同級生が義理息子

渡貫とゐち

第1話 親子の朝は。


 二十五歳差の結婚なんて珍しいことでもない。

 わたしの周りなんて三十とか四十の差ばかりだ。

 それを考えたら、わたしの年齢差なんて可愛いものでしょ?


 ――夫が四十九歳。

 ――妻であるわたしが二十四歳。


 そして義理の息子が二十四歳だった。

 ……同い年、しかも知っている顔だ。


 というか中学の同級生だった……。



「おはよう、義母かあさん」

「あ、うん……おはよう、正樹まさき


 信楽しがらき正樹。

 わたしが知っている彼は、メガネをかけた真面目君だった。

 好きで勉強をしているタイプで、親からの強制ではなかった、と言っていた。だから教育ママに強制されている子よりは心の余裕があって、クラスでも中心グループにいるような生徒だったことは覚えていた。


 実は可愛らしい顔をしている、と女子の間で話題になっていたのだけど、毒にも薬にもならない優しそうなだけの顔は話題になっても人気はなかったんだけど……。

 わたしも、当時は「ない」だったしね。


 彼は当時から、しばらくは見た目が変わらなかったらしい。

 家のアルバムを見せてもらったけど、中学を卒業してからも見た目に変化はなかったようで、高校を卒業し、大学――から、小学校の先生になるまでは中学生の彼がそのまま成長したような好青年だった。


 それが今では…………、

 メガネはかけていないけど(コンタクト?)……、髪は伸び、後ろで結んでいた。

 ずっと家にいるから日にも当たらず、羨ましいくらいに白い肌だった。

 体の線は細く、中性的にも見える。


 そんな義理の息子だ。

 ちなみに働きに出ているわけではない。部屋でなにかやっているみたいだけど、わたしには教えてくれないのでなにをしているのやら……だった。リモートなんとか、かな?

 元先生なんだし、持っているだけだともったいない技術があるだろうし、使わなきゃ損だよね。


「正樹、朝ごはんは……食パンでいいよね?」


 息子は冷蔵庫を開けてヨーグルトをひとつ取っていた。

 彼は悩んだ末に、「あ、うん。じゃあもらう」と言った。わたしが聞かなかったらヨーグルトひとつで済ませていたかもしれない。足りないでしょ、それじゃあ。


 食べ盛りって年齢でもないけど、それじゃあ軽食にもならないよ。

 微食だ。美食家ならぬ微食家だ。

 親子揃って、あまり食べないらしい。

 まあ、作ってあげれば食べるのだろうけど……。

 あの人も、作り過ぎたらちゃんと全部食べてくれる人だ。


 残り一枚となった食パンをトースターで焼く。

 毎日焼いているから黒くならないように焼くのが上手になってきたのだ。

 そう、コツはずっと見ていることだ。黒くなる前に止めればいいでしょう?

 おまかせモードを信用していないわたしである。


 それから、チンッ、と。

 今日も上手く焼けた食パンをお皿に乗せて息子に渡す。ジャムかバターか、は分からないのでお任せするとして、わたしは作っておいたスクランブルエッグを食べることにした。


 わたしが持つお皿に気づいた息子が、


「それも美味しそうだね」

「あげないよ。……食べたいの?」

「手間になるなら別に……」

「食べたいかどうかを聞いてるんだから、質問に答えて。手間とかまだどうでもいいでしょ」


 眉をひそめた義理の息子が鬱陶しそうにしながら。

 ……なにその態度。

 中学の時はそんな顔、一度も見せたことなかったのに。

 だけど、もちろんそれは当然なのだ。


 だってあの時は同級生。


 でも今は――、



 母で息子で。

 義理でも、親子なのだから。



 あの時は見せなかった顔を見せるようになるし、見れる状況にいる。

 彼のあんな顔やこんな顔も、今のわたしなら見放題なのだった。


「食べたいよ。作るの手間じゃない? 手間がかかるなら作らなくてもいいよ」

「うん、じゃあ作らない。めんどくさいし」

「……ちっ」

 え、舌打ちが聞こえてきたんですけど。


 気になったことは忘れてしまおう。

 彼は重そうな溜息を吐いて、食パンにバターを塗っていく。

 わたしは先に「いただきます」と言ってから、スクランブルエッグを食べ進めた。


 食卓は静かだった。


 最近だと珍しくもないけど、うちにはテレビがなく、会話がなければ音がなかった。

 ニュースも天気予報もスマホを見ればいいから、必要ないってことに気づいてしまったのだ。……旦那が唯一、テレビを見る派だったみたいだけど(年上だしね)、家に滅多に帰ってこないので、気づけば埃を被っていたテレビも最近になって処分したのだった。


 使われないならリサイクルショップに出した方がみんなが幸せになるからね。

 なにより、見られていないテレビが可哀そうだから……。


「……あのさ、正樹」

「なに?」

「その、義母さんって……やめてくれる?」

「どうして? だって義母さんでしょ」


 それはそうなんだけど……。

 同い年の男の子から義理とは言え、「母さん」と呼ばれるのは特殊なプレイをしているみたいな感覚になる。外から見ればそのままプレイに見えるんじゃないかって思うし。

 というか、そっちはなんで平気なのよ。

 中学の同級生を、母さんと呼ぶことに抵抗はないの?


 彼はわたしの質問に頷いた。

「別に。役職、肩書き、みたいなものだよ。父さんの結婚相手、僕の母親――だから母さん。同級生だろうが母親なんだから母さんと呼ぶよ……その方がきっと分かりやすい」


 正樹との距離感は、結婚前に最低限の挨拶として会った時と変わっていなかった。

 その時から正樹は仕事を辞めて家にいて……当時は一番、荒んでいた時期だったから仕方なかったのかもしれないけど……。

 父親の結婚相手がわたしであることに反対意見はなかった。


 好意も憎悪もなかった。眼中になかったのかもしれない……。

 だけど、落ち着いた頃にまた聞いてみても、彼の意見は変わらなかった。

 はっきりと事態を把握してからも……戸惑いこそあったけど、わたしのことを母として認めてくれて……。まあ、一切の抵抗なく受け入れられてもそれはそれで怖かったけど。

 でもあの対応は…………まるで初めてじゃないみたいに。


 感じられたのだ。

 それもそれで不安だった。


「それとも名前で呼んでほしいの? でも母さんを名前で呼ぶのも変じゃないかな?」

「わたしたちは義理なんだからおかしくないよ。そっちが普通だと思う」

「ふうん。じゃあ――」


 と、そこで正樹の口が止まった。

 …………。


 ……え、もしかして……。

 わたしの名前、忘れてる……?

 同級生だよね!?


「ははーん、だから『母さん』と呼んでる、と……ふうん?」

「ごめん……」


 言い訳をしてほしかった。

 謝られるとよりショックだったよ!


「はぁ。信楽 あさ……二度と忘れないでよね?」


 義理の息子は、「はい」と反省するように首を縮めて頷いた。



 それでも、彼は変わらずわたしを義母さんと呼び続けたけれど。

 ……もういいけど、わたしは一応、やめてと言い続けておいた。

 それがコミュニケーションになっていたからだ。


 ――わたしたちの関係性は、親と子であり、義理でも親子なのだ。


 そう、これからも、ずっと。


 そのつもりだった…………のに。



 続

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