我が儘で無茶なお願いするけれど…
Yohukashi
叶えてあげたい僕の恋人
「やあ、フリッツ君。今日もいつも通り、いい具合にくたびれてるね。丁度いい具合のケーキを見つけてきたから、私と一緒にお茶でもしないかい?」
男装がとても似合う妙齢の華やかな女性が、ショートボブの赤髪を靡かせて、僕の執務室に乱入してきた。その背後から彼女のメイドが、おそるおそる声をかける。
「お、お嬢様。王太子殿下の執務室に、事前の面会希望も入れず、しかも侍従の方も通さずに入るなんて、おそれ多いことではないかと」
「いいんだよ。アデリナは心配性だな。フリッツ君と私の関係は、みんな知ってるんだ。そうだろ、フリッツ君?」
得意気に彼女は僕に話を振る。そんな彼女に僕は苦笑を浮かべる。
「まあね。僕の仕事は、ファニーのお願いを叶えるためのものでもあるからね。別に構わないさ」
「だろう。アデリナの心配は、ただの取り越し苦労なんだって」
ファニーは得意気に胸を反らせる。ファニーは公爵令嬢。東方の騎馬民族から国を護る武門の家柄なので、彼女も武芸を嗜む。東方で大規模な武力衝突が起きたときに、彼女と
丁度そのときに、僕のメイドがティートロリーを押して入室してきた。皿にはケーキが乗っている。あれがファニーが
メイドが退出したのを確認した僕は、執務室のダイニングテーブルにファニーを
「ところで、どうなんだい?騎馬民族たちの反応は?」
紅茶を一口飲んだ彼女が問いかけてくる。僕は昔、やりたいことを見つけられなかった。たまたま剣技が得意だということで軍隊に入り、王族という身分と武勲で若くして旅団長少将になった。東方戦線でファニーと共に戦い、そして彼女の夢を聞いて、ようやく自分のやりたいことに気付いた。彼女の願いとは、
「騎馬民族たちと仲良く暮らしたい」
というもの。何百年も敵対関係にある騎馬民族との戦いを止めることなんて、夢物語もいいところ。彼女の親戚や知り合いも、騎馬民族との争いで財産を
「こんなこと言えるのは、王太子である君だけなんだ。私のお願い、聞いてくれないだろうか」
騎馬民族との間で和平が実現すれば、戦争で生命や財産が毀損したりしなくなるだけでなく、軍事予算の削減もできるだろう。それだけでなく、流通の活発化で経済発展も期待できるかもしれない。だが、何百年もだれも実現させたことのない、無茶なお願い。
「これこそ、王族の本懐なのでは?」
誰も実現させたことのない世界を築く。この夢に触発された僕は、軍務省から外務省へ移って、ひたすら騎馬民族との交渉に打ち込む毎日になった。度々、騎馬民族の要人に会いに行っているのだが、なかなか目ぼしい成果が得られない。二週間前にも行って、昨日帰ってきたばかりだ。大事な王国の跡取りが、何度も異国それも長年敵対関係の国へ行くのは好ましくないと、いろんな人が再考を促してくるが、それでも止めるつもりはない。
「まだまだ
「そうなのかい。私は進展を感じてるよ」
意外な彼女の言葉に、僕は戸惑った。
「えっ、どういうことだい?」
僕はまじまじと彼女の瞳を見つめた。よほど驚いた顔をしていたのか、彼女は左手で口許を隠してクスクスと笑いだした。
「国境付近での
「そうなのか?」
「そうだよ。君の交渉団も襲われたりしていないだろ」
ファニーはフォークでケーキを適当にカットして口へと運ぶ。満足そうに
「喜んでくれて嬉しいよ。我が儘で無茶なお願いしているのは分かっているんだ。でも、今の私には、たまにケーキでも持ってきて君を労うことくらいしかしてあげられない。もっと近くで、君の力になってあげたいんだけどな…」
憂いのこもったファニーの瞳。いかん、もう駄目だ。ホントは、目ぼしい成果を挙げてから申し込みたかった。騎乗する凛々しくも美しい戦場での君。領民を護るために先頭をきって馬を疾走させる君。戦いが終わって、敵味方を問わずに哀悼を捧げる君。舞踏会でつまらなそうに
「あのさ、ファニー。大事な話があるんだけど」
「なんだい?」
…………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます