あたしと居てくれて、ありがとう

野口マッハ剛(ごう)

とある中学校で

 中一の春、教室の昼休み。


 ボクはまだ一人だった。


 ある女子と目が合う。さらりとした長い髪。セーラー服。


 他の生徒はグループで話している。


 その中で視線が合った一人の女子に意識が向かう。


「おーい、そこで一人立ってどうしたのよ?」


「そっちこそ、一人だろ?」


 ボクたちは歩み寄る。


「初めまして、あたしは田中あい」


「ボクは鈴木けん」


 どうやら田中さんは身長が150センチ。ボクは170センチ。


「連絡先、聞いても良いかな?」


「良いぜ」


 彼女はボクを上目遣いで見て話す。


「鈴木くんはミディアムヘアだね」


 田中さんは可愛らしい笑顔でそう言った。


 ドキッとする。あれ、恋なのかな?


 廊下にて、いじめの現場。女子たちが一人の女子をいじめている。よってたかって心ない言葉で攻撃している。髪染めをしている女子たち。


 ボクは気が弱い、勇気が出ない。良い子になろうと振る舞って、目立たないようにしている。


「ちょっと、いじめをしたらダメじゃない!」


 びっくりした。田中さんが注意する。


「え、何なの? うざ」


「おい、田中さん、やめておこうぜ?」


 去っていくいじめ女子たち。


「鈴木くん、ダメなものはダメじゃない?」


「そうだけど……」


「あたし、ルールを破る人がダメなのよ!」


 真面目だな、田中さん。


「真面目だね?」


「それは違うよ?」


 放課後の下校中にて。


 彼女の困っているような表情。顔色も悪い。


 田中さんは頭を抱え始める。


「あたし、みんなから無視されているの」


「え? それは大変だね」


 何だろう? 彼女が無視されている?


「どうしよう。何だか気分が悪いの」


「大丈夫……?」


 ボクは田中さんの言葉がいまいちピンと来なかった。


「ごめん、先に帰るね!」


「お、おう」


 ダッと走り去る彼女。


 田中さんが言っていた言葉の意味を考える。


 翌日の教室の昼休み。


 田中さん、今日は学校に来ないな。


「でさ、あの田中ってヤツ、マジでムカつくよね!」


「そうだよね!」


「アハハ! バカだよね!」


 うん? あのいじめ女子たちだ。


「田中は学校に来なくて良い!」


「アハハ! 無視させるように言って正解!」


 そういうことか! ちくしょう!


 怖くて何も出来ない……。何か言ってやりたいが、自分もいじめのターゲットにされてしまう。


 ごめん、田中さん……。


 それから夏休み初日。あれから毎日彼女のことを考えていた。田中さんから連絡、久しぶりに彼女と公園で会う。


 夏の太陽はジリジリ。夏の匂い。セミの鳴き声。田中さんはぎこちない表情。半袖とジーパン、ラフな格好。


「あたし、うつ病になった」


「え?」


 何で? どうして?


「初めは身体が重たくて食欲が無かったから内科に行ったの。それでも原因が分からないからメンタルクリニックに行った」


「そうなんだ……」


 ボクは言葉が見つからなかった。


「夜も眠れない、本当に辛い」


「ボクがそばに居るよ?」


「ありがとう」


 彼女はぎこちない表情。


 寄り添うことしか出来ない。どうしてなんだ。無力感と罪悪感。ボクを象徴している。


 夏休み明けの二学期。


 田中さんの居ない教室。彼女とは夏休みの間はメッセージのやり取りをしていた。


 まだ夏の匂いが残る教室。


 あのいじめ女子たちは笑顔で話している。


「うちらには先輩が居るから安心!」


「うちらは最強でしょ」


「うちらの先輩、ワルだからね!」


 何の話だ? よく分からないが、それが怖くて先生は注意しないのか?


「アハハ! 田中は学校に来ないし!」


「気味が良いよね」


 ふざけんな、ちくしょう!


 無力感と罪悪感がボクの心の中で押し寄せてくる。


 冬休み初日、田中さんからメッセージ。いつもの公園で会う。


 寒い風。厚着している彼女。相変わらずぎこちない表情。冷たい風にゆれる長い髪。


「あたし、抗うつ薬をちょっとだけ飲んでいる」


「そうなんだ……」


「ちっとも良くならないから」


「良くなれば良いよね」


 彼女は今も苦しんでいる。あのいじめ女子たちは笑顔なんだろう。ボクは無力感と罪悪感を味わう。


「毎日本当に辛い」


「大丈夫、そばに居るよ」


「ありがとう」


 田中さんはぎこちない表情。


 彼女はこれからどうなるのか? ボクはうつ病が良くなってほしい、そう心から願う。


 中学二年生になる。ある日の放課後に田中さんからメッセージで公園に呼ばれる。


 以前と比べて自然な表情の彼女。半袖とジーパンのラフな格好。


「あたし、やっと勇気が出てスクールカウンセラーにいじめのことを話した。気が楽になった。抗うつ薬も効いてるみたい。でも、先生はいじめのことを知らないって」


 ボクはそれを聴いて複雑だけど安心する。


「そうなんだ」


「うん。また連絡しても良いかな?」


「もちろん」


 彼女は自然な表情。それを見て心から良かったと思う。


「あたしと居てくれて、ありがとう」


 冬休み初日、自宅の部屋でくつろいでいるボク。あれから田中さんとは会っていないが、メッセージのやり取りはまめにしていた。


「あたしと居てくれて、ありがとう」


 彼女からの突然のメッセージ。


「急にどうした?」


 あれから会っていないのだから、このメッセージは不自然だ。


「って、おーい?」


 いくらメッセージを送っても返信がない。


 イヤな予感がして彼女の家に。玄関で彼女のお母さんが出てきた。


「あいは部屋に閉じこもっていてね……」


 ボクは更にイヤな予感がして彼女の部屋の前に。ノックをしても返事がない。彼女の部屋のドアを開けた。


 そこには、首吊りをしようとしている彼女。天井から吊るされたヒモ。イスに乗っている。よく見ると小刻みに震えている彼女。


 ボクはそれを見て、心臓が止まりそうな気持ちになる。


 まだ彼女を助けられる!


 なるべく優しい声でボクは言う。


「こっちにおいで」


 彼女は震えながらゆっくりイスから降りてボクの両腕の中に。


 彼女は泣いている。ボクは心臓がドッドッドッと音がうるさい。ああ、良かった。助けられることが出来て。


「ごめんなさい」


 彼女が謝る。良いんだよ。ボクの方こそ、ごめんなさい。何もしてあげられなくて。


 その代わりにボクは彼女を優しくギュッとハグをする。


 ボクたちは中学三年生になる。ボクと田中さんは修学旅行に行かずに街のカフェでデートをしている。


「ボクと一緒に通信制高校に通ってくれますか?」


「良いけど。考えておくね」


 彼女は顔を赤らめているのを誤魔化すようにパフェを食べる。


「こういうカフェってあんまり来ないよね?」


「あたしも」


 彼女と笑い合う。良かった、田中さんが回復しているようで。


 ある放課後。学校の廊下で田中さんをいじめたあのいじめ女子たちが集まって話している。


「田中はうつ病になったんだって?」


「良い気味よね」


「アハハ!」


 ボクはついに頭の中の何かがプツンと切れた。


「ふざけんな! お前らのせいで田中さんは大変なんだ! お前らが一番恥ずかしいんだ! 本当にふざけんな!」


 気付けば、涙がこぼれていた。


「うるさい」


 いじめ女子たちはそう言ってどこかに。


 ボクは自宅に帰っても涙が止まらなかった。


 本当に学校はおかしい。何であんな奴らが笑顔なんだ。彼女は一生懸命なのに。許せない。


 次の日の登校中、足が鉄のように重い。次はボクがいじめのターゲットなのだろうか? それじゃあ、何が正解なんだ?


 教室に着いた。クラス中が騒いでいる。


「あのいじめ女子たち、万引きで補導だって!」


「何でも悪い先輩たちから脅されてやったらしい!」


「いつかこうなると思っていたよ」


 ボクは許せない。


 本当にざまあみろ。


 今だって田中さんは苦しんでいるんだ。


 本当に許せない。


 あれから月日は流れて、ボクと田中さんは通信制高校に入学した。駅前でスクールバスを待っている。彼女は優しい表情だ。


「鈴木くんじゃなくて、けんくんって呼んでも良いかな?」


「うん。田中さんのことを、あいさんって呼んでも良いかな?」


「うん。あたしと居てくれて、ありがとう」


 あいさんの笑顔が戻った。彼女は優しい目をしている。彼女とのこれからを共に生きていく決意をボクはする。


終わり

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