夕刻の時計塔
加賀倉 創作【書く精】
夕刻の時計塔
——とある二国の国境沿いの町。
それなりに
時計塔の外観は、
そして、その時計塔に……
毎日、
ドレッドヘアーの青年。
青年はいつも、器用に時計塔によじ登っては、町を見渡し、
だが、ただ時計の針が戻るだけ、ではない。
不思議なことに……
時が戻ると、町の人々の営みは、無に
苦労して運んだ重い石は、運び直さなければならない。せっかく走って移動したのに、もう一度息を切らさなければならない。皿に盛られていたはずの料理は、食材を切るところから始まり、竿に綺麗に干されていた洗濯物は、バスケットの中でくしゃくしゃ、となるのである。
青年にとって、困る人々を見て面白がることは、もはや日課になっていた。
そして人々は、
大嫌い、だった。
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——ある日の夕刻。
鐘の音。
時計塔が、一八時の鐘を、ゴーン、ゴーンと鳴らした。それはいつもなら、町の人々が、全ての一日の活動を終えて、
今日は、違った。
鐘の音と共に町に到来したのは、家族
あろうことか、隣国の大兵団が、国境沿いのこの町に、奇襲を仕掛けてきたのだ。
兵どもは、町の人々を、殴り、蹴り、斬り、撃ち、皆殺しにした。
だが、たった一人……
例のドレッドヘアーの青年だけは、時計塔に登って身を潜め、兵の
隣国の兵どもは、誰一人として、時計塔と青年の不思議な力の存在を、知らない。
青年の頭の中には、たった一つの選択肢だけが、浮かんでいた。
「時を、戻すんだ」
青年は、風
表に出て文字盤を
青年はそれを承知していたが……
迷いはない。
いつもと同じく、背を外側に、
ゴン、という鈍い音が、町に響く。
しかし……
時計の長針は、『11』と『12』の中ほどくらいまでしか、動かなかった。
もう一度、同じように蹴りを試みるが……
「おい! 上に一人、残っているぞ!」
兵の一人に見つかり、鉄砲の集中砲火が、バン、バン、バンと、時計塔の文字盤を
そのせいで、思うように、針を動かすことができない。
「蹴っても、だめだ。あれしか、ない」
と、青年は、ある覚悟を決めた。
両手を、ぱあっと、離す。
青年は文字盤の厚みの上で、両膝を、狭苦しそうに、深く曲げ……
やや左に傾いた長針めがけて……
飛んだ。
青年の両手は、見事、
すると、青年の体重によって、長針は、ぐんぐんと下がりだす。
しかし……
兵どもによる発砲は、
弾が、一発、二発、三発……何発も、バン、バン、バン、バンと、青年の体を貫く。
「ぐっ! うぅっっ!! あぁあっっっ!!!」
絶叫。
しかし青年は……
いくら体に風穴が開こうと、長針を
長針は、少しづつではあるが、確かに、戻っていく。
『11』
『10』
『9』
その間も、青年は、撃たれ続ける。
『8』
長針はついに『7』のところで、止まった。
時刻、一七時三五分。
「へへへ……幸運の、数字だぜ。一八時まで、二五分もあれば……みんな、逃げられる、何か手が打てる」
そう
血まみれだ。
青年は、ゼェ、ゼェ、ゼェと、激しく息を切らす。
青年の心臓は、壊れた時計の秒針のように、ドク…………ドク………ドク……ドク…ドクと、鼓動を加速させる。
ついに青年は……
絶命した。
それも、時計の針を、しかと握ったまま。
そして……
((((((時は戻り始める))))))
兵どもは消え、死者は
荒らされた町も、綺麗さっぱり、元通りになる。
しかし唯一、青年だけは……
時計の針を掴んでぶら下がったまま、息を吹き返さなかった。
町の人々はその
時計の針にぶら下がった青年の遺体。
時計塔と青年の、時を戻す不思議な能力。
時計塔の赤煉瓦の壁には
誰がどう見ても、隣国の兵どもによる侵略行為であると、説明がついた。
町には直ちに、国境防衛のための大援軍が駆けつけ、
そして……
時刻、一八時〇〇分。
援軍は、隣国の兵どもを、返り討ちにした。
危機は去った。
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町の一人が、時計塔の、左半分が血で染まった文字盤を見て、こう言った。
「あの時計塔、丸い文字盤の左半分は赤黒い血に染まってしまったが、右半分は、黄ばんだ白色のままだ。あれはまるで…………暗闇を照らす、
悪戯好きなドレッドヘアーの青年。
今となっては彼は……
上弦の月の英雄。
〈了〉
夕刻の時計塔 加賀倉 創作【書く精】 @sousakukagakura
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