踊るのは、わたくしですわ。お引き取り願えないかしら」

 ナディヤの眼圧に押されて、ルイーゼは引き下がる。ナディヤに迫られたファニーは、苦笑を浮かべて、ナディヤの相手を務めた。

 そのあと、3人ほどの有力な令嬢の相手をしたファニーは、バルコニーに出て夜風に当たった。そこに、ワイングラスを両手に持ってきたフリッツが現れた。

「聞いたよファニー。災難だったね」

 フリッツから差し出されたワインを、ファニーは神妙な顔で受け取った。

「うん。まあね。でも、幸い転じて福となすだよ。結果的には良かったかもしれない」

「どういうことだい?」

 フリッツの問いに、ファニーは答える。ファニーの馬車を襲った暴漢はルイーゼの手引きによるものだろう。そのルイーゼに好感を持ってもらうことができたから、今後こういうことは起こらないだろうということだった。

「こういう貴族同士の暗闘は、表沙汰にせず穏便に片付けることができたら重畳だからね。この舞踏会に出れて良かった」

 良かったという割には、ファニーは浮かない顔をしている。フリッツはバルコニーのテーブルにワイングラスを置き、自らが羽織っている外套をファニーの肩にかけると、ファニーに手を差し伸べた。

「エルツベルガー公爵令嬢フランツィスカ様。一曲お相手願えないだろうか」

 フリッツの差し出した手を見て、ファニーは太陽のような笑顔をフリッツに向けた。

「はい。よろこんで!」

 フリッツのダンスバートナーとなったファニーは、先程と打って変わって女性のステップを軽やかに刻む。フリッツの外套がスカートのように、はためく。外套一枚羽織っただけで、見事な演じ分けするファニーに、皆がため息を漏らした。


「舞踏会なんて、あまり経験がなかっただろうに、ホントに見事な立ち回りだったよ。やっぱりファニーは凄いね」

「まあ、あんなに大きな舞踏会に出たのは、あの時が初めてだったけど、実家ではよくダンスをさせられていたんだ。父から男性の、母から女性の踊り方を教え込まれた。両方させられて大変だったけど、結果的に役に立ったから良かったよ」

 二人は同時に窓の外を見やる。紅葉が風に舞って、聖夜の近づきを予感させる。これからしばらく大変になるだろうな。多忙ながらも幸せな日々が始まるであろう喜びを噛み締めながら、フリッツは秋の木漏れ日を眺めるのだった。




ここで、一旦区切らせていただきます。

並び替えをしたことで、最新話が一番古くなってしまったので、急遽エピソードをひとつ足しました。

いずれ、別立てで続きを書くかも知れません。

そのときに、お会いできたら幸いです。

淡雪様

これまで素敵な歌を使わせて下さり、ありがとうございました。貴重なインスピレーションのきっかけになりました。

では、また!

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