第7話 花は花

「メリア〜、迎えに来たよ」

モゾモゾ、頭まで被った布団の中で蠢く塊にドスンッと衝撃が走る。

「ゔ」

塊が呻くも、のしかかったモノはグリグリとその頭を押し付け「朝だよ、起きて」と艶めかしい囁きボイスを垂れ流す。

「ゔゔゔぅぅぅ…」

呻き声が籠ったものから、クリアに聞こえ、アレクシスは目をすがめて、顔を覆う髪を掻き分ける。

「おはよう、メリア」

額にちゅっと軽く口づける。

メリアは半目で目の前で煌めく美形に「はぁ?」とひと言、「可愛いね」と今度は鼻先に口づけられ、「はあぁぁ〜?」と今度はドスの効いた声と共に枕を投げつけた。


「有り得ない、有り得なさすぎる」

ドスッとウィンナーにフォークを突き刺し、メリアは目の前で優雅にスクランブルエッグを掬う相手を睨みつける。

「朝食を一緒に取ろうと約束しただろう?」

腐っても王子なだけあって、食べ方さえ美しいのが、また腹立たしい。

「朝食は、そうですけれど…それで私の寝室に入っていい理由にはなりませんが」

シャクシャクとレタスを咀嚼するメリアに、またアレクシスが笑う。

「まるでリスのようだ」

フフフッじゃないのよ!

「未婚男性が、未婚の女性の許可なく寝所に入って良いとでも教わりましたか、殿下!?」

「学園じゃあるまいし、婚約者ならお互いが良ければ問題ないだろう?」

ナフキンを口元に当てているが、その裏で人の悪い笑みを浮かべているのだろう。

「私は許可した覚えがないのですが」

「なら許可をしよ」

フフンとばかりにふんぞり返れるのは何故か。

常々思うのだが、彼は頭のネジがどこか外れているのではなかろうか。

「断ります。金輪際、私の寝所に立ち入ることを拒否します。許可なく入室したら、王家に正式な書面で訴えますから」

「王子を非難する書面を王家に出すのかい?」

またワクワクと瞳を輝かせて、タチが悪い。

「上に立つ者こそ法を遵守しなければ、法は意味を失います。そして王だろうが王じゃなかろうが、子が悪さをしたら叱るのは親の務めです」

「ハハッ、私は子どもか!?」

こちとら人生30オーバーから見たら、子ども以外の何者でもないわ。

「そうですよ。生まれて16年は大人とは言えません」

「なるほどね。それなら仕方ないか。残念だけど言い付けは守らないとだね」

全然残念そうに見えないが、言質は取れたので納得はできないものの、抜いた刀は納めることにした。

「殿下はいつかその身を滅ぼさないよう、自戒を覚えるべきです」

アレクシスは肩を揺らすに留めて、その後も機嫌よく笑っていた。


「いやぁ、貴族令嬢は歩きたがらない生き物だと思っていたんだけどね」

優男風に見えて、鍛えているのだろうアレクシスには徒歩など屁でもなさそうだ。

「別に歩かなくても、老後まで健康でいれるなら歩きたくはないのですけど」

徒歩を見越してヒールのない靴を用意したかったが、この世界はスニーカーなどという足思いな靴は存在せず、あったのはローヒールと微妙に歩き辛い靴だった。

カツカツと小気味よい靴音は、社会人時代を思い出すので嫌だった。

「またイライラしてるね。せっかく気持ちが良い朝なのだから、ほら周りの風景でも見ながら楽しもうじゃないか」

アレクシスはそういうとメリアの手を引き、街路樹の片隅に咲く花を指さす。

「綺麗に植えられた花壇の花は美しく整っていて目を引くけれど、風景には溶け込んで記憶には残らない。でも、こうやって一輪だけ図太く咲く花は気づかれにくいけど、気がつけばとその存在感に誰もが目を引かれると思わないかい。この花は輪から外れることを厭わない、そんな気高さがあるね」


『置かれた場所で咲きなさい』


「この花は咲く場所を自ら選べたわけではないし、花壇の花もそう。ただ芽吹いた場所で生きるため花を咲かせているのです。他者が意味を持たせて『そうだろう』と持ち上げたり下げたりは違うとは思います」

かの偉人の言葉は、前世でもよく耳にした。

特に年長者が『堪忍たえしのべ』という意味で使っていた。

でも偉人は苦境に耐えてでも花を咲かせろ、といった意味で使ったのではない。

与えられた地を嘆くのではなく、花が咲かせられなければ下に下に根を伸ばし、その時できる最良を選びましょうと。

それは他者に押し付けられる言葉ではなく、自らを鼓舞するための言葉だ。


「この花は花壇に咲き世話をされたかったのか、花壇の花は美しい花たちに囲まれることに飽いていたのか」

しゃがんで小さな花にそっと触れる。

「そのようなことをこの花が思うのか、ただ種を下ろした場所で、必死に生きようとした結果がこの花の美しさなのか」

見上げるとアレクシスの表情に戸惑う。

普段見せるどの顔とも違って、そこには何の感情も感じられなかった。

「殿下?」

「君は運命ってあると思うかい?この花はここに咲くよう運命づけられた。そこに神の采配のようなものを感じるかい?」

アレクシスの表情は相も変わらずで、しかしメリアの顔は変わる。

「運命なんてえですわ」

こんな世界に転生させた神がいるなら言ってやりたい言葉だった。

アレクシスの目が点になった。

「く、くそ…なんて?」

流石に王子様も馴染みがない言葉か。

メリアは膝に手を当て「ヨイショ」と立ち上がる。

「私は『運命』とか大嫌い!そもそも『定め』とか勝手に決めないで頂きたいものだわ。もし運命とやらがあったとしても、嫌なことには抗うし、良いことは良いで気にしない。あくまで選択は『私が』するわ」

理不尽な死を否定して、生まれ持った恵まれた暮らしを満喫してみせる!

「君はやっぱり面白いね」





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私が悪役令嬢!?~その道極めてやります~ 黒兎ありす @kurotoalice

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