5.そんなあなたが大好きです!

「まあ、そのドレスはシー・シルクね!」

 ブランディーヌ様が感嘆の声を上げる。

「その深い色、とても素敵ね」

 その夜のわたくしのドレスは、深い海のような青緑色だった。


 その直前まで、わたくしはいつものようにナイア・スコッティをはじめとした同級生達に囲まれて、ドレスを揶揄われていた。

 ランディ様は、宰相様に連れられて少し席を外していたのだ。

 本当に、ものを知らない人達ね。わたくしはお腹の中で笑っていたのだが。


「建国祭の夜会に、野暮ったいドレスをお召しなのはどこの田舎貴族かと思っていたら」

「今をときめくフローレンス様でしたのね」

「まあまあ!まるで年配の未亡人みたいな地味さだわ」

「婚約者の野暮ったさに合わせるのも、淑女の嗜みですものね」

 わたくしとランディ様を嘲笑う声がさざめく。


「ランディ様が贈ってくださったの」

 わたくしはにこやかにあしらった。

「アシャシュ帝国で流行の型なんですって。帝国で仕立てていただいたので、建国祭に間に合うかランディ様は気を揉んでいらしたわ」

 帝国の流行と言う言葉に同級生達が怯んでいるところに、ブランディーヌ様がやってきた。


 ブランディーヌ様のドレスはもちろんシー・シルクだ。軽やかな明るい青がよく似合っている。

 デザインはわたくしとよく似た、ハイネックにぴったりとした袖、スカートはゆるやかに襞がゆれるマーメイド・ラインだ。


「シー・シルク?」

 誰かが怪訝そうに言った。


「あら、ご存じないのね。これも帝国でしかとれないものなのよ。シルク・ウィードと言う海藻の種の上皮から紡ぐものなの。量がとれないので、とても貴重なのよ」

 うふふと笑って、ブランディーヌ様は続けられた。

「この国で今夜、シー・シルクのドレスを着ているのは、わたくしとフローレンス様と王妃様の三人だけよ」

 ざわざわと周りがざわめく。


 そこへ、少し様子のおかしく見えるランディ様が近づいてきた。


 わたくしはブランディーヌ様に礼をしてから、ランディ様のもとへ向かった。

 ランディ様は明らかに落ち込んでいた。


 ランディ様は、今日は濃紺の礼服を着ていらして、とても立派で素敵だった。

 ランディ様を見る周りの女性の目に、感嘆の色が見て取れた。


 わたくしは我慢できずに、後ろを振り返って皆様を見た。

 ナイア・スコッティ達は、体に合った礼服を着て眼鏡を外したランディ様から目を離せないでいた。わたくしへの羨望を感じる。

 ふと、ブランディーヌ様と目が合う。ブランディーヌ様はほがらかに片目をつぶってみせた。

 ブランディーヌ様に笑顔を返してランディ様を見た。


 ランディ様はどうなさったのだろう?沈みこんでいらっしゃる。


「ランディ様?どうかなさいましたの?」

 を見上げると、ランディ様は

「今まで色々すまなかった」

 とおっしゃった。

 はて?なんのことかしら?

「何をおっしゃっているのか、わかりませんわ。何かございましたの?」

 ランディ様は首を振りながらおっしゃった。

「こんな男、恥ずかしいよね」


 突然の言葉に呆然とするが、すぐに言った。

「恥ずかしいと思ったことはございません」

「さっき、色んな人から聞いたんだ。私は君をないがしろにしていると」

 まあ!なんてこと!

「わたくし、ランディ様にないがしろにされたと思ったことはございません」

 ランディ様は、それでも沈み込んだ表情で続けた。


「君へ贈ったものは有り得ないとか、地味だとか」

 地味ですって?

 今この瞬間、わたくしのジュエリー・セットの"月の炎"は柔らかな光を放ち、石の中で燃え盛る炎のような揺らめきが衆目を集めている。"笑う道化師"は灯りを受けて煌めき、笑っているではないか。"宵闇の黒蝶"は、今この時もわたくしを護っている。


「君に贈った外套も地味だと。今夜のドレスも…」

 まあ…

 なんて心無いことをおっしゃる方がいらっしゃるのかしら。

 物の価値を知らない方々は、男女関係ないのね。


「それに私は野暮ったいし…」

「ランディ様!そんなランディ様が大好きです!!」

 わたくしは思わず言った。

「わたくしのランディ様は、誰に野暮ったいとかダサいとか言われても、わたくしがとても素晴らしい方だとわかっているのです。そんなランディ様が大好きなのです!」

 ランディ様は顔を赤らめた。


「ありがとう。君はずっと優しかった。婚約が決まった十年前から、私に文句ひとつ言ったことがない」

「まあ!文句なんて!ランディ様に言うべき不満なんてありませんわ」

 それでもランディ様は落ち込んでいらっしゃる。


「君は"完璧な淑女"や"白百合の乙女"と呼ばれているのを、今夜初めて知った」

 ああ、そんなランディ様だからこそ大好きなのですわ。わたくしの内面を真に好いてくださっているのですもの。十年前のわたくしは、トーストされたように日焼けして少しそばかすのあるお転婆娘だった。

「もちろん今の君が、美しくて素晴らしい女性だということはわかっている。私にはもったいないほどだ」

「ランディ様に恥ずかしくないようにがんばりましたの」

 顎をぐいっと上げて胸を張った。


「ありがとう。君を泣かせたくない。君との婚約を解消することも考えている」

 なんですって!?

 わたくしは目の前が真っ暗になるかと思った。

「大丈夫。アシャシュ帝国の第二皇子が、君が婚約していなければ是非来てほしかったとおっしゃっていたと、帝国の使者殿が…」

「ランディ様は、わたくしをお捨てになりますの!?」

 ランディ様は首を振った。

「君は私を捨てていいんだよ。幸せならば。君を泣かせたくない」


 わたくしは出かけた涙をぐっと堪えた。


「わたくし、どの道泣きますわ」

 きっとランディ様の顔を見つめる。

「ですからランディ様がお選びになってくださいませ」

 ランディ様が怯んだ。


「わたくしを手放して、悲しみの涙に暮れさせるか。わたくし、一生嘆き悲しみますわ」

 ランディ様の目が見開かれる。

「わたくしと結婚して、幸せの涙を流させるか。わたくしの一生は幸せと共にあるでしょう」

 わたくしの手を取ったランディ様の手に力がこもる。


「さ、お選びになって!」


 その瞬間、わたくしはランディ様に抱きすくめられた。


「放さない。絶対に。私のフローレンス」

 わたくしはランディ様の胸に顔を埋め、幸せのあまりに笑い声を上げた。


 ああ、春まで待てないわ。


 春が来たら、わたくしは幸せな花嫁になる。

 ランディ様の花嫁に、そして妻に。

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