祭り

 バスケを怪我で引退した後、バスケ部のみんなと疎遠になった。俺は自分から話しに行くタイプでもなく、まあ縁が切れたならと、一人で過ごす時間が増えた。

 かと思ったら、友人が常に横に来るようになった。

「お前、どこの大学行くん? 俺もそこにするわ」

「勉強でけへんことはないけど、めんどいし」

「ピアノやらされとったて言うたっけ。なんかで賞もろてから、もうやりたない言うてやめたった」

「あー俺足まあまあ早いやろ? せやけど生かすつもりとか、特にあらへん」

「普通でええねん、普通で」

「スパイダーマンにはなりたないもん」

 今まで聞いた、友人の色々な話が思い出される。そんな友人は相変わらず生首で、俺の膝の上ですやすや眠っている。スパイダーマン。観たことがなかったのであの言葉の意味があまりわかってなかったけど、今は知った。

 大いなる力、大いなる責任。ハイリスクのハイリターン。

 友人の胴体はまだ友人の元にはない。


 職場近くの駅が人でごった返しており、担当の園児や同僚の保育士が浮き足立っていた。駅から遠くない場所にある神社で祭りが行われるのだ。イベントが色々と企画されており、子供が楽しめるバルーンを使った体験ブースや、特設ステージでのダンスや演奏の催しなど、まあとにかく、延々と賑わっている。

 その様子について話すと、友人は行きたがった。承諾し、すっかり馴染みになった鞄の中へ入れて、人だらけの駅まで引き返した。夜に近づくに連れて、人の数が増えている。かぼちゃを被ったコスプレ姿の子供とすれ違い、そういえばハロウィン付近か、と思い出す。華やかなドレスの女の子や、吸血鬼マントを羽織った男の子もいた。

 友人は鞄から顔を堂々覗かせて喜んでいる。お祭りだし、コスプレの人もいるので、生首な友人は小道具のように見えるみたいだ。たまに、すれ違った子供が笑い声を上げている。上げられるたび、友人はシャーッと口から威嚇音を出す。

「満喫してるね」

「おん、ええ感じや。後でなんか買うてくれ」

「いいよ。何食べる」

「口だけで食えるから、フランクフルト」

 焼きそばやお好み焼きだと箸がいる。それはそれとして、友人は何か食べると、すぐに吐く。

「吐くのはしゃあないやろ。胃袋ここにあらへんし」

「でも、じゃあ、食べる必要ないよね?」

「せっかくの祭りでなんも買わんとかギャグやろ!」

 と言い張られたため、会場をぐるりと歩いた後に、フランクフルトを二本買った。

 ちゃんとトイレの近くで食べた。俺も一本かじって、友人は言葉通り口だけでもりもり咀嚼し、美味いと喜び、トイレ! と叫んだ。

 生首の耳あたりを両手で挟み、便器に向けて傾けた。噛まれて惨くなったフランクフルトが、粘ついた糸を引きながら吐き出されていった。

 汚れた口周りを拭いてやり、

「お口ガラガラする?」

 園児相手のように聞いてしまった。友人はきょとんとしてから声を上げて笑い、ほなよろしく、と口を開けて見せてきた。

 生首状態は、不便だ。五体満足の俺だけど、そんなことは、毎日のように見ているからわかる。お口ガラガラを俺に介助してもらう友人が、どう考えているのかだけは、ずっとわからない。

 本当にわからない。だってもう、十年経っている。

「職場でさ、俺もうすぐ、園長になると思う」

 友人を鞄に入れず腕に抱えながら歩き出す。

「男だし、変質者とか、変な親御さんとかの抑止力にもいいからって、昇進するみたい」

「へえ? 良かったやん。お前、子供好きやろ」

「うん、好き」

 世話しなきゃいけないところが好き。

 ここまでは口に出さなかったけど、

「そうやなかったら、俺とずっと一緒におったりせんもんな」

 友人はすべてわかっている口ぶりで、そう言った。


 高校の頃から、友人は世話が焼けた。宿題を忘れる、ノートをとっていない、俺の弁当を横から食べる。

 彼女を作っても俺のところに来る。大学時代のバイト先にしばしば現れる。社会人になった後の飲み会では俺が連れて帰るからととにかく酩酊する。

 そんな友人の世話をしてきた。今もしている。

 でも友人は、これらをわざとやっていたんだってことを、俺は今ここでやっと知った。


 離れた場所の特設ステージから大歓声が聞こえてきた。子供に人気の有名人が来たようで、そばにいた天使姿の女の子が、観に行きたいとぐずり始める。

 その子のお兄さんらしい小学生くらいの男の子が、女の子の手を握って一緒に行こうと笑いかけた。男の子は赤と青が夜でも鮮やかな、蜘蛛の男の服を着ていた。

「あのさあ」

 俺の腕の中で友人が話す。

「俺、近くに体があったらわかるセンサーあるて、言うたやん?」

「うん、聞いた」

「残り香みたいなんも、わかるねん」

「……ああ、そうなんだ」

「そうや。せやからまあ、五年くらいわかっとったよ」

 少し止まるが、思い切って聞いてみた。

「俺が胴体、隠し持ってるってことを?」

「そう、お前が胴体隠し持ってるってことを」

 静かな口調で、肯定された。


 天使の女の子とヒーローの男の子は雑踏の中に向かっていった。その後ろを母親が追い掛けて、また歓声が聞こえてくる。

「お前、俺にずっと、生首でいて欲しいんか」

「……どうだろう、わかんないや」

「はー……まあ、そんならそんで、ええけどな。どっちにしろお前が世話してくれるんやったら、俺はそれで」

 ポテトと焼き鳥の匂いが風に運ばれてくる。友人を抱えたまま、俺は特設ステージ方向に背を向ける。園長になる話の続きなんだけど。そう口に出して、帰路を辿る。

「仕事、忙しくなっちゃうから、一緒に住みたい。通うの、難しくなると思うんだ」

 友人はカッと目を見開いた。何か言おうとして口が開き、一旦閉じてから、また開いた。

「普通の生活、させてくれよ」

 俺はもちろんだと即答する。大いなる力も大いなる責任も、友人には伴わない。

 膨らんで弾け散りそうな祭りから、ゆっくり確実に遠ざかる。俺はふわっと欠伸を漏らした友人を鞄に入れて、この先の生活について思案した。

 平凡で平和で普通の日々を友人と共に送るために、夜中に向かって歩きながら考え続けた。

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首だけの友人 草森ゆき @kusakuitai

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