心臓
友人がむずかしい顔をしながら転がり回っていた。もちろん生首なので、首だけがごろごろごろごろ、アパートの床をあっちに行きこっちに行きだ。
運動しているのかと思ったが、ちがった。
「もうほぼ揃ってんのに、なんでやねん!」
そう吠え始めたので、なるほど憤っているのかと合点がいった。
なにせごろごろする生首の周りには、両手両足のみが転がっているのだ。
俺と友人は、かなりの数のコインロッカーをたずねた。旅行気分だった時もあり、観光都市はコインロッカーが多いのではと行ってみた日もあり、無事に見つけた記念日もあり、生首と一緒に有名温泉に浸かってみた思い出もありと順調だったのだけれど、詰んだ。
胴体だけが、どうしても見当たらない。
最新で見つけた右手からしばらく経っているのだが、両手両足は揃っているのだが、胴体がないばかりに友人はずっと生首だ。
ごろごろと不貞腐れている友人を拾い上げる。俺の手の中で動きたそうに抵抗したが、ベッドに座って膝に乗せると、一応おとなしくなった。けっこう月日が過ぎたので、髪がずいぶん伸びている。転がっていたのでぐしゃぐしゃだ。
友人のために買ってきた髪ゴムで、ひとくくりに縛ってあげた。友人はおおきにと言ってから、眼球だけを動かしてこっちを見上げた。
「俺なあ、首だけになって、ずっと考えてることがあんねんけど」
「ん、どうしたの」
「俺がこうやって生きとるんって、心臓は胴体の中でちゃんと動いとるってことやんな?」
三秒くらい考えてみる。多分、そうだと思う。しかしそうだとすれば、危険を感じる。
「もし、俺たち以外が胴体を見つけて、遊びに使ってぼろぼろにしちゃったら、生首のまま死んじゃうのかな?」
危険をそのまま口に出すと、友人はうえっと声を漏らした。
「嫌な話すんなや! 心臓グサーとか、下腹部パカーとか、されてもうたらどうすんねん!」
「されちゃったら……死ぬんじゃ?」
「いやおいマジレスすんなや、背筋寒なったわ」
「背筋、ないよ」
「どっかのコインロッカーにあるんじゃボケ!」
友人を怒らせてしまった。慌てて謝り、ベッドの上にそっと友人を安置してから、床に転がっている両手両足一覧をざっと見る。皮膚の劣化もなく、腐敗もしていない。取れた時のままなのだろう。
どれにしようか悩んだが、わかりやすいので右手にした。拾い上げてから友人の隣に座り、腕の辺りを掴んで掌を自分の方へと向ける。何してんの、と友人が聞く。いやちょっと、どうなってるのか知りたくて。何が。うーん、連携とか。
話しながら、友人の右手と握手した。ぎゅっと握るとほんのり暖かく、血が通っている、と驚いた。爪の色も健康的で、腕だけの状態には、まあ見えない。
握り返しては来ない。友人に視線を移すと、変なところをくすぐられているような奇抜な表情を向けられた。
「あー、あーー、それ、それ嫌や」
「えっ、もしかして感触ある?」
「あると言えなくもない、ないと言えなくもない、なんやわからんけど遠いとこがもぞもぞはして、なんで反応しとるんかわからへん」
「幻肢痛みたいな……?」
「なったことないから知らんて」
友人は奇抜な表情のまま左右に顔を揺らす。
「せやけどこれやったら、心臓グサーされたら一発でわかりそうや」
なんてことを言う時だけは、いつものふてぶてしい雰囲気の顔に戻った。
今度は俺がもぞもぞした。生首状態だったなら、ごろごろもしていたと思う。早く胴体を探して、友人の安全を確保しなくてはならないと言う気にさせられた。生首のまま、動かなくなる前に。
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