No.34

有理

No.34

「No.34」


ハロモン企画

化け物(モンスター)と食べるがテーマ



鷸間 杏香(しぎま きょうか)

原野 俊之(はらの としゆき)



原野N「俺は、他人の人生を踏み躙って今日も酒を飲む。」

鷸間「原野さん、私なんでもします」

原野N「喰らい尽くした先に何が待っているのか、只ひたすらに人生を飲み込んで」

鷸間「だから」


原野(たいとるこーる)「No.34」


______


鷸間N「曇天。私にお似合いの空はぶ厚い雲で蠢いていた。去年、私の推し役者だった三賀屋 篠(みつがや しの)は話題になったあの舞台をラストに役者を辞めた。芝居に真摯に打ち込む真っ直ぐな目が大好きだった。なのに、ようやく復帰したと喜んでいたらたった一度の舞台のみ。私はそのラストすら観に行けずに終わった。」


鷸間N「いつか、同じ舞台に立てたら。それを励みに今までやってきた私は虚しさに頽れた。不純な理由なのかもしれない。でも、私にとってそれが何より特別だった。」


鷸間N「人気アイドル、釘崎アリスの傍らで燻っていただけの私は彼のその背を見て女優に転化した。そんな時、合同写真集“悪女達”の仕事が舞い込んだ。だがまた実質釘崎アリスの独壇場でものすごい売り上げにはなったものの自身のおかげだと全く思えなかった。」


原野「鷸間、杏香さん。」

鷸間N「この出会い以外、良いことなどなかった」


______


原野N「合同写真集“悪女達”。よく一緒に舞台を手がける舞台監督から貰った。妹が載ってると聞いた。普段あまり見ることのない写真集には見慣れない女の子達が様々な表情で写っていた。珍しかった事といえば、よく見たはずの顔、釘崎アリスが知らない顔で写っていたことくらいだ。」


原野N「そんな中、一際つまらなそうな顔をした彼女。鷸間 杏香に興味を持った。」


原野「この子が妹さん?」

鷸間(姉)「ああ、そうそう。これです」

原野「似てないな」

鷸間(姉)「まあ。血も半分しか繋がっていないもので」

原野「へえ。会ってみたい。」

鷸間(姉)「はあ?!」

原野「女優業はやってない?」

鷸間(姉)「いや、やってますけど。いいですって、才能ないんで。会わないでください」

原野「才能の有無は俺が決めるんだ。君じゃない」

鷸間(姉)「やめて下さい。」

原野「何が」

鷸間(姉)「一応家族なんで。原野さん、めちゃくちゃにするじゃないですか。気分悪いんで」

原野「会うだけ。何もしやしない。」

鷸間(姉)「…」


原野N「大きな舌打ちの後、殴り書きされた携帯番号。言い出したら聞かないことをよくわかっている彼女はヒールをカツカツ鳴らしながら踵を返して去っていく。」


原野N「ナンバー34と電話帳に登録してそっとメッセージを送る。」


______


鷸間「は、初めまして!」

原野「初めまして。お姉さんにはいつもお世話になってます。」

鷸間「そう、だったらしいですね!姉とはあまり話さないのでこの間初めて聞きました。こちらこそ姉がいつもお世話になっております」

原野「京香さんの悪女達、拝見しました」

鷸間「え!本当ですか。ありがとうございます!」

原野「紫陽花バックにシックな表情で。」

鷸間「でも、釘崎アリスほどのインパクトはなかったでしょ」

原野「…」

鷸間「あ、え、っと、ごめんなさい」

原野「彼女は確かに。映える顔立ちですからね。」

鷸間「…」


原野「アイドル業だけでなく芝居の方も最近熱心だったそうですね。他の監督仲間からよく聞きました」

鷸間「はい。好きな役者さんがいて、そうなりたいなって思って取り組んでました。」

原野「過去形だ」

鷸間「辞めちゃったんです。去年、その人」

原野「…うちの役者ですか?」

鷸間「え」

原野「三賀屋?」

鷸間「あ、えっと、はい」

原野「声帯を痛めましてね、彼。仕方なく。」

鷸間「そうだったんですか。最後の舞台も観に行けなくて円盤化もされなかったですし…とても残念です」

原野「脚本を大きく変えてしまったので円盤化は難しくて。期待に応えられず。」

鷸間「いえ、監督のせいでは」

原野「俺のせいだよ。三賀屋が芝居をやめたのも、チヨに愛想を尽かされたのも。」

鷸間「チヨ?」

原野「昔の知り合いでね。今や手の届かない存在になってしまった。」

鷸間「原野監督よりですか?」

原野「はは。上手いこと言うな。俺なんて」

鷸間「この業界で寧ろ知らない人いるんですかって感じですよ。月9も何本も監督されてますし舞台も定期的にやられてるし、次は映画でしょ?もう、いつ休んでるんだって思うくらいです。」

