第2話 ずっと前から分かってた……。


 今日もあの人は出張らしい。

 芸能界のマネージャー? をしているらしくて。売れっ子アイドル(女優さんもいるんだっけ?)を担当しているため、地方を転々としているみたい。

 昔から家に帰ることなんて滅多になくて……それ、親としてどうなんだと思ったけど、ひとり息子の正樹はまったく気にしていないらしい。


 小学校教師をしていた頃の正樹も多忙だったらしくて、父親が帰ってこなくても気づかなかったみたいだし、それどころじゃなかった……。

 兄弟がいなければ本当の母もいない。彼が誰にも悩みを吐き出せずに心の内に閉じ込めてしまって、やがて爆発し、今に至ると思えば同情はできるけど……。


 思えば、彼は先生で、わたしは夜のお仕事で……正反対の道へ進んだなあ、と思う。

 正反対な親子になってしまったなあ、と。


「……夜のお仕事は楽しかったけどさあ」


 あの人が、「仕事を辞めて家にいてほしい」と言ったから辞めたけど、個人的には続けたかった。別にえっちなお店じゃなかったし。

 芸能界の人がよくやってくる、お喋りをする場だ。

 だから色々な出会いがあって面白かったのだ。

 あれはあれで充実していた……もちろんトラブルも多かったけど。


 こっちは一応店員だから、立場は弱かった。

 それにかこつけて無理やりしてくる人もいたし、事実を後で捻じ曲げられてなかったことにされたこともある。その分、お金だけは貯まっていったんだけどね。

 嫌なこともあったけど嬉しかったこともあった。どんな仕事もそんなもんじゃない?

 とは、さすがに正樹には言えないよねえ。


「なにがあって仕事を辞めて……家に引きこもって塞ぎ込んでるのか分からないとさ……さすがになにも……言えないし」


 たとえ親でも。

 親だから、という立場で踏み込んでいい話ではないのだ。

 そういう力づくが一番、反抗的にさせてしまうから。

 ……でもこのまま放っておくのは……、旦那のお金があるから息子ひとりが働かなくなっても困りはしない。けど、正樹にとって良いことではない。


 って、すっかりとわたしは母親の思考になっている。相手は同い年で、中学の同級生なのに。

 母という立場になると自然と母性が出てくるのかな……。



 結婚をしてもやっぱり遊びたい気持ちはあった。

 夜の仕事をしていた時のように、派手な服で髪も金色に染めて――町へ出る。


 慣れ親しんだ渋谷を巡って一日中を楽しんだ後、そろそろ地元のスーパーで買い物をして帰らないといけない。と言ったけど、帰るのが遅くなっても正樹は文句を言わないだろうし、というか、自分で勝手に生きていくだろうし……。

 でも、母として面倒は見ないといけない。

 ずけずけと心に踏み込むつもりはないけど、彼には寄り添う誰かが必要だと思ったから。

 それは、わたしでもいいんじゃないかな?


「今日は夜、なに作ろっかなー」

 と、献立を考えていると……見てしまった。


 タクシーから降りてきた旦那だ。

 そして、彼が手を取った、綺麗な女性……年齢は若く見える。

 わたしと同い年? ……あの人の周りには、若い子が多過ぎる気がする。


 担当しているアイドルか女優さんかもしれない。

 そう思って声はかけなかったけど、旦那の手がそっと腰に回され、ふたりの体が密着していた。でことぼこが噛み合うようにぴったりと。……え?


 そして、遠目だったのでちゃんと確認はできなかったけど……キスしてた?

 キスしてたよね?

 口と口で深めのやつ!!


