返信ナシ

志央生

返信ナシ

「メールの返事がないんです」

 サークルの後輩から重々しい雰囲気で誘われた時点で何かしらあったのは予測していた。近場の安い居酒屋について早々に聞かされるとは思いもしなかっただけだ。

「あぁ、そうか。それで誰から返事がないんだよ」

 面倒ごとに巻き込まれた、と内心で思いながらタバコを取り出す。この店は禁煙が主流の中で未だ喫煙を許す稀有な店だ。

「あの、その同じサークルの三木さんです」

 もじもじと恥ずかしそうに答える彼に俺はサークル内の関係図を思い浮かべる。おそらく、三木とは二学年の女子で他のメンバーからもよく名前を聞く。誰にでも分け隔てなく話している印象もある。

 ただ、この男とそこまで仲のいい記憶はなかった。

「そうか、三木か。何か用事があったのか」

「あっ、いや」

「そもそも、返事がないって今日もサークルに来ていたろ。そのときに直接言えばよかっただろ」

 歯切れの悪い返しに苛立ちを隠せず言葉を捲し立てた。それに萎縮してしまったのか口を閉ざしてしまう。話が一向に進まないことにさらにイライラが加速する。

「いったい、何を送ったんだ。もういいから、見せてみろ」

 そう言って俺は手を出してスマホを要求するが、首を横に振って全力で拒否をされてしまう。

「なら、さっさと何を送ったのか言え。じゃないと話にならないだろ」

 気づけばタバコを一本吸い終わってしまい、二本目を取り出した。彼は体をくねらせながら決心したのか固く閉ざしていた口を開いた。

「ご飯に誘ったんです」

 ライターでタバコに火をつけている最中だったが、思い切りむせてしまう。想像していた内容を遥かに下回ったしょうもない話だったからだ。

「飯に誘って返事がないのか」

「はい、そうなんです」

 俯きながら肩を小さくする姿を見て、少し笑いそうになってしまう。どう考えても、返事がないのは行く気がないことを知らせている。ただ、本人はそのことに気づいていないようだ。少し酷なことかもしれないが、ここは先輩として脈がないことを知らせてやるべきだろう。

「それは、あれだ。お前、脈がないってことだ」

 さらりとできるだけ明るい口調で、気にするなと一言添えながら俺は言った。失恋なんてのは明るく酒を飲んで忘れるのが一番だろう。今日はとことん付き合ってやろうと心に決めて、彼の言葉を待った。

「脈なし、ってどういうことですか」

 ある意味で期待を裏切らない答えだった。認めたくない現実もあるだろう、無駄であろうと足掻こうとすることもあるだろう。

だが、現実を受け止めなければいけない。俺はもう一度、酷な現実を伝えるために彼の顔を見た。そこには、恐ろしいほど無垢な瞳があった。

「えっ、いや。脈なしはその付き合ってないってこと、だ」

 はっきりと教えるはずが、こちらを見つめる目に負けてしまった。本当に意味を理解していないのがわかった。

「その、僕と三木さんは実は付き合ってるんです」

 額の汗を拭っていると彼は衝撃の内容を口にしてきた。頭の思考が追いつかず、数秒間呼吸すら忘れてしまうほどだった。

 こいつと三木が付き合っている、そんな話は初めて聞いた。サークル内でも噂一つ出回っていない。それどころか、この男と三木が話している場面を見たことがほぼない。

「あぁ、そうか。付き合っているのか」

 落ち着くためにタバコを吸う。たった数分の間で何が起きているのかわからなくなっていた。メールの返事がない、という話が三木と付き合っているまで発展した。地球から月まで飛んでいく、くらい話が飛躍した気がする。そもそも、付き合っているなら飯の誘いに返事がないくらい大した問題ではないだろう。

「それなら、今日のサークルで理由を聞いておけばよかっただろう。二人ともいたわけだし」

 改めてさっきも言ったことを俺は問う。恋人同士であれば、こんな些末な問題にいちいち他人を巻き込むなんて迷惑なことをしてほしくない。

「それは、できなくて。あの、三木さんからサークルでは話しかけないように、って言われてて」

「周りにバレたくないのか」

「かもしれないです。僕もこういう二人だけの秘密みたいなのいいな、とは思ってるんですけど」

 ぐふふ、と笑う彼を横目にその秘密を知った俺はどうすればいいのか、と考えてしまう。

「でもな、今までは連絡来てたわけだろ。それが来なくなるのは変な話だな」

「ですよね。毎回僕が誘ってるんですけど、忙しいみたいで。でも、返事は来てたのに」

 吸い込んだ息が重く肺に溜まる。何の気なしに出た会話の中で何かが引っかかった。付き合いたての恋人が忙しいと断り続けることがあるのだろうか。少なくとも何とか都合をつけようとするものではないか。

「なぁ、お前たちってどうやって付き合ったんだ」

 確かめるように俺はそう問いかけていた。それに彼は和やかな笑みを浮かべる。

「三木さんからです。僕にいつも話しかけてきてくれて、好きなのがわかったので付き合いました」

 大事な部分が抜けたまま、この男の中では付き合っていることになってしまったらしい。確実に言えることは三木と付き合っているというのは間違いだということだ。

「三木からなんて告白されたんだ」

「告白なんてないですよ。いつも笑顔で僕に話しかけてくるんですから、好きってことでしょ。それに大人の恋愛にそういうのは必要ないんですよ」

 得意げな顔で話す姿を見て俺は何も言えなくなってしまう。

「それで、どうしたら返事が来ると思いますか」

 こちらを見つめる無垢な目に、俺には手が負えないと諦めるように息を吐いた。

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