我が儘で無茶なお願いするけれど…

Yohukashi

叶えてあげたい僕の恋人

「やあ、フリッツ君。今日もいつも通り、いい具合にくたびれてるね。丁度いい具合のケーキを見つけてきたから、私と一緒にお茶でもしないかい?」

 男装がとても似合う妙齢の華やかな女性が、ショートボブの赤髪を靡かせて、僕の執務室に乱入してきた。その背後から彼女のメイドが、おそるおそる声をかける。

「お、お嬢様。王太子殿下の執務室に、事前の面会希望も入れず、しかも侍従の方も通さずに入るなんて、おそれ多いことではないかと」

「いいんだよ。アデリナは心配性だな。フリッツ君と私の関係は、みんな知ってるんだ。そうだろ、フリッツ君?」

 得意気に彼女は僕に話を振る。そんな彼女に僕は苦笑を浮かべる。

「まあね。僕の仕事は、ファニーのお願いを叶えるためのものでもあるからね。別に構わないさ」

「だろう。アデリナの心配は、ただの取り越し苦労なんだって」

 ファニーは得意気に胸を反らせる。ファニーは公爵令嬢。東方の騎馬民族から国を護る武門の家柄なので、彼女も武芸を嗜む。東方で大規模な武力衝突が起きたときに、彼女とくつわを並べて戦ったのがきっかけで親しくなった。王国にとって重要な家門なのだが、王家とは微妙に距離を取っていて、王家と公爵家には血縁関係がない。強力な武門の公爵家の最有力令嬢と僕の仲がいいことが、父である国王やその側近たちに知られてからは、是非とも縁談に持ち込みたいと、皆がファニーを特別扱いしてくる。僕の侍従も、ファニーの来訪に気付いたら、呼び止めることをしないどころか、進んで僕の執務室の扉を開ける始末なのだ。

 丁度そのときに、僕のメイドがティートロリーを押して入室してきた。皿にはケーキが乗っている。あれがファニーが見繕みつくろったケーキか。相変わらずセンスがいいなと感心する。

 メイドが退出したのを確認した僕は、執務室のダイニングテーブルにファニーをいざなった。ケーキは三つ。僕とファニー、そしてアデリナの分だ。ファニーは自分の側仕えを大事にする。そういう彼女の姿勢も、僕は大好きだ。

「ところで、どうなんだい?騎馬民族たちの反応は?」

 紅茶を一口飲んだ彼女が問いかけてくる。僕は昔、やりたいことを見つけられなかった。たまたま剣技が得意だということで軍隊に入り、王族という身分と武勲で若くして旅団長少将になった。東方戦線でファニーと共に戦い、そして彼女の夢を聞いて、ようやく自分のやりたいことに気付いた。彼女の願いとは、

「騎馬民族たちと仲良く暮らしたい」

というもの。何百年も敵対関係にある騎馬民族との戦いを止めることなんて、夢物語もいいところ。彼女の親戚や知り合いも、騎馬民族との争いで財産を毀損きそんしたり傷ついたり亡くなったりしているはず。なのに、こんなことを言える彼女が、とてもまぶしく映った。

「こんなこと言えるのは、王太子である君だけなんだ。私のお願い、聞いてくれないだろうか」

 騎馬民族との間で和平が実現すれば、戦争で生命や財産が毀損したりしなくなるだけでなく、軍事予算の削減もできるだろう。それだけでなく、流通の活発化で経済発展も期待できるかもしれない。だが、何百年もだれも実現させたことのない、無茶なお願い。

「これこそ、王族の本懐なのでは?」

 誰も実現させたことのない世界を築く。この夢に触発された僕は、軍務省から外務省へ移って、ひたすら騎馬民族との交渉に打ち込む毎日になった。度々、騎馬民族の要人に会いに行っているのだが、なかなか目ぼしい成果が得られない。二週間前にも行って、昨日帰ってきたばかりだ。大事な王国の跡取りが、何度も異国それも長年敵対関係の国へ行くのは好ましくないと、いろんな人が再考を促してくるが、それでも止めるつもりはない。

「まだまだ余所余所よそよそしいね。もう五年もたつんだけど、少しでも進展があれば、やりがいがあるんだけどなあ」

「そうなのかい。私は進展を感じてるよ」

 意外な彼女の言葉に、僕は戸惑った。

「えっ、どういうことだい?」

 僕はまじまじと彼女の瞳を見つめた。よほど驚いた顔をしていたのか、彼女は左手で口許を隠してクスクスと笑いだした。

「国境付近でのいさかいごとが、明らかに減っているんだよ。今年は紛争すらなかった。君の努力は、確実に実を結んできているよ」

「そうなのか?」

「そうだよ。君の交渉団も襲われたりしていないだろ」

 ファニーはフォークでケーキを適当にカットして口へと運ぶ。満足そうに咀嚼そしゃくする彼女の表情に、僕の胸はポカポカと温かくなった。僕も彼女に倣ってケーキを一口。美味しい。何で彼女は、僕の好みが分かるのだろうか。僕がケーキを食べているところを、ファニーがしげしげと見つめてきた。

「喜んでくれて嬉しいよ。我が儘で無茶なお願いしているのは分かっているんだ。でも、今の私には、たまにケーキでも持ってきて君を労うことくらいしかしてあげられない。もっと近くで、君の力になってあげたいんだけどな…」

 憂いのこもったファニーの瞳。いかん、もう駄目だ。ホントは、目ぼしい成果を挙げてから申し込みたかった。騎乗する凛々しくも美しい戦場での君。領民を護るために先頭をきって馬を疾走させる君。戦いが終わって、敵味方を問わずに哀悼を捧げる君。舞踏会でつまらなそうにたたずむ君にダンスを誘うと、太陽のような笑顔で応じてくれた君。いろんなファニーが目蓋の裏に映る。鼓動が一気に跳ね上がってきた。こんなに眩しい君と僕は釣り合っているんだろうか?こんな場で、こんなに唐突に、何の準備もなしに、しかも同席者までいて、いいんだろうか?でも、もう自分を押さえていられない。もう覚悟は決まった。干上がった口内に潤いを与えるべく、紅茶をひとすすり。そしてティーカップをソーサーに置いた。

「あのさ、ファニー。大事な話があるんだけど」

「なんだい?」

…………

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