 カッとなって追いかけようとしたけど、交差点が赤信号になってしまった。後ろには人混みがあって、前へ進むしかない。

 信号を待っている内に旦那と女を見失ってしまい、仕方ないので旦那に電話をかけるけど、もちろん出てはくれなかった。


 仕事中は出られないと言っていたし、かけるなとも言われていた……つまり、こういうことだったのね。

 旦那は仕事だ出張だと言いながらもたくさんの若い女と遊んでいた。結婚したのはわたしだったけど、彼には結婚していない別の女がたくさんいて……。


「……じゃあ、なんでわたしと結婚したんだろ……」


 雨が降ってきた。

 予報外れだった。

 傘なんて持っていない。

 慌てて駅に入り、そのまま電車で地元まで戻る。


 買い物はしなかった。

 雨に当たりながら、わたしは旦那と息子が住むマンションへ戻った。


 帰宅すると、ちょうど息子が部屋から出ていた。

 彼がわたしに気づいて目を丸くする。

「え、びしょ濡れだけど……。傘は? お風呂入った方がいいんじゃないの?」

「まずはおかえり、でしょ?」

「今の義母さんの顔を見ておかえり、とは一発目に出ないよ。……なんかあったの?」


 言うか迷ったけど、言わないわけにもいかなかった。

 とにかく吐き出したかったわたしのわがままだ。


「あの人が浮気してた」

「あー……」

「浮気してた!!」

「うん」


「仕事で担当してるアイドル? 女優!? 分かるけどっ、たぶんコミュニケーションの一環なんだって言い聞かせて納得しようとしてるけど無理でしょ!! 密着してキスしてこんなの浮気じゃなければなんだって言うのよ教えてよ正樹!!」


 ついつい早口になってしまう。

 それくらい抑えられない衝動があった。


 わたしと結婚するくらいだから歳の差は気にしないだろうし、股の締まりが悪いのだろうとは思っていたけど、まさかわたしと近い年齢の子と浮気をするなんてっ。

 じゃあわたしでいいじゃん!!

 顔だって、メイクをすればもっと綺麗になるし!!


「義母さん、とりあえずお風呂に入りなよ。シャワーを浴びて落ち着いて……」

「なんでうわきすんだよぉ……」


 息子に言っても仕方ないことだけど、息子だから、父親の気持ちが少しくらいなら分かるんじゃないかって期待した。男だし。女には分からない衝動があるのかもしれないし。

 本能、だとしても、女の子に――なによりも妻にしていい仕打ちじゃない。

 ナイフで胸を抉られたくらいに、痛い……。


「…………父さんはさ、義母さんだけじゃないんだよ」

「…………」


「結婚したのは義母さんだけど、もっとたくさん、愛人はいるよ。昔からそうだったんだから。僕の義母さんは、だからたくさんいる。同い年はさすがに初めてだけど……。

 きっと、父さんからすれば結婚はキープなんじゃないか、って思うんだ。結婚して、満足して、愛人に意識が向くというか……」


「なにそれ……」

「手元に置いたものには興味を失くす、みたいな感覚?」

 さらっと酷いことを言っている。

 彼が納得しているということは、男ってみんなそうなわけ?


「でも、愛してるとは思うよ? じゃないとすぐに捨てると思うし」

「離婚されてないからまだわたしを見てくれてるってこと?」

「うん。父さんはさ、愛情が多方面に向く人なんだよ」

「ダメでしょ」

「だよね。なんも言い返せないなあ」


 ひとつの方向に向くから結婚したはず。

 それを誓うことが結婚じゃないの?

 なのに別のところを見るなんて……。


「ひどい」

「うん。でも仕方ないよ、父さんだし」

「なにそれ……」


「だって僕は昔から見てきたから。ああ、いつものだなって……、だからこれから先の流れもなんとなく分かってる。離婚するつもりだったなら、搾り取れるだけ搾り取っていった方がいいよ。父さん、不思議なことに稼ぎだけはたくさんあるからね」

「…………」


 彼はわたしたちが離婚することを視野に入れている。まあ、ここまでくればそうなるって予測はつくと思うけど……。

 結婚して、すぐに離婚かあ……。でもそうなると、周りから歳の差を理由に「やっぱりね」と言われそうだ。なんだか、それは気に食わなかった。


 離婚したいけどしたくない。

 複雑に感情が蠢いていて、気持ち悪い……。


「義母さん、震えてる。体が冷えてるから、早くお風呂に入ってきなよ」

「……うん」


 そっと送り出してくれる息子。

 義理の息子。

 わたしは、離れていく温かい彼の手を取った。


「今日は一緒に入ろうか」

「え、嫌だけど」

「なんでよ親子でしょ」

「親子はこの年齢ではもう入らないけど……」

「タオル巻くから…………お願い……」

「…………分かったよ」


 親子だけど同級生。

 かつてのクラスメイト。


 わたしたちは初めて、裸の付き合いをする。



 続

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同級生が義理息子 渡貫とゐち @josho

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