原野「休みか…あんまりないな、確かに。」

鷸間「あまりご無理なさらないように。体が資本ですから。」

原野「ああ、ほら。好きなの頼んで。酒は?飲む口かな」

鷸間「私お酒はさっぱりで。姉はザルなのにお恥ずかしい。」

原野「なんで恥ずかしいんだ。俺は飲めない女の方が好きだ」

鷸間「え?」

原野「選んだ?」

鷸間「原野監督は」

原野「俺はこれ。」

鷸間「スペアリブ?」

原野「ここのは美味いから是非」


鷸間N「女にこれを勧めるなんてどうかと思った。」

原野N「女にこれを勧めるなんて試す以外の何ものでもない。」


鷸間「原野さんが印象に残ってる役者さんって聞いてもいいですか?」

原野「何人もいるけど、一番は藤野ひかりかな。」

鷸間「人気女優!原野さんが育てたって噂ですよね」

原野「彼女には会った瞬間ビビッときたね。化物になる、すぐに分かった。」

鷸間「化物?」

原野「売れる、と。確信したね。」

鷸間「やっぱり天才は違いますか。」

原野「違う。俺は鼻が効く方だから。すぐに分かるよ」

鷸間「へえ」

原野「だから会いにきたんだよ。君に」

鷸間「え?」

原野「俺の元で、やってみない?芝居」


鷸間N「そう言って、目の前の原野監督は運ばれてきたスペアリブを素手で掴むとそのままかぶりついた。私を見据えるその目は口ほどに物を言う。喰えと、そう言った。」

原野N「黒く脂がぎらつく肉塊は、俺自身が目をつけた全ての役者に食べさせてきた。肉を目の前に置かれ、こう煽られてもなお、お上品に食べるような女にはこの世界は耐えられない。」


鷸間N「だから私は」


原野N「アイドルの細い指が絡め取った肉塊。大口を開けて彼女は歯を突き立てた。」


______


原野「この世界に興味を持ったのは、学生時代にテープが擦り切れるほど見た映画がきっかけかな。初めは自分も画面の向こうに行きたかったんだ。」


原野「ただ、俺はつい人に甘くてね。ちょっと野暮用で、俺の右足は自由が効かなくなってしまった。この足のせいで役者には二度となれなくなった。その時漸く夢から覚めた気がしたよ。でも、どうしてかまだこの世界で息をしている。」


原野「ある時思いついた。監督になれば俺が演じなくても、俺の思うそれを誰かが演じてくれるんだと。そっちの方がずっと難しくてずっといい。親でもない俺が人を育てるなんてさ。」


原野「そうやって今の仕事に行き着いた。」


原野「人を、育てるためさ。」


原野「人を。」


______


鷸間「“おい、みっともないやつ。おまえなんか、ネコにでもつかまっちまえばいいんだ!”」

鷸間「“おまえさえ、どこか遠いところへ行ってくれたらねえ!“」

鷸間「“ああ、これも、ぼくがみっともないからなんだなあ”」


原野「なんかなあ。なんかどこかでお高く止まってんだよな。お前は、藤野ひかりみたいな天才じゃないんだから綺麗な芝居なんか似合わないぞ。」

鷸間「…はい」

原野「俺は彼女を化物だと言った。だがお前はあいつにはなれない。」

鷸間「…」

原野「狡猾さが欲しい。もっと、こう。分かんないかな。生々しいものが欲しい」

鷸間「狡猾さ、ですか」

原野「ああ。死ぬ気でやってみたらいい。そうだな、それこそ三賀屋 篠だ。あいつは最後死ぬ気だったよ。漸くみたかった顔になった。その日におじゃんになったから仕方なかったが」

鷸間「…」

原野「そうか。観れなかったんだもんな。観てみるか。表に出せない、迫真のラスト。」

鷸間「い、いいんですか、」

原野「お前がそれで変われるなら。」

鷸間「観たいです!みたい、みせて下さい」


______


鷸間N「連れられたのは原野俊之監督の自宅だった。都内一等地、戸建ての家は整えられていて、お邪魔すると奥様が迎えてくれた。監督の自室までにリビングを通った。DVD達が棚いっぱい並んでいる。全部監督の手がけた作品だろう。」


原野「散らかってるが、どうぞ」


鷸間N「ドアを開けた途端、タバコの臭いが勢いよく鼻腔を刺激する。閉め切られた窓とカーテン、パソコン周りには灰皿が3つ、乱雑な本棚には“間藤恭平(まとう きょうへい)”と“戸瀬知代子(とせ ちよこ)”の背表紙の本が並んでいる」


原野「ああ、窓でも開けようか。」

鷸間「本、読まれるんですね」

原野「…いや。あまり」

鷸間「でも、これベストセラー作家」

原野「見ようか。円盤」


鷸間N「差し込まれたDVDはあっという間に画面に物語を映し出す。私の知ってる三賀屋さんとは違う。酷くやつれた彼は全く違う人になり舞台で生きていた。」


原野「…」

鷸間「誰、ですか。」

原野「三賀屋だ」

鷸間「…」


鷸間N「ラストシーン、断崖へ傾いていく女。男は彼女の腕を掴み、自ら首に括った麻紐を女に差し出しす。女は掴んだ麻紐を少しずつ左右に引き突然幕が降りる。役者陣の顔も声も、迫真といえば迫真だった。ただ、本当に演技だったのだろうかと思えるほどリアルなラストに言葉を失った」


原野「これで声帯を痛めたわけだ。」

鷸間「ぁ、じゃあ!やっぱり演技じゃ…」

原野「どうだろうな。」

鷸間「こんなの、私の好きだった三賀屋 篠じゃありません。」

原野「…」

鷸間「…なのに」


鷸間「1番、今までで魅力的だった」


原野N「ギラ、と。彼女の眼に火が灯る。ああ、これだ。」


鷸間「原野さん、私なんでもします」


鷸間「藤野ひかりと並べるようになりたいんです」


原野N「俺はこの顔を見るのがやめられない。」


鷸間「だから」



鷸間「私を、怪物にしてください」



原野N「俺は、他人の人生を喰らい尽くす。只ひたすらに人生を飲み込んで、今日もあの日を思い出す。」

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