5 二人の『弟』

「あ、来てたんだ、アーネスト」

ハリー・・・ハロルド・ハミルトン、私とアーネストのハトコである彼は、アーネストより二歳年上の8歳

「やあ、ハリー、久しぶり」

二歳年が違うけれど二人は同い年みたいに会話をする

王太子と公爵家嫡男

三男だけれどハリーは嫡男になっている

年の離れた上の二人の兄はとっくに他家へ婿養子に出ている

それぞれ恋愛結婚だそうだ

で、ハリーは、若いころの伯父様にそっくりだそうで、伯父様も伯母様も次期公爵はハリーと決めている

伯父様は、伯母様の話によると、まるで天使みたいでありえないぐらい可愛らしい子どもだったそうな

で、とても優秀で誠実だったと

ハリーを見てるとそうだろうなあと私も思う

そんなハトコと私の弟

大人になった二人の姿を私は想像する

精悍さで言えば、アーネストの方だろうけれど、ハリーは伯父様譲りの色気をまとうだろう、きっと

それで、ハリーは私を『姉様』と呼んでくれる、昔から

アーネストは私を『姉様』ではなく『姉上』と呼ぶか、二人きりの時は呼び捨てにさえすることがある

実の弟より、はとこの方が私を姉として認めてくれているという・・・


「さあさあ二人ともお茶にしましょう、さ、アリシア、お茶を入れてあげてくれる?」

伯母様が私に言う

「はい伯母様」

私も伯母様に返事する

私の侍女はここにはいない

私は王女ではなく伯父様伯母様の姪、お父様と伯父様がいとこなので、正確には私は姪ではないのだけれど、姪としてここにいる

だから、私もこうしてお茶を入れたりして伯母様のお手伝いをしている

「待っててね二人とも、今お茶をいれるから」

私はアーネストとハリーに声を掛ける

「うん姉様」

「・・・」

ハリーは元気よく返事をしてくれたけれど、アーネストはじろっと私を見るだけ

私は気づかないふりをする

「後で、川行こうアーネスト」

「なにがいる?」

「この時期は○○(魚の名前)だね」

「カニがいいな」

「カニもいるよ、行こう」

「うん」

年相応の会話が聞こえてくる

二人は仲がいい、と思う

ああよかった、と思う

この調子ならアーネストも私をすぐ連れ戻さないでくれるかも

そう思うとほほが緩む

でも、なんか突然

「あ、ダメだ」

とアーネストが言った

嫌な予感がした

「何がダメなの?」

とハリーが言った

「アリシ・・・姉上を王都に連れて帰らないといけないんだ」

と、アーネストが言ったとき私はティーポットを落としそうになった

「え?」

「いや俺、姉上を連れ戻しに来たんだよハリー」

『僕』じゃなく『俺』って言ってる、怒ってる

「え、いやそんな、でも今すぐ連れ戻すってわけじゃ」

「いやすぐ連れ戻す、ね?姉上?」

と言って私の方を向く私の可愛い弟

「いえあのアーネストあのね私は」

「帰りますよね、姉上?」

有無を言わさない

目が笑ってない

怒ってる、まだ、全然

はぐらかせなかった

私を睨んでいる

怖い

本当に怖い

伯母様やハリーの前でなら、アーネストも少しははぐらかされてくれるかもしれない

そう思ったのに

「あの、ね、アーネスト、私は」

「というわけで僕と姉上はお茶をいただいて少ししたら帰ります」

笑顔で伯母様とハリーにそう言う弟

「・・・せっかく来たんだから、遊ぼうよアーネスト」

「そうよアーネスト、せっかく来たんだから」

ハリーと伯母様がそう言ってくれる

「それにアリシアはジェラルドの弟子になったのよ、次に会うまでにまだ教えないといけないことが」

「・・・弟子?」

「ええそうよ、アリシアは正式にジェラルドの弟子になったの」

「アリシアが、伯父上の、弟子?・・・ですか?」

ドクン、と心臓が跳ねあがる気がした

唾を飲む

剣神と呼ばれた英雄である伯父様の弟子にしてもらえたことを誇らしく思う余裕なんか全然ない

私は、ただアーネストが怒ってる、そのことで頭がいっぱいになった

「アリシア・・・」

はっきりと、はばからず、二人の前で私を呼び捨てにして、じっと視線を私に移したアーネストに、今すぐ謝りたい

許してほしい

そんな気持ちで頭の中がいっぱいになった

「・・・もうすぐ、ジェラルドも帰ってくるから、アリシアすごいのよ、もう大人の騎士相手にもひけをとらないの」

伯母様が空気を読んでアーネストをなだめてくれる

「へー・・・」

アーネストは静かに相槌を打つ

視線は私から逸らさない

私は涙が滲む

動けない

「・・・だから、ね、ほら、アーネストもそんなに怒らないであげて、アリシアはそれはそれはがんばっているのよ?」

伯母様が私を助けようとしてくれている

私はこんなときになぜか頭の中で


お茶を飲んでクッキーを一緒に食べたい

ほらそのクッキーは私が伯母様と一緒に作ったのよアーネスト

ちょっと形は悪いけれど

あなたに食べてほしいのよ、次はもっと上手くなるから、あなたに食べてほしいのよアーネスト

だから難しい話はあとにしてまず一緒にお茶を飲みましょう?


そんなことをこんなときにぐるぐる考えている

「・・・」

弟は伯母様に相槌を打つことなくじっと私を睨んでいる

私は、はっきりと、泣いているのを自覚する

「姉様・・・」

優しいハリーがそう私を呼んでくれるのが聞こえる

恥ずかしいよ

7歳も年下の弟に逆らえない姿をもう一人の弟、ハトコだけれど弟みたいな存在であるハリーに見られるなんて

こんなにアーネストが私に怒ったことって今までなかった

こんなに怒られて何も言えなくなるなんて思いもしなかった

こんなにもアーネストに逆らえなくなるなんて思いもしなかった


ガチャ、とドアが開く音がした

誰かが入ってくる

部屋の温度が少し上がった気がした


「お茶の時間に間に合ったかな?

おおアーネスト、よく来たな」


伯父様が帰ってこられた


「あなた!おかえりなさい!」

「ただいま、グロリア」


伯父様と伯母様が私たちの前の前で抱擁しあう


嬉しそうに抱き合う二人を見て、私も、アーネストとあんな風に抱き合えたらいいのに、と涙で滲みながら思った


涙で滲んだ視界の中、アーネストも視線を私から伯父様と伯母様に移していたのが見えた


私もアーネストから伯父様と伯母様に視線を戻すと、お二人は私とアーネストとハリーの目の前だというのもはばからずキスしていた



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王となった弟とその奴隷となった姉の話 @vast_dahlia

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