3
高橋と会ってから、出歩くときは周りを気にするようになった。いままで気づかなかっただけで、動物を乗せている人はそこそこいるらしい。
ちょうど目の前にも、上下黒色の服を着た男が頭の上にワニを乗せている。前髪が長くて顔は見えなかったが、ワニはよく見ることができた。でかい図体。硬そうな鱗。少しだけひらいた口と眠たそうな目。あほらしい顔に見えてしかたなかった。ワニが重たいせいか、男はひどい猫背だ。足取りも鈍い。
高橋から鈴木の話を聞いたとき、西岡は動物を乗せている人と会ってみたいと思った。実際に見てみると、話しかける気にはなれなかった。わずかな親しみは感じた。自分と同じような人間がいるという安心感もある。しかし、知りたくもなかったことを知ってしまったときのような軽い失望と、動物同士が会話をしている姿を想像して、奇妙な恥ずかしさを感じたからだ。
リスとカエルは、あのワニ男をどう感じているのか。西岡はふと気になった。リスは目をつむって手でリズムを取っていた。音楽を聞いているようだ。動きをみるに、クラシックを聞いているに違いない。カエルはそっぽを向いているだけだ。二匹ともワニに対する反応はしない。
「あの……」
ワニが声を出した。唸るような低い声だった。近くにいた女性が驚いている。ワニは女性に道を尋ねはじめた。
「役所に行くには、どうやって、行けばいいのでしょう?」
女性は驚いた顔のまま、役所への道を説明をしている。男が頷く度に、腹の底から出てくるげっぷのような音が、ワニの口からこぼれた。
立ち去ろうと、西岡は背を向けようとした。
カエルが、ぎゅう、と鳴いた。初めて聞く声だった。慌てて左を見る。カエルの背中が痛々しくへこんでいた。
「大丈夫か」
西岡は声をかけたつもりだったが、声にはならなかった。
カエルが前後左右に揺れはじめる。揺れがだんだんと大きくなる。西岡の肩から転がり落ちた。道に落ちたカエルは仰向けになって、膨らんでは縮むということを繰り返している。
西岡は立ち尽くしていた。
「助けないの?」
リスが呆れたように言う。それでも、西岡はカエルを眺めているだけだった。何か言おうとしても、言葉が出てこなかった。必死に口を動かす。やはり、声は出てこない。リスに言い返さねばならない。自分もいま、緊急事態が発生しているのだと。顎が疲れて痛くなる。口の動きがぎこちなくなるのを感じた。
リスが首を振る。しゃがんで跳ねる。きれいなジャンプだ。手足を伸ばして着地した。飛び降りたリスは、カエルの肩に手を当てながら声をかける。カエルは何か言葉を発しているようだった。リスが心配そうな顔をしながら頷いている。西岡にはゲコゲコ鳴いているようにしか聞こえなかった。そのうち、リスは愛おしそうにカエルを抱えて草むらの中へと姿を消した。
西岡がひとり残された。ワニ男も女性もいなくなっていた。
しばらく待っていたが、リスもカエルも戻ってこない。いなくなったはずの二匹の重さが、西岡の肩にはいつまでも残っていた。
左肩のカエル Lugh @Lughtio
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます