刺さる言の葉

十三番目

刃と大木


 心を突き刺す言葉は二種類ある。


 一つは、余計な言葉だ。

 わざわざ言わなくてもいいのにと思わせる言葉には、人の柔い部分を突き刺す力がある。

 誹謗中傷ほどの力はないが、特定の誰かの心を抉るには十分な力を有しているのだ。


 相手の受け取り方に問題があった。悪意はなかった。

 そんな意見もあるかもしれないが、今は横に置いておくとしよう。

 何故なら、今回の要点はそこではないからだ。


 余計な言葉は荒くなるほど威力を増す。

 刃物のように尖った切先で、誰かの心を時には浅く、時には深く突き刺していく。


 傷を癒すためには刃を抜く必要があり、抜いた直後には心血が流れる。

 そして、場合によっては傷跡が残ることもあるだろう。


 心を突き刺すなど碌な事には思えないが、もう一つは違っている。

 何故なら、突き刺さった物を抜く必要がないからだ。


 ローマ神話で登場する神に、恋のキューピッドがいる。

 背中には翼、手には弓矢を持っており、放った矢に当たった者は恋心を抱くのだ。


 言葉にも、不意に刺さる矢というものがある。


 それは誰かに言われた言葉かもしれないし、本を読んでいて出会った言葉かもしれない。

 はたまた、アニメや映画、街中で見かける広告を通して得た言葉かもしれない。


 意図せず心にトスッと刺さり、感動や勇気、再び立ち上がる強さを与えてくれるのだ。



 私は学生時代、心を病んだことがある。


 毎日死にたいとしか思えなくなり、世の中が真っ暗で希望のないものに見えていた。

 どんどんおかしくなっていく子どもに、両親は相当なストレスを感じていたはずだ。


 それでも、手を離さず握り続けていてくれた家族のおかげで、私は今日も生きている。

 今では最愛の猫とも出会え、家族にはどれだけ感謝してもしきれないくらいだ。


 ただ、あの頃の私にそんな未来は視えていなかった。


 ネガティブで、傍に居るだけで憂鬱になりそうな存在。

 とても近寄りたいとは思えない雰囲気の人間だったが、そんな私にも友人はいた。


 友人──Aは看護学生で、現在は立派な看護師になっている。


 数少ない友人の中で、Aにだけは悩みを口にしていたが、心の病だけは長らく明かすことができずにいた。

 しかしある日、とうとう打ち明けてしまった。


 電話越しで沈黙したAに、心が潰れそうなほど苦しくなったのを覚えている。

 何を言われるか分からない不安で、すぐにでも通話を切ってしまいたかった。


 Aはしばらく沈黙を続けた後、ぽつりとこう言った。


「心理学とか学んでみようかな」


 意味が分からず、「……へ?」なんて間抜けな声が溢れ落ちていく。


「そうしたら、貴方の気持ちが少しは理解しやすくなるかもしれないでしょ?」


 打って変わって明るい口調になったAは、「いい案じゃない?」とでも言うように話しかけてくる。


 ──その時、刺さったのだ。


 心にプスッと刺さった矢は、時間と共に芽吹き、枝葉を広げていった。

 やがて幹が太くなり、心に深く根付いたころ、私はそうそう挫けぬ人間となっていた。


 言の葉一つ。

 されど育てば大木となる。


 たとえ意図せず発した言葉でも、誰かの人生を大きく左右する支柱になり得るのだ。


 Aとは現在も友人で、たまに遠出したりしている。

 ふと気になり、運転中のAに何気なく聞いてみたことがあった。


 あの時、Aがどんな気持ちで話していたのか知りたくなったのだ。

 今なら聞けるだろうと思い問いかけてみたが、Aの返事は「そんなこと言ったっけ?」である。


 まさかの返しに驚いたものの、Aらしいと腹を抱えて笑った。

 こんなところも好きだったのだ。


 変わらないAに、思わず浮かんだ涙を笑いのせいだと誤魔化した。



 言葉には力がある。


 鋭い刃のように突き刺さるものもあれば、いずれ支えとなる未来が込められたものもある。


 私は今、作家を目指すようになった。

 電車の中や深夜のベランダ。

 猫の転がる室内で、筆を取り考え続けている。


 どんな作家になりたいかと。


 幼少期からの影響で、書いているのはファンタジーばかりだが、そのどれもに共通して込めている感情がある。

 誰かの心に刺さりますように。

 そして願わくば、一つの支えとなれますように。


 私は言葉によって誰かの心を支えてみたいし、人生の一助になってみたいと思う。

 この先、たとえ誰かに「お前では無理だ」と刃を突き立てられる日が来たとしても、私は小説を書き続けていく。


 言葉にしかできないことがある。

 言葉にしかできない救い方がある。


 その事実を知っているからこそ、筆を折るという選択肢が私に刺さることはない。


 何故なら私の心には、決して折れない大木が育っているのだから──。


 

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