二度と過ちを犯さない

ありま氷炎

⭐︎

 私達の一族は、半神を祖先としている。

 なので普通の人間とはちょっと違うみたい。


 幼馴染みのイアソンはとても強い。

 伝説の軍神アレスのように強い。

 私が蛇に襲われている時に、助けてくれたり。

 重い荷物を持ってくれたり。

 頼りになる幼馴染だ。


 いつもそばにいて、気が付いたら私は彼のことが好きになっていた。

 彼に好かれたいから、髪は伸ばして、貴重な香油をたくさんつけて、おしゃれもした。

 美の女神アフロディーテーにように美しくなれば、彼にふさわしい女性になれると思っていた。

 だけど、彼が選んだは私とまったく正反対の女性。

 まるで女神アテネ。


「エフィはとても強いんだ。俺と一緒に戦ってくれる」


 彼はそう言って笑った。

 エフィは私よりも背が高く、イアソンと同じくらい。

 筋肉質で、長い黒髪を短く切って、男性みたいな人だった。


 二人はいつも一緒に森に狩り行ったり、海に魚を釣りに言った。時たま怪物と戦うこともあった。

 強くなったら、イアソンは振り向いてくれるかもしれないと思って、鍛えようとしたけど皆んなに止められた。

 そのうちはイアソンとエフィは結婚してしまった。

 イアソン以外は、私が彼を好きなのはみんなは知っていたので、彼が結婚したら、急に結婚を申し込んでくる人が増えた。

 どんな人が告白してきても、私の心にはいつもイアソンがいた。


 ある日、みんなから離れたくて、海辺を散歩していたら、男の人が海から現れた。イアソンのように逞しい体をしていて、思わず見惚れてしまった。

 それがいけなかったみたいで、私はあっという間に彼に海の底へ連れて行かれた。彼は海の神ポセイドンだった。

 嫌がる私を無理やり犯して、寝台は血まみれ、私はそのまま死んでしまいたかった。私が女だから、こんな目に遭うんだ。男だったら、イアソンとずっと一緒にいられて、森にも海にも出かけられたのに。


 海の神ポセイドン、卑劣な神。

 嫌がる私の意志を無視した神。

 殺してやりたいくらいに憎んだけど、私はただの人間。しかも非力な女。何ができるだろうか。

 彼は詫びなのか、謝礼なのか、私の願い事をなんでも叶えてくれると言った。ただし人の意志を変えたりすることはできないと。

 それであれば、私は自身を不死身の男にしてと願った。

 最初は断わられたけど、私の願いをなんでも叶えてくれると言ったことは撤回できないので、彼は私の願いを叶えてくれた。

 けれども、男性になった私は、イアソンのような見事な肉体をしていなかった。女性の時のように白くて、顔は男性ではあったけど、ほっそりしていた。美しい男性に私はされてしまった。

 殺されてもいいと、ポセイドンに食ってかかったら、驚くべき事に私の一撃を食らって、彼が吹き飛んだ。もちろん、彼は神なので、傷つくことはなかったけど。


「どうだ。満足したか?」


 ポセイドンは横柄に笑い、とりあえず私は礼を言って、彼の海の城から抜け出した。


 村に帰って、私は皆んなに言った。

 男に生まれ変わったと。

 顔はほとんど変わっていなくて、神が関わっていれば、なんでもあり得る。

 村人は皆信じた。

 イアソンもそうだ。

 それから楽しかった。

 私はいつもイアソンのそばにいれた。

 最初はエフィも一緒にいたけど、妊娠して子供を生んでからは村に残るようになった。

 私は昼間イアソンを独り占めできた。

 不死身の私は、イアソンより強くて、彼に尊敬された。気持ちよかった。

 私は調子にのった。

 神など必要がない。あのような自分勝手な神など必要ない。

 私たちの世界は、私たちが守れると言い回った。


 そんな時、私たち半神の王の結婚式が行われることになった。私は一族の中で有名だったので、結婚式に呼ばれた。イアソンも誘ったら、エフィもついてきた。私は内心嫌だったけど、昼間は彼を独占できるからと気持ちを抑えた。

