4.ネタばらしの建国祭
建国祭は厳しい寒さの中で開幕した。
この三日間、午前は野外での武術大会が催さる。午後は広場に様々な出店が広がるので、そこを見て回るのが楽しみだ。しか一日目は若い女性を招待して王妃様が主催のお茶会がある。二日目三日目は、大人の女性を招待なさっている。夜は夜会。最終日の四日目は、閉会式を兼ねたガーデン・パーティーが一番大きな温室庭園で行われる。
一日目は体術大会が行われる。素手で相手を倒す技を競う武道だ。ランディ様が出場される。
一日目の体術大会のみ参加なので、二日目の馬術大会や三日目の剣術大会は、一緒に観戦できて嬉しいわたくしなのだ。
わたくしはメイド一人を供に、体術大会の観戦席へ向かった。
できれば誰とも会いたくない。
しかし、体術大会の行われる競技場の入り口には、カザリーン・エイリック嬢が待ち構えていた。
ナイア・スコッティ、サンドラ・エドウィン、アランナ・マゴールも一緒だ。
カザリーン・エイリックは淑やかな令嬢で、今までわたくしへの陰口への参加は見たことがない。それだけでも好感が持てる。
「フローレンス様、アシャシュ帝国のブランディーヌ・オリオール大公令嬢が、是非紹介して欲しいとお席を用意してくださっていますの。一緒に来てくださいませんか?」
断れるはずがない。
「喜んで」
と微笑んだ。
わたくしとカザリーン様の後ろを、くすくす笑いながら三人が付いてくる。
席は最上等の桟敷席だった。
「ブランディーヌ様、こちらがフローレンス・ブルースター侯爵令嬢です」
「フローレンスでございます」
わたしは静かに礼をした。
「初めまして。フローレンス様。そう呼んでもよろしいわよね?」
「もちろんでございます」
「わたくしはオリオール大公家のブランディーヌです。わたくしのことも名前でお呼びになってね。お噂はかねがね」
外野のくすくす笑いが聞こえた。ブランディーヌ様は、少し眉をひそめられた。
「お会いできて嬉しいわ。兄からランディ・ステイス侯爵令息が話したあなたのお噂を聞いて、ずっとお会いしたいと思っておりましたのよ。その外套!!」
とたんに笑いが爆ぜた。囁き合う声が聞こえた。
「まあ、驚かれていらっしゃるわ」
「侯爵令嬢が婚約者から贈られた地味な外套ですものね」
「"白百合の乙女"なんて言われている令嬢がね」
忍び笑いと囁き声が聞こえる。
「まあ」
とブランディーヌ様が朗らかな笑い声をたてられた。
「なにがおかしいのですか?これは我が帝国が誇る海豹の毛皮の外套よ?我が国でも入手は難しいのよ。それにわたくしも今日着ているのは、同じく海豹の外套です」
ブランディーヌ様がお召になっている外套は純白で、袖口と裾に羽毛の飾りが付けられていた。
とても豪華に見える。
「わたくしの外套は、裾と手首にまだら模様が入っているので、羽毛で隠しているのです。フローレンス様のように無地の毛皮なんて、滅多に手に入らない貴重品ですわ」
そう、この毛皮は毛足が短いので軽いが、とても温かい。海豹は北の氷の海の生き物なので、その毛皮は水にも風にも強い。
「フローレンス様の外套は子孫に代々受け継ぐことのできる、貴重な品ですわよ」
笑った者達をジロリとひと睨みした。
「さ、フローレンス様、座りましょう。ここならランディ様のご雄姿がよく見えます」
カザリーン・エイリックはオロオロしていた。紹介を求めて付いて来た人達はブランディーヌ様のご不興を買い、とても紹介できる雰囲気ではない。
「カザリーンお
にこやかにおっしゃるブランディーヌ様に従って、カザリーン様も着席する。
ついて来た人達は退出もできずに立ったままだ。
そこへ競技者が入場してきた。その中から一人の殿方が、めざとくわたくしを見つけて手を振った。
ランディ様だ。
わたくしも手を振り返した。
「あの方があなたのランディ様ね。お兄様に聞いた通り、精悍で逞しい方ね」
「ありがとうございます」
そうなのです!
いつもは研究所院の制服で野暮ったいのだけど、今日は体術のための服装だ。体にぴったりと合った真っ白な上衣と、ゆるやかな黒いトラウザースがよくお似合いで、今日は眼鏡も外しているので精悍なお顔が際立って見える。
「なんですって!!」
「あの方がランディ・ステイス!?」
素っ頓狂な声が背後から聞こえる。
うふふ。
わたくしのランディ様は素敵でしょう?
今更どうなさっても、無駄よ。ランディ様はわたくしのものよ。
わたくしは背後の声を無視して、ランディ様の活躍を堪能した。
ランディ様は見事優勝なさって、勝利の金の花冠をわたくしに捧げてくださった。わたくしはその頬に口づけた。
午後のお茶会では王妃様直々に声をかけてくださり、ブランディーヌ様と一緒に王妃様のテーブルについた。
「春には結婚ですってね。おめでとう」
王妃様は祝福してくださった。
「今まで機会がなかったけれど、見たかったのですよ。ランディ・ステイスがあなたに贈った装飾品の数々を」
近くのテーブルどころか、会場中が耳をそばだてている。
「これが"笑う道化師"ですね」
ブレスレットを指しておっしゃった。
「アシャシュ帝国に留学している時に、ナンガーズ迷宮に挑んで入手した品のひとつですね。これを身に着けた者は、辛いことを笑い飛ばせる強い心を持てると言われているお守りなんですってね。色んな属性の魔石が巧みに組み合わされていること。見事だわ」
そう。わたくしはこれとランディ様の存在のお陰で、陰口なんて気にならない。
「そしてそれが"宵闇の黒蝶"のチョーカー。物理的な攻撃を無効化する魔道具。これらを手に入れたのはランディ・ステイスとブランディーヌ嬢の兄君だけとか」
「ええ、ナンガース迷宮で入手した品のひとつですわ。兄は"宵闇の黒蝶"をシルヴイア皇女殿下に捧げて、結婚を許されたのです」
王妃様は微笑んだ。
「今のところ、この世にたった二つしかない魔道具ですものね。そのご縁であなたとデンゼル第一皇子殿下とご婚約なさったのでしたね」
「ええ。デンゼル様は兄達とナンガース迷宮に行って、フローレンス様が身に着けていらっしゃるこの"笑う道化師"と対の"陽気な猫"のブレスレットを入手されたのですわ。婚約の贈り物にしてくださいましたの」
ブランディーヌ様はそう言って、わたくしと同じようなカラフルな魔石に連なった猫のチャームのブレスレットが見えるように腕を上げた。
「それも、生涯を陽気にすごせるというお守りでしたわね」
この頃には、会場はざわついていた。
「そしてその婚約指輪の石が"月の炎"。夜になるとまるで中に炎が燃え立つように見えるのですって?夜会が楽しみだわ」
わたくしとランディ様は、建国祭を大いに楽しんだ。
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