館
図書館に行くので今日は体を探せないと友人に言った。友人は了解と言った後に、ごろごろ転がって自分から俺の鞄へと入った。たいへん器用な入り方だった。生首人生に、かなり慣れているようだ。
「図書館で何すんねん」
「借りた本を返して、新しく本を借りる」
「お前、そんな読書家やったっけ」
「絵本ばっかり借りてるよ」
友人は噴き出して笑った。
「そういやお前、保育士やったなあ!」
思い出したように言ってから、鞄の中でもぞもぞ揺れた。
図書館は、仕事終わりにぎりぎり入れた。人はそれなりにいて、園児を連れた母親も数人、館内を歩いている。
鞄を開いて返却本を取り出す。その時に、中にいる友人と目が合った。
「図書館て、コインランドリーないんかな」
「あるとこはある、かもしれないけど、ここにはないと思うよ」
「まあ、俺のセンサーも反応せんしなあ」
友人の目が館内をぐるりと見る。何か読みたい本があるのか聞いてみると、ええ感じの絵本、とからかいの口調で言われた。
それならと絵本コーナーへ向かった。子供の姿が案外とある。備品の椅子に座り、子供向けファンタジーを読んでいる子の横をすり抜けた。今人気の、体のとある部位が探偵をやっている児童書が、すべて貸出中になっている。
絵本はたくさんあった。ちょっと周りに配慮しつつ、鞄の中から友人を取り出して、どれがいいか問い掛けた。
「えー、こんなあると選べへんわ」
「これとかどう。劇画っぽい絵がシュールで、園児にウケそう」
「わは、ほんまやん!」
大きな声だったので、慌てて友人の口を手で塞ぐ。少し離れたところにいる親御さんが、ちらっと俺たちの様子をうかがった。目が合ってしまったので、頭を下げた。
友人はもがもが言っていた。館内でこれ以上大きな声を出させるわけにはいかないため、劇画っぽい絵の絵本とその隣にあったかわいらしい絵の絵本をすばやく手に取り、貸し出し処理をすぐに済ませる。
図書館の外に出てから、友人の口から手を離した。
「殺す気かボケ!!」
荒げた声で怒ってきたが、
「……あれ、体あるかもしれへん」
と、急に真剣な顔になりながら言った。
「この辺り、コインロッカーあるん?」
「ええと……あるっけな……」
地図を表示しようとスマホを取り出す。でも検索する前に、あれやん! と友人が叫んだ。
友人が見ている方向には、市民体育館と市民プールの姿があった。
なるほどと思って、友人と絵本を鞄に突っ込み直してから、徒歩で向かった。
プールは時期的にやっていない。実は今は、十一月なのである。しかし体育館は開いており、社会人のスポーツサークルが、練習に精を出している。バスケだったらどうしようと思ったが、バレーだった。主婦らしい女性たちが和気藹々と白いボールを追いかけている。
コインロッカーは、体育館とプールのはざま辺りにあった。鞄の中で友人がごろんごろんと興奮し始める。下の段のど真ん中。鞄越しに指示されて、施錠もされていないロッカーをゆっくり開けた。
「あった?」
「あった」
「よっしゃ、見せて見せて!」
鞄から友人を取り出した。がっかりするだろうなあと思っていたが、案の定、天気予報がすべて外れたような顔をした。
「左手やん……」
「左手だね」
「またつけられへんやん……」
「胴体、どこにあるんだろうね」
「ぐうううう、これ、一番最後に見つかるやつちゃう……!?」
友人は俺の手の中で器用にうごめいて、言葉になっていない呻き声を再び上げた。
可哀想になり、髪を撫でて宥めてから、ていねいな手つきで鞄へと入れ直した。数分は何かしらもごもごしていたが、そのうちにおとなしくなった。
友人の部屋に入って、友人を鞄から出した時に、おとなしくなった理由がわかった。
「この絵本、おもろいやん」
器用にも鞄の中で絵本を読んでいた。表情はけろりとしている。俺が担当している園児たちのようなわかりやすさで、なんだかほっとした。
まあ、往々にして生首のままなんだけど。
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