 そうして結婚式、それはケンタロスの一族によってぶち壊された。神がかの一族も招待したのだ。彼らは私たちの天敵なのに。友好の印という名目で彼らはやってきた。

 始まってみたら、ケンタロスは女という女にちょっかいをかけ、王の花嫁にも手を出そうとした。

 私たちは怒り、戦った。


「おう。カイネウス。今日も美しいな。俺と一晩過ごさないか。お前くらい美しい男なら、歓迎するぞ。ポセイドン様も余計なことをしたもんだ」


 ポセイドン。

 私を犯した男。

 その瞬間、私はやつに殴りかかっていた。

 死に物狂いで、周りのケンタロスを殺していった。私たちの諍いは広がっていき、ケンタロスの群れが私たちの土地に侵入してきた。私は全力で戦った。だけど、私の目の前で、力及ばずエフィが犯され、イアソンが殺された。


「殺してやる!」


 私は世界を呪った。

 けれども、不死身と言っても体力の限界がある。

 私は土の中に埋められ、その上に重石をつけられた。

 息ができなくても、私は死ねない。

 死ねないのだ。

 外で何が起きてるのか、わからなかった。 

 頭の中で繰り返されるのは、イアソンが惨たらしく殺される光景。


 もし、私が必要以上に暴れなければ、神を冒涜しなければ、こんなことは起きなかったのではないか。私たちの土地にケンタロスの侵入を許したのか、神だ。

 きっと私を罰するため、彼らはやってきた。

 私がもし、ポセイドンに男になることを願わず、別の願いを言っていたら、こんなことは起きなかったのではないか。

 ずっと自問を繰り返した。

 何も見えない暗闇の中で。苦しみの中で。

 そのうち、私は眠るようになった。

 いいや、気を失うようになった。


「カイネウス様!」


 急に視界が明るくなって、声が聞こえた。

 そこにいたのは、イアソンだった。


「イア、ソン?」


 声が出たのに驚いた。しかもその声は驚くべきことに女性のものだった。


「……カイネウス様、もしかして、元に戻られたのですか?」

「イアソン、何を言って」

「僕は、コイノスです。イアソンとエフィの子です」

「コイノス」


 がっかりしてしまったが、コイノスが誰であったか思い出して、驚く。


「あなたは、そんなに大きくなって」

「積る話は後でしましょう。あなたを引き上げます」

「あ、ありがとう」


 私は男性体から女性体に戻っていた。

 非力な女性に戻り、ひどく嫌な気持ちだった。


「あれから二十年です。母もなくなってしまいました。僕はやっとケンタロス達を追い出して、あなたを救い出すことできました。まさか、女性に戻っているなんて」

「がっかりしましたか?」

「いえ、あの」


 それから、私とコイノスは一緒に暮らすようになった。

 二人きりで。


「カイネス。僕ではだめ?」


 コイノスとイアソンはよく似ていた。 

 私はいつも錯覚してしまう。

 夢に見たイアソンとの生活。

 だけど、彼はイアソンではない。

 だから、私は彼の誘いをいつも断った。

 ある日、彼は大けがを負って帰ってきた。私は必死に薬草を探しにいった。そこに現れたのは、ポセイドンだった。

 あの日を思い出して、私は体を竦ませた。

 だけど、同時に思った。

 もう一度抱かれれば、コイノスを救ってくれるのではないかと。

 彼に声をかけようとした時、目の前に誰かが飛び込んできた。それはコイノスだった。


「き、君がポセイドンに抱かれるくらいなら、僕は死んだほうがましだ」

「コイノス!」


 彼は私を抱きしめ、泣いていた。


「俺は再度過ち犯すことはない。カイネス、幸せになれ」


 ポセイドンがそう言うと、コイノスの体が光り、怪我が全て治っていた。

 礼を言おうとしたのだけど、神の姿はそこにはなかった。


 それから、私はコイノスと結ばれ、子を授かった。たくさんの子を生み、私たちは再び村を形成した。

 村では私たちは神を崇め、神のために舞を踊った。

 私も二度と過ちを起こさない。 

 コイノスと私はたくさんの孫やひ孫に囲まれ、幸せに暮らした。


(おしまい)

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