episode.31 帝国を動かす

何度逃げ出したいと思った事だろう、果てしなく終わりのない地獄の日々。命を削るような特訓が続き、立ち向かえば返り討ちにされ逃げようものなら地の果てまで追いかけられ討ち取られる。時折セブンスも混ざるような事もあったが、状況は良くなるどころか酷くなっていたのは解せない。


そんな日々も数週間が経とうとしていた頃、いつものように傷つき擦り減った体を癒すためにこの村唯一の〝オンセン〟と呼ばれる場所で湯に浸かりながら放心していた、死んでると言われても過言ではないでしょうけど。


「はぁーっ……もう無理」


王国に、オーエンス家にいた頃では考えれない程の過酷さではあるがどこか充実しているようにも思えていた。あのまま貴族の令嬢として、リュシアン様の婚約者として生きていたよであればこんな境遇に襲われることも無かったでしょう。


傷口に湯が染みながらもオンセンからは痛みではなく安らぎを感じさせ、辺りを優しく照らす月明かりは幻想的な雰囲気を演出し、身体だけでなく気持ちまで和らいでいる。


「おや、今日も来てはったんやなぁ」

「これは【ヨウコ】様。今日もいい月夜ですね」


彼女はこの村で知り合ったヨウコと呼ばれている方で、月明かりに照らされた金色の髪とツンと伸びた金色の耳、美しく丸みを帯びた尻尾を揺らしながら近づいてくるその姿は、女性の私から見ても息を呑むほどで、月明かりの幻想的な雰囲気も相まって絵画のように美しい。


このオンセンでよくご一緒する機会が多く、話している内に意気投合し今では友人のように接している。恥ずかしくて口にはしていないが、思い返しても初めて出来た友人と呼べる存在だと思う。


「またこてんぱんにやられてはるなぁ」

「私が不甲斐ないかばかりで」

「かまへんよ、あの人はそういう人やから」


直接聞いた訳ではないが、長老とは対等な立場にあるようで二人が並ぶと同じような年齢とは考えにくいが、何故か聞くのを躊躇っている。


「成長出来ているのか、自分では分からなくて」

「そりゃあ、数値で表せれるもんでもないからなぁ」

「そうですよね……」

「時に、前に話しとった帝国を動かすっちゅう話は何か掴んだんかいの」

「うーん……まるで雲を掴むようなもんですね」

「さようか、まぁ…なんか見つかるとええのぉ」


ここ数日、目に見えるような成長を感じることも出来ずに今後の計画についても不透明なまで何の進展も見られていなかった。募るのは焦りばかりで、それに加えていつラースが目覚めて私を揺さぶりに来るのかと怯えながら過ごしていた。


「私は一体いつまで……」


そうしてここから動けずにいるのも、今のままでは何も成し得る事が出来ないと感じている恐怖に優しく過ごしやすい環境、どちらも私の甘えではあるがそう簡単に切り離せずにいた。


「お前さんの持ってる、今の武器はなんや」

「武器……ですか?」


突然の問いかけに戸惑いながらヨウコの方を見ると、真剣な眼差しがこちらに向けられていた。それに気圧されるかのように私は頭を巡らせ自身の持つ武器を考え、必死に絞り出す。


「令嬢、王妃としての素養と教育。そして、扱いきれないほどの力を二つも宿していると言ったところでしょうか」

「ほぉ、後者は身を滅ぼしかねん諸刃の武器やねぇ」

「少しずつではありますが、つそうならないように掴んできている気はしますが」

「なら前者の方が確実な武器と言えよう」

「でもそれは、武器としては弱いのでは」

「ものは使いよう…王道も邪道も道成りてやね」


そう言い残してヨウコは先にオンセンを出ていった、ほんのり赤く火照った身体の背に心奪われ、目を奪われそうな月明かりで輝く金色の尻尾を揺らめかせながら。


彼女の言葉は私の中の何かを燃やし、その姿に胸の奥が熱くなるような感覚が湧き起こり、私は確かにオンセンのせいではないと感じていた。ここ数日で何度か言葉を交わしただけの関係性ではあるが、その言葉に何度か助けられた事もあった。それだけではなく、ふと思いついた事もある。


「さっそく長老のとこに行かなくちゃ」


私も早速オンセンを後にし髪を乾かせる事もなく、キモノを羽織るだけで外に飛び出し走り向かっていく。火照った身体に少し涼しい風は心地よく、いい感じに熱を冷ましてくれるようにも思えた。その通りで、長老の家に着く頃には頭も冴え渡り、考えがまとまり始めていた。


「長老っ、夜分にすみません」

「ほっ!?何じゃ急に」

「少しご相談がございまして」

「何やら急ぎの用じゃのぉ、ええわ座れ」


私の状況を察してくれたのかそのまま家の中へと案内してくれた、体を冷やすといけないからとタオルも一緒に渡してくれ髪を拭きながら案内された座椅子へと腰を下ろす。間を挟むようにして〝イロリ〟と呼ばれるものがあり、火を焚きながら食べ物を焼いたり鍋などを作ることが出来るようにとなっている。


そこでお茶を沸かしながら話を続ける。


「それで、相談とは何じゃ」

「はい、以前に言われておりました帝国について……」

「ほぉう……それで?」


言葉に被せるようにし、食い気味に返してきた。獲物を見定めるかのような雰囲気で包み込み、こちらまで呑み込まれそうになる。


「王国から亡命してきた令嬢として、帝国に保護を求めます」

「それでは良くて捕虜、最悪は斬首じゃろうな」

「はい、なので私が今までに培った武器である〝知識〟を使って思い通りに動かそうと考えています」


そこから私が説明を続けたのは、王妃教育を受けた者として帝国内部の粗を探し出して突いていく作戦だった。王国の状況が不透明である以上、あまり悠長に時間は掛けていられないが既に幾つかの策は浮かんでいる。


「そんな簡単にいくんかの?」

「はい、まずは帝国の成り立ちから現在に至るまで足りない事があります」


私は、国としての機能が成り立っていないと推測していた。簡単に言うと、帝国にはまとまりがない。だからこそ、そこまで大きな戦とならずに小競り合いだけで済んでいる。


そうでなくては、誰かが国全体をまとめ上げ指揮を執っていたのであれば早急に攻め込んでいたはずだ。最近不穏な動きもあると聞いてはいたが、王妃教育の一環で得た話から推測するに間違いはないと思う。


「そうじゃのぉ、じゃとしてもその間王国の動きはどうする。奴らの、ギルダインの目的とやらはお前さんじゃろうて」


そう、魔王の力を欲している事は分かっている。その犠牲にお母様が残ってくれてはいたが、力を持たない事は既に気付いているに違いない。考えたくはないが、どういった行動に出るのかは想像に難くない。


ここまで手が伸びていない事を考えると以前に果たしてくれていた、決壊の役目を果たしている村を取り囲んだ、あの霧のおかげだろう。今もなお血眼になって私を探しているはずで、この霧から外に出るとなるとそれだけ身の危険も高まる。


「一番危険なのは帝国までの道のりでしょう、川沿いに上がっていくとは言え身を隠せるような場所はほとんどありませんし」

「分かっておるようじゃのぉ」

「それでも、帝国に着きさえすれば向こうも簡単に手は出せなくなるでしょう」


いくら王国優位とは言え追い込まれた者が取る行動についてどれだけ恐ろしいかは理解しているはず、それに見つからなければそれだけ優位に事を運ぶ事が出来るようにもなる。


「そうじゃのぉ、何人か付けてやろうか」

「えっ、いいんですか!」


私はその提案に食い気味に飛びついた、こちらからお願いをしようとしていたのでまさに渡りに船。今は少しだけでも戦力と協力者が欲しい。かといって付いてきてくれるような物好きはいるのだろうか。


「そうじゃのぉ……」

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追放令嬢の叛逆譚〜魔王の力をこの手に〜 のうみ @noumi_20240308

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