外れスキル【バッドラック】が進化して【豪運】になった

月野 観空

第1話 バッドラックと迷宮と魔法使い

 オーバー・ドーズの人生は不運の連続であった。


 そもそも生まれが悪かった。

 人格否定癖のある親の下に生まれ、人間のクズと言われ続け、幼い頃に木っ端みじんにされた自尊心。

 ぼろぼろの自尊心を抱えながらも、それでも彼は十二歳を待った。十二歳になれば、天より『スキル』を授かれる。平等に与えられるこの『スキル』次第では、自分の人生も先行きが開けるかもしれない。


 ――開かなかった。


 授かったスキル、その名は不運バッドラック。そのスキルの効果は、「あらゆる運が悪くなる」という、まさしく外れ中の外れスキルだったのだ。

 どうすりゃえーねん、とオーバーは思った。そんなオーバーに母親は言った。


「はぁ……どこまで親を恥ずかしい気持ちにさせれば気が済むの。本当に迷惑ばかりかける子ね」


 そう言われても、だからといって授かる『スキル』ばかりは、オーバーではどうしようもない。

 あるのは、ただ、ただ、先行きへの不安ばかり。

 そんな不安で頭が真っ白になりながらも、オーバーはどうにか腐らずに頑張ろうとした。


 ……頑張れなかった。

 不安で頭の中が埋め尽くされていれば、努力をしてもなかなか身にならない。

 さらには、外れスキルを得たオーバーを、周囲はバカにし囃し立てるばかり。


 犬のフンを踏めば「うわ、外れ野郎だ!」と言われ、乗合馬車の車輪が外れれば「不運野郎のせいで俺たちまで迷惑を被った!」と非難され、やがて人が集まるような施設や公共機関の利用を一部禁じられる始末。

 生まれ故郷にいればいるほど、肩身は狭くなるばかり。


 おまけに何を頑張ったところで、「不運なことに」向いているものが何一つとして見つからない。


 そして大人になったある日、ついにオーバーはこう思った。


「こんな街にいられるか! 不運とかそんなのもう知らねえ! 俺は冒険者になって、自分の『幸運』ぐらい自分の力で掴んでやる!」


 ――そして。


  ***


「バカ野郎死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ~~~~~~~!!」


 オーバーはそろそろ死ぬところだった。

 冒険者になってから、一ヶ月。その間も、不運がずっと続いていた。


 例えば、他の冒険者が設置したのち、解除し忘れていた罠にハマって死にかけたり。

 例えば、臨時の仲間を募集していたパーティに加えてもらったところ、オーバーの「不運」にパーティ諸共巻き込まれて危うく全員死にかけたり。

 それでオーバーの『スキル』が周知され、もれなくどのパーティにも仲間として加えてもらえなくなったり。


 そんなこんなで故郷の街を出、冒険者登録をして僅か二週間で、彼はソロ冒険者になることを余儀なくされていた。

 だけどそれも仕方ない。『バッドラック』なんてスキルでは、誰も仲間に入れたがらない。


 そこまでは、まあいい。

 いや、良くない。良くないけど、まあ、いいとしよう。


 でも、これは、あれだ。

 もっと良くないものが、まさに今、オーバーの後ろにまで迫っていた。


「なんッでこんなところに、なんかが出るんだよ! こんな低層で出ていいようなモンスターなんかじゃ……ねぇ、だろうが……!」


 叫びながらも、必死で駆ける。

 そんなオーバーの背後から迫ってくるのは、ドスンドスンと足音も荒く追いすがってくる巨体。


 背丈はゆうに3メートルを超え、右腕には巨木の幹ほどもある太さのこん棒を装備した、禿頭の人型モンスター。

 つるんとした額から生えているのは、白く輝く鋭い角。おぞましい顔面は醜悪に歪み、必殺の意志を持って逃げるオーバーの背中を睨み据えている。


 それはオーガと呼ばれるモンスターだ。

 一般に中級のモンスターとして扱われており、少なくとも冒険者になって1ヵ月の駆け出しが相手していいような代物ではない。


 足を止めたら、即死。

 振り向いて少しでも速度が緩んでも、即死。

 覚悟を決めて正面から戦おうとしても、当然即死。


「クソ、クソ、クソ! 俺はただ、冒険者になって名を上げて、幸せになりたかっただけなのに!」


 地道に力をつけていき、運に頼らず結果さえ出せば、やがて『幸せ』になれるはず。

 そんな風に希望を抱いて、抱いて、自分なりにめげずにやろうとした結果がこの有様か?


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

 そう思いながらも、腰に吊るした長剣を抜き放つ余裕さえオーバーにはない。


 さらに、さらにだ。非常になことに、逃走の最中だというにも関わらず、オーバーは地面から突き出ていた石の盛り上がりに足を取られ、その場で派手に転倒してしまった。


「ぬおゎあ!?」


 地面を削る勢いで、転がっていくオーバーの身体。

 そんなオーバーを追っていたオーガは、「追い詰めた」と言わんばかりに、ニィと唇を釣り上げた。


「く、来るな! くそっ、来るな、来るな、来るなぁ!」


 尻もちをついたまま必死で後ずさりするオーバー。

 だが、そんな姿勢のまま逃げられるような相手でもない。おまけにさらなるが襲う。後ずさりするオーバーの背中が、不意に壁へと触れたのだ。


 その感触に、オーバーの全身が総毛立つ。恐る恐る背後を振り向けば、そこにあるのは石の壁――わけも分からず走り抜けた先で、袋小路に追い詰められたのだ。


「やめろ、やめてくれ……ちくしょう、こんな、俺はこんなところで終わるわけには……」


 なにを言ったところで、もはやオーバーが迎える結果は変わらない。

 ダンジョンに夢見た冒険者の多くがそうなるように、潰れて砕けて石と地面のシミになる。


 オーバーの眼前でオーガが笑う。

 こん棒を振り上げ、醜悪に笑う。


「ギヒッ、ギャヒヒヒヒッ」


 そして、振り降ろされる、その瞬間であった。


 こん棒を振り上げていたオーガ。その腰から上にかけてのすべてが、一瞬でしたのは。


「!?」


 突然のことに目を剥くオーバー。そんなオーバーの目の前で、残されたオーガの下半分、腰から足にかけてがずぅん……と重々しい音を立てその場で倒れる。


 そして、その先から現れたのは……。


「やれやれ。君、大丈夫だったかい? 今うっかり死にそうだったみたいだけど」


 小さな体に大きな杖という、魔法使いの装束に身を包んだ小柄な少女。

 彼女はにっこりと、オーバーに向かって笑いかける。


「いやはや、しかしだったね、君。私が通りがかって。助けられて良かったよ」

「……は? 幸、運……?」

「うん? どうしたんだい君。狐につままれたような顔をして……っておい、君? 君ぃぃ!? ちょ、待つんだ君、なんの説明もなしに気絶するんじゃ、おい、おい、おーい!?」


  ***









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スキル ノ  ヲ 確認 シマシタ


旧 スキル 名 不運バッドラック


新 タナ スキル ハ